#36 幻は獄炎へ
「かーーーてーーるーーかっっっ!!!!」
「そーーだよ勝てないのよっっ!!」
再会を果たした姉弟はすぐさま激しいスキンシップという名の罵り合いを始める。
何でそんなことになったかというと……。
「何だよそれ!特殊攻撃は効かなくて、魔法の補助も無効化!どうやって倒すんだよ!?」
天条紅空達が相手にしていた2体目の天魔族、炎魔王サタン。
サタンと一戦交えた紅空から、垣峰守郎は敵の能力を尋ねた。
紅空のコード展開、麗艶妖精の能力は様々な爆弾を生み出し意思を与えて攻撃する優秀な特殊攻撃だ。
そんな紅空の攻撃は呆気なく欠き消され、朱緋紗夜の補助魔法も無力だという。
「うぅん、困ったねぇ。」
相変わらず呑気な声音で、陽炎筑紫は眉をしかめる。
そんな様子の筑紫を見た紅空はニヒヒっと見つめる。
「ねーねーしんくん♪誰その子、すごい可愛いんだけど」
「ん?……って何だよいきなり、今結構ピンチだろが…ほんと緊張感ないぞ」
呆れる心二など気にも止めず、筑紫に近付く。
「ねー僕ぅ?お名前教えてくれるかな?」
「おーいテメェ。ウチの筑紫に色目使うんじゃぁねぇ」
筑紫に話しかける紅空にすかさず突っかかる雌龍代音姫は凄まじく目を細め、ガンを飛ばす。
「おや?これまたナイスバディな女の子だ☆」
「……い?ちょ……」
いきなり睨んでくるガラの悪い女の子でも、当たり前に通常営業の対処をしてくる紅空を横目に心二は
目の前の敵、炎魔王サタンを観察する。
「副会長さん」
「……う?」
紅空と共に戦っていた生徒会副会長の紗夜に守郎は質問するべく声をかけた。
「ここはどこだと思いますか?」
辺りの薄暗い空間を見渡して守郎は話した。
紗夜の『精術・螢燈』によって薄暗いながらも何とか視認出来るほどの灯りを手に入れてはいるが……屋上にいるはずの心二や守郎達からすれば信じられない光景だ。
「どこ……か。確信は持てないが多分屋上の筈」
「…………筈?」
確信を持てないと言う紗夜の答えは曖昧だ。
「あぁ。屋上にいた筈なんだが、気が付いたらこんな暗闇の中にいたんだ」
「……気がついたら……か。」
「君たちはどうなんだ?ここはどこだと思うんだ?」
紗夜も同じ問いを守郎に尋ねる。
「オレらは屋上から来た。副会長さんと同じっす。」
「君たちも気を失って、目を覚ましたらここにいたのか!?」
いや、厳密に言えば紅空や紗夜と同じ……と言うわけではない。
彼女らの話では気を失った果てに覚ました場所がこの異空間。
しかし彼らは違う。
「いいや、普通に屋上に入りましたよ。」
屋上に入ると彼らの前に広がったのは、今よりも漆黒に染められた亜空間。
そんな右も左も分からない彼らの目に一つの灯火を発見した。
「真っ暗な屋上に……光?」
守郎の説明に首を傾げる紗夜。
その光の意味に気付くのに、そう時間はかからなかった。
「そうか……私の螢燈の光か!」
結論を導き出した紗夜に火の粉が降り注ぐ。
「……!?紗夜!」
紗夜の身に降り注いだ危険を紅空が振り払う。
無数の緑色の爆弾を生成し、火の粉を相討つ。
爆風と熱風とが一帯に吹き荒れる。
やはり敵は待ってなどくれないようだ。
「……いや、妙だ。」
「「「妙?」」」
心二、優璃、紗夜が声を重ねて復唱する。
「特殊攻撃や補助魔法は効かないんでしたよね?」
「あ、そうじゃん!さっきの紅空さんの爆弾攻撃はちゃんと発動できたよ?」
守郎の言葉で優璃が"妙"の意味に気付く。
効かない筈の特殊攻撃が何故か発動し、相撃つことができた。
「…………。」
この時、確かに守郎は違和感を覚えた。
その違和感は無意識に放置していた疑問を再度思い出すことができた。
「……やって見る価値はありそうだな」
そう言い守郎は決心を固めると共に拳を握る。
「守郎?何する気だよ」
意味深な守郎の言葉に心二が尋ねる。
しかし心二の疑問に答えることなく、守郎は紗夜に目線を送る。
