#35 獄炎の覇者
そこは次元の裂け目と言われても疑わない場所だった。
確かに地に足をつけているのに、目を落した視界には地面は見当たらない。
視覚的な感想なら、ずばり宙に浮いているよう。
例えるならガラス張りの床があしらわれているタワーに立っているようなどこか不安な感覚。
そんな宙に浮いているような錯覚は回りの悪環境によってさらに現実味を持たせる。
目の前は暗闇が支配していた。
しかし辺りからは人の気配、息づかい、視線を感じる。
「……興奮するね。」
異質な環境に立ってなお、いつもの自分を見失わない2年3組、天条紅空は今の心境を漏らす。
「こんな状況で何を言ってるのよ。」
ため息が聞こえたと思ったら本当に呆れ顔を浮かべているのが目に浮かぶ。
「紗夜は何とも思わないの?このアブナイ状況!!」
「思わないわよ」
朱緋紗夜は即答した。
左腕に付けられた生徒会の腕章は伊達ではなく、人格的にも外見的にも成績的にも真面目である。
そんな彼女でもダメダメな生徒会長を補佐しなければならないという悩みはあったりする。
「皆!今から発光魔法で照らすから心配しないでね」
紗夜は腐っても生徒会副会長。
突如として現れる異常にも即座に対処できるよう頭は冴えている。
「コード展開……魔法神!」
右手に握られた片手剣が蒼い光を放ちながらその形を杖に変えていく。
身に纏っていた夏服の面影も消え失せ、白を基調とした衣服を纏う。
「精術・螢燈。」
その言葉が魔法名なのか、発言と同時に木製の杖の先端に埋め込まれた藍色の魔法石から聖なる光が生成された。
暗闇に灯された光は辺りを一気に照らす。
「おー、さっすがひでん技要員。」
「………?どういう意味かは分からないが、何かバカにされているということはわかるな……」
ジト目になる紗夜を除いて、一気に安心感を全身に満たす2年3組の面々。
はてさて、と。
余裕ができた彼らはそもそもの疑問に立ち返る。
「……そういえば私達、何でこんなところいるの?」
紅空がこの場の60人全員に問いかけた。
「確か俺達二手に別れてから屋上に行ったよな?」
「あー、それは覚えてる!屋上に着いた覚えもあるよ?」
「おっぱい」
それぞれが口々に喋り出す。“屋上”という単語に紅空が反応する。
「うん、確かに私達は屋上にいたはず。そしたら突然黒い靄が現れたんじゃなかったっけ?」
「私もそう記憶している。」
紗夜に続きほとんど全員がこくこくと頷く。
「……ということはこの暗闇というのは……私が見た靄と何か関係があるのか?」
紗夜はあくまで冷静に今の状況と自身の記憶とを照らし合わせ推測する。
「ふむむ、ならこの状況も交流会のイベントの一つかもしれないね。もしかしたら大量ポイントゲットのイベントだったりして!」
気を失っていたらしい2年3組の面々はどうやら先ほどの伝達放送を聞き逃したようだ。
テンションを上げる紅空は無防備にフラフラダンスを踊り始めた。
おぼつかない足取りでこっちまでいつ転ぶか不安に駆られる。
「おっとっと……」
案の定紅空は自分の足を自身の足に引っ掛けお尻から地面に転倒する。
「~~~っ……。いったい」
「何をやっているんだ」
「あははー。ん?あれれ」
紅空は紗夜の背後め目線を送ると首を傾げた。
「どうした?」
紗夜は間抜け顔の紅空の表情が陰ったのを見逃さなかった。
「何か……多くない?」
「多い?」
紗夜は振り返り紅空の疑問の元である我が2年3組合同チームの面々を見回す。
「……何を今さら……。宮祁高校の人たちもいるのだから多く見えるのは当然だ。数にすると60人くらい」