「……なんだ?」
すぐさまその視線に気付き、何事か尋ねる。
「オレにありったけの補助魔法をかけてください」
守郎の言葉に全員が戦慄した。
「おいおい守郎さんよぉー、確かにさっきの姉ちゃんの爆弾攻撃は有効だったけど……今回も上手くいけるとは限らないぞ?」
「そーだよぅ!賭けに出過ぎだよ!」
心二の最もな意見に優璃も両手を上げて便乗する。
「特殊攻撃無効の件は大丈夫だ。とにかく今のステータスを極限までに上げてぇんだよ」
守郎は揺るがなかった。
紗夜に訝しんだ気持ちが全くなかった……と言えば嘘になるが、下手に動かない方がいい状況で頼もしい言葉を発する男。
……信じてみる価値は充分にある。
「ま、いいかー。オレが怪我するわけじゃないし」
「守郎頑張れー。あ!あたし達は巻き込まないでねー」
心二と優璃の声援と呼べるか微妙な物を背で受け止め、紗夜を急かす。
「……わかった。じっとしていてくれ」
両手を守郎にかざし、ゆっくりと目を閉じる。
直に紗夜の両の手は淡い水色の光を発し、閉じられていた柔らかい唇が小さなリップノイズを発すると同時にすうぅ、と空気を吸い込んだ。
「付撃魔法、付防魔法、付翼魔法、付速魔法!」
計四つの補助魔法を守郎に施す。
赤、黄、青、緑の順に守郎の身体を包む。
背に青色の翼が生えたこと以外に、劇的な変化は起きなかったが、守郎は確かに底から湧き上がる”何か”を感じていた。
「……すげぇっ。今なら誰にでも勝てる気がするぜ」
「なぁ守郎、本気で戦うつもりか?」
無謀だと譲らない心二は尚も守郎を止める気でいた。
「……ったく、だーいじょぶだって。特殊攻撃無効の対策はある」
守郎の自信満々な一言に全員が目を見開いて驚いた。
「なんだと?」
そんな中、紗夜が説明を求めるような視線を向ける。
「まぁ見ててくださいよ……それと、心二」
「へ?」
いきなり呼ばれた心二は目を点にして驚く。
守郎の口から発せられた一言はさらに心二を驚かせるものだった。
「お前も手伝ってもらうぜー」
「…………えーーー。」
数十秒の作戦会議の後、待機している優璃や紅空の数歩手前で、強大なボスに挑む心二と守郎が仁王立つ。
二人の手にはそれぞれの愛刀が握られている。
「ホントにさっきの作戦でいいんだな?」
不安から来る嫌な予感が心二に先の問いを守郎に向けさせる。
「だいじょうぶだっつの、何回言わせんだ」
言いながら、腰を屈めて武器を構える。
「行くぞ」
「……りょーかい」
敵は獄炎を操る炎魔王サタン。
何よりも恐ろしいのは先ほどの炎の波。近距離であんな広範囲攻撃を繰り出されてはいくら両翼付加や速度上昇の魔法が施されてるとはいえ、避けるのは容易ではない。
それに、心二には補助魔法をかけていない。かけてしまうとこれからの作戦に支障をきたす可能性があるからだ。
補助なしの心二がサタンに挑むのは無謀すぎると言えるだろう。
「心二!頼むぞ!」
「おー!」
だから守郎はあくまで心二にはサポートに回るよう指示した。
……その狙いは。
「覇っ、馬鹿め!隙だらけ過ぎるぞ小童ぁぁぁ‼︎‼︎」
案の定サタンは地面をドンと右足で蹴り、背後から広範囲を包むであろう炎の大波を呼び出した。
「終いだっ、燃え尽きるがいい!」
勝ちを確信したサタンは高らかに笑う。
その様子を見た守郎もまた、口角を上げてほくそ笑んだ。
「心二ぃぃぃぃぃぃ‼︎‼︎」
守郎は声高に名を呼んだ。
後ろに控えていた心二は呼ばれたと同時に剣を振りかざした。
「しっねぇぇぇぇぇぇ‼︎」
物騒な怒号と共に心二は前を駆ける守郎目掛けて突き刺した。
「……っ!」
苦い顔を浮かべながら守郎は心二の一撃を食らう。
「っっえええぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
傍観していた優璃は間抜けな声を上げた。
他の者も同じように要領を得ないような表情を浮かべていた。
「…………いや。」
そんな中、紅空は何かに気付いた。
その時だった。
「っっらぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
攻撃強化を施された守郎の剣撃がサタンを切り裂いた。
「なっ…………にぃぃぃ?」
驚愕の相を浮かべて地に伏せるサタン。
「うまく……いったのか?」
心二は安堵の溜め息を吐き、腰を落とす。
「え?一体どうなったの?」
炎の波に包まれた守郎と心二は絶体絶命、心二は血迷って守郎へ攻撃したかと思いきや、突然炎が消え、中からは倒れたサタンとどうやら無事の心二と守郎。
離れたところから見ていた優璃達は何が何やら分からない顔をしている。
「……幻視魔法ね。」
紅空の言葉に守郎が頷く。
「その通りっすよ。サタンの脅威は炎攻撃なんかじゃない。オレ達に幻覚を見せる魔法、幻視魔法だ」
守郎が瞞しを見せられている事に気付いたのは、案外最初の方からだった。
屋上に入った筈が、辺りは真っ暗闇。
それに元ある屋上のスペースを考えればあり得ない程の広さを持つこの場所。
特殊攻撃をかき消す幻惑を魅せたり、炎の攻撃を魅せる幻惑を巧みに使っていたというわけだ。
幻覚に惑わされないため、心二に攻撃してもらい幻をかき消した。
心二に補助魔法をかけなかったのは、無闇に攻撃力を上げて、体力を削られないためだ。
紗夜は納得した、と顎に手を添えて頷く。
「……と、いうことは。さっきまで一緒だった2年3組のみんなは無事なのか?」
「……え?」
守郎は紗夜の言葉を聞き逃さなかった。
「副会長、どういうことだよ」
安堵の表情から一変、険しく眉をしかめる。
「ここで目が覚めた時、2年3組の分割チームのみんなが居たのよ。サタンに燃やされて、やられちゃったと思ってたけど……」
紅空が説明してくれる。
もちろんサタンの能力は瞞しを魅せる類のものだ。
幻覚で人を物理的に傷つけることなんて不可能だ。
考えを逆に……。
そう、2年3組の彼らが倒された……という幻覚を紗夜と紅空が魅せられたと考えれば何の問題もない。
「それじゃぁ、本当の屋上に取り残されてるって事なのかなぁ?」
筑紫は正論を射ていた。
サタンが倒れた今、幻は還り心二たちも元の屋上へと戻る筈だ。
しばらくすると薄暗かった異空間は徐々に光を灯していき上を見上げれば懐かしい青空が見えてきた。
「あ?どうやら戻れるみたいだな」
代音姫の言うとおり、心二達は屋上へと帰還しようとしていた。
足元すら暗がりで見えなかった筈が、今では屋上のコンクリート地面が見えるまでになった。
「っんーー!懐かしいお天道様だーー」
身体を伸ばす優璃は久しぶりのお天道様の光を全身で感じていた。
「……………………え?」
心二は屋上の光景を見て一気に血の気が引いた。
「……い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
続いて優璃の悲鳴。
守郎も代音姫も目をこぼしそうな程に目を見開いた。
「そ、そんなっ!」
呆然と紗夜はその場にへたり込んだ。
屋上は、血の海と化していた。
バーチャルで表示された大量の赤は、人間の出血量を示すものだった。
その量は膨大でその量に見合った惨状が目の前に広がっていた。
「間違いないよ……2年3組の、分割チームだ」
紅空の悲痛な声が屋上で全滅した彼らの身分を証明した。
ピピピピピ!と心二の電子生徒手帳にメッセージの着信音が鳴り響いた。
「奏ちゃんからだ!…………っ!」
メッセージを確認した心二は冷や汗を流し、顔を青ざめさせる。
「ど、どしたの?心二」
そんな様子の心二に優璃が不安そうに尋ねた。
何事かとみんなの視線が心二に集まる。
「…………奏ちゃん達が、危ない!」
2年3組の半数を葬った天魔族の残り一体の魔の手が今度は、奏也と李女、それに直之にも降りかかろうとしていた。