確かに桜南、宮祁交流会のチームは1チーム60人ほどの数になる。
何の疑問点も見つからない。
紗夜は再び紅空に視線を戻す。
だが、紅空は尚も表情は驚愕に染めている。
さっきよりも顔は青ざめ、引っ掛かっていた些細な異変の確信を得たような恐怖を感じているみたいだった。
「……え?」
紗夜もようやく、その些細な異変に気付いた。
そこからは簡単に紅空の思考回路を辿ることが出来た。
60人という慣れない団体行動という状況に常にまとわりつく違和感。
確か数分前にもそんなことを思考したのだ。
結果効率がいい点、動きやすい点をメリットとした60人を二つに分割してポイントを稼ぐ……という方針に固め紗夜達は屋上を目指したのだ。
ここで、紗夜の些細な異変が強大な恐怖へと塗り変わる。
―……待って?60人?―
紗夜は再び振り返り、今度は注意深く2年3組合同チームを 凝視した。
間違いない、60人はいる。
……いや、確実性を持たせる言い方をするならば……二手に分けた2年3組合同チームの1チームよりは圧倒的に多い。
……なら、この余分に見える生徒達は一体……。
この場にいないはずの数の生徒は何者なのか……。
そんな紗夜の疑心が頭上から降り注いだ炎によって欠き消された。
「…………うっ」
炎は目の前の生徒達を焼き払い、跡形も残さず燃やし尽くした。
「紗夜!退がって!!」
いつの間にかコード展開した妖精の姿をした紅空は紗夜の襟首を強引に掴み空を舞う。
紗夜の元いた場所まで業火が唸りを上げていた。
出所不明、正体不明の炎に恐怖を覚える紗夜と紅空。回りを見渡してもそれらしいものは見つからない。
そもそも頭上からの攻撃が既に得たいの知れない恐怖を彼女らに与えていた。
紗夜の螢燈が照らしていたのは精々紗夜の目線ほどの高さまでなのだ。
それより上は未だ暗闇が支配していた。
未知の暗黒世界を漂う彼女らは右往左往暗闇に首を回していた。
「紗夜!さっきの螢燈とかいう光出して!」
「環境変化みたいな大技は憩泉霊が無いと発動できない……」
言いながら炎揺らめく危険地帯へと指を指す。
察するにさっきまで持っていた杖の名称だろう。
襟首を掴まれながら宙を浮いていた紗夜はいつの間にかお姫さまだっこされている状況に突っ込む余裕もないようでされるがままに紅空に抱えられている。
「まずいなぁ……少なくとも敵はいるんだ。……しかも一気に60人ほどの戦力を減らすほどのチートモンスターが……ってあれ?」
紅空はまたしても何かに気付いたようにはてなを頭に浮かべている。
「結局ここにいないはずの皆がなんでここに居たんだろ?」
「……あ。」
そう言えばそうだ。
彼女らの後ろに居た大勢の存在しないはずの彼らは……。
そしてこの暗闇の空間は……。
分からないことが多すぎる現状を打破すべく、とりあえず安全地帯と思われる暗闇の地へと降下する。
地へと着地した彼女らを待ち構えていたかのように、今度は何かが紅空の鼻先をかすった。
「熱いっ」
鋭く迸ったそれは炎を纏った剣のようだ。
動きを止めた炎剣は暗闇の中では目立ちすぎていた。それ故に、それを扱っているのが人型の何かだというのが分かった。
「螢燈!」
突然の紗夜の声に驚いた紅空は同時に明るくなった視界にまたしても驚く。
「取ってきた……!」
さっきの炎地獄からの憩泉霊を奪取したようだ。
同時に、謎の奇襲を仕掛けた炎の使い手の正体が明らかになる。
「…………ふーーー。」
獰猛な息づかいが、野生の獣を思わせる目の前の炎使いは一言で表現するならば、人間ではないと言うことだ。
額に光るのは真っ赤な宝石があしらわれた金属製のヘアバンダナ。
そして何より、鍛え上げられたであろう肉体には紅蓮の炎が纏っていた。目の異質な彼の目玉は真っ黒に染められ、まるで悪魔のような面をしている。
「とりあえず……」
紅空は麗艶妖精の基本能力、爆弾の無限生成を始める。
「私が先攻する。紗夜はステータス強化とその他もろもろの補助をお願い!」
「分かった。……無理な攻撃は控えてね」
テニスボール大の数百の緑色の球状爆弾を自身の回りに浮かばせる彼女はまるで全身爆弾兵器。いつ爆発してもおかしくない危なっかしさを孕んでいた。
……しかし同時に自信に満ちた紅空の表情が頼もしい。
差し出された紅空の右手に同調して、数十の爆弾が炎を纏う悪魔を襲う。
回避不能の広範囲爆撃に悪魔は全く動じず、深く息を吐いた。
しかし、のく口からは裸眼では目にすることができない二酸化炭素の代わりに、恐ろしいものが吐き出されていた。
毒々しい紫色をした正体不明の大気が悪魔の回りを漂わせている。
そんな中でも、爆弾は勢いを加速させながら悪魔を狙う。
大爆撃が予想された紅空の爆撃は悪魔に触れる事もなく無害に散ってしまった。
「え、どゆこと!?」
突如として呆気なく不発に終わった爆弾は全弾、紅空の望む致命的ダメージを与えられずにいた。
すると後方で待機している紗夜は何かに気付く。
「……紅空、どうする?」
「あの猛毒含んでそうな排気を何とかしないと……」
曖昧な疑問の意味を尋ねることもなく、話は進む。
恐らく紅空の攻撃が不発に終わったのは、直前に悪魔が排出した有毒の吐息が原因だろう。
「……紅空、そのまま悪魔に突っ込んで」
「死ねってか!?」
紅空の鋭い突っ込みに紗夜は頼もしく胸を張って見せる。
「大丈夫。とりあえず補助魔法かけとくね」
淡い光を纏う紗夜の右手が紅空の肩に触れ、紅空の全身が淡い光を纏い始める。
「外部から受ける状態異常を併せ持つ特殊攻撃を無効化させる魔法をかけた、爆弾がダメなら物理攻撃で挑むべき」
力強く拳を握った紅空は一呼吸置いて、一言。
「……よぉし、サンキュー紗夜!」
同時に紅空の握り締められた右拳がパッと開かれた瞬間、緑の剣が手前に出現した。
「いっくぞぉぉぉぉ!」
羽を羽撃かせ前進。
両の手に握られた妖精の剣を大きく薙いだ刹那、恐ろしい加速を見せながら一気に悪魔の懐を取った。
「……ほう、」
初めて言葉らしきものを呟いた悪魔に、紅空の剣撃が唸りを上げながら振り上げられる。
宙に漂う紫の毒気を切り裂き、悪魔の体を切り裂いた。
「……ソノ程度か」
鼻で笑いながら真剣な眼差しの紅空み見下す。
悪魔の右手の炎剣が横に薙ぐ。
キィィィン、と紅空の刀身を滑らせながら一振りを終える悪魔。
反撃の態勢なのか、紅空は右足を軽く浮かせる。してそのまま右足を悪魔の横っ腹に放つ。
「フヌ!」
しかし悪魔は紅空の攻撃に全く苦い顔を見せず、先程振り終えた炎剣を右から斜め下に振り下ろす。
「ふっ…とっっ!」
悪魔の剣撃に紅空は自身の剣で受けることなく、半身の態勢を取り、間一髪で回避。
「…………っ!」
そのまま紅空は必殺の一突きを放った。
見事に悪魔の胸元を射た紅空の一撃。
「……硬いぃぃ……。」
苦い顔を浮かべたのは紅空だった。
突き出された剣先は悪魔の胸元を貫くことはできず、息を飲む接近戦は紅空の退避によって落ち着きを見せた。
「……あんた、さっきしゃべったよね?」
紗夜からの位置からは聞こえなかったためか、紅空の言葉に紗夜は驚きの表情を浮かべる。
「え、喋るのかこのモンスター!?」
「モンスターとはナンダ貴様ぁぁぁ!」
「ひっ!?」
急に怒鳴られた紗夜は肩をビクつかせる。
「我は炎魔王・サタン。天魔神の一柱を座する王なりけりぃぃ。」
「なにこのおっさん」
呆れ顔を露骨に浮かべる紅空は構えていた剣を納めた。
「フムゥ、礼儀のなってない下界の愚物!やはり我が平伏したもう候。」
「さっきからなに言ってんの?」
「黙ぅぅぅ!」
「「もくぅぅぅ?」」
さっきまでの真剣勝負の雰囲気はいつの間にか消え失せていた。
禍々(まがまが)しい悪魔の形相も何か笑えてきた。
「あー、えっとオジサン?」
「黙ぅぅぅ!」
呼び掛ける紅空に聞く耳を持たずの悪魔は言葉を荒げる。
「この状況について聞きたいんだけど……」
「静っっっ!!」
「……と言うかまずはあんたが何者かって話……」
「沈んんんんんんんん!!」
「あーーもううっさいこのおっさぁぁぁん!!」
痺れを切らした紅空は再度剣を振り下ろす。
「破ぁぁぁっっっ!」
紅空の剣撃は悪魔に触れることも叶わず、紅空の妖気で形作られた剣が霧散る。
「……っ!」
驚く紅空と紗夜の表情を悪戯に満ちた笑みを包み隠さず表情に出す。
「笑止!妖精の加護だろうと魔法だろうと、その気になれば消し去ること容易!!我の前ではあまりに無力ッッ!」
嫌な汗が紅空の頬を流れる。
目前の敵はあまりにも強敵。
この悪魔の言うことが本当なら、勝負を挑むことが無謀だろう。
「……ふっ、しかし我が何者かを問うか。愚物め。我は天魔神の一柱を……」
「あー……さっき聞きました。その天魔神が何者かを愚物の私達に教えていただければ……」
いい加減紗夜が面倒くさそうな顔をしていた。
「……ホォ、そこの愚民、こちらの愚物よりは有能と見えけり」
チッと舌打つ紅空。
「良かろう、天魔神……天使を超越し、魔を滅せし神を超えた存在のことである。」
威張り散らすように天魔神が言い放つ。
「……天魔神の一柱……ってことは、他にもいるの?」
「黙ぅぅぅ!」
「……この野郎めぇ……」と話に取り合ってもらえない紅空は本気の殺意を両目に宿す。
「……と、これ以上は無駄話。そろそろ貴様らを始末するとしよう。」
サタンの両掌から灼熱の爆炎が生成される。
「……どうする紗夜?魔法は効かない、私の妖精の能力も欠き消される。……どうしようもないねぇ。」
打つ手なしの紅空と紗夜はただ呆然と、自身を焼き付くすであろう灼熱の炎を見つめる。
「さらばだっ。愚物共よっっ!」
サタンの怒号と共に炎の波が押し寄せる。
「避けろ姉ちゃぁぁぁぁぁん!!!!」
「え!?」
突如薄暗い異空間に響いた声に、紅空と紗夜が反応する。
「紗夜、避けよ避けよーー!!」
「あ、当たり前だっ!」
危機一髪で炎の波をかわす。
「紅空ちゃーーん!」
続いて高く明るめの声音が紅空を呼ぶ。
「あ……、しんくんにゆりっち!」
謎の異空間にて、心二達は紅空達との合流を果たした。
「良かった!まだ生きてる!」
「勝手にお姉ちゃんを殺さないでくれる?」
信頼し合う心二と紅空は互いに笑みを浮かべる。
天魔族との新たな戦いが、暗闇の異空間にて始まろうとしていた。
へーい、バレンタインデー。
ということで2話連続投稿です。
ようやく戦いが動いていきましたぁ……!
続いて次の戦いです。
少し時期空くかもしれないですけど。
ぜひ引き続きよろしくお願いします!
そして、本日更新されました『鬼は外、チョコは内』にて、僕の現在連載している小説『バ革命』の番外編を載せていただけることになりました!
内容としては心二と紅空のバレンタインデー前日のお話をお届けしてます。
良かったらそちらもよろしくお願いします!
http://ncode.syosetu.com/n7377by/




