#32 秩序の崩壊
低い討伐ポイントの骸骨剣士はどこにでも出現するため、桜南高校敷地内では平穏などなく、戦闘が繰り広げられていたはずである。
「「…………。」」
しかしそんなことはどうでもよいのだ。
太刀川奏也は部室棟広場に建てられている小さな時計塔に目を向ける。
午前十時半過ぎ。
交流会が始まってから約一時間が経過していた。
奏也はこれまでに骸骨剣士を数十体、金目ガエルを一体狩っている。
1年3組チームの総合点とを比べれば、小さすぎる数値なのは仕方がない。
……そんな彼の隣には1年3組チームの総合点に大きく貢献している菜川李女。
「「……………。」」
依然、二人は黙りとしていた。
気まずい空気が流れる中、やはり二人とも会話をしようとしない。
理由はただひとつ。
……話すことがないからだ!
よくある話で、友達の友達という関係は妙な距離感を感じさせる。
奏也と心二とが友達と呼べる関係に距離を縮めたのは入学式。
とある事件に遭遇したことがきっかけである。
後に語られるであろうその事件から三ヶ月が経った頃、遅すぎる学級委員を決めるHRが行われた。
男子学級委員長に心二が選ばれ、女子学級委員長に選ばれたのが、李女だった。
この直後、心二は李女と件の桜南高校七不思議を体験することになり、優璃や守郎それに心二の姉である天条紅空とも距離を縮めることとなる。
その辺りの事情……つまりは急に心二達と仲良くなった李女に対して、前々から疑問を抱いていたところだ。
話題もないことだし、奏也は李女にこの事を尋ねることにした。
「……あ、あー菜川?」
「……む、なんだ?」
いきなり名を呼ばれた李女は少し嬉しそうに反応を示す。
「心二達と仲良くなったのって学級委員に選ばれてからなんかなぁ?」
「そ……そうだが?」
急に男のクラスメイトとの馴れ初めを尋ねられる……何とも答えにくい質問に、律儀にもはっきり答える李女。
そんな李女からも何か聞きたいことがあるようで、何やらもじもじしていた。
「どしたん?何や聞きたいことあったら遠慮せんでええんやで?」
出来る限りの笑みを作りながら奏也は優しく李女に疑問を聞く耳を向ける。
「あ……あの、だな……」
ん?と言葉を紡ごうとする李女に問う。
「……本当に……男の子なのか?」
「………………。」
照れながら真剣に尋ねてくる李女の残酷すぎる問いに奏也は一瞬固まりながらも、涙を浮かべながら答える。
丁度、そんな時だった――…………。
「……わいは……歴とした男……ふぇ?」
部室棟の休憩広場が突如爆発を起こしたのだ。
ベンチくらいしか置いていない広場が爆発を起こす原因……モンスターの出現以外考えられない。
「よ、よっしゃ!やっとモンスター現れよったな!行こうか~菜川!!」
「そ……そうだな!」
砂煙に包まれた休憩広場に意を決して突入した。
パァァン!と何かが破裂したような音と共に二人は足を止めた。
いくら上位成績優秀者の李女がいても、慎重にならざるを得ない緊張感が漂っていた。
依然、砂煙は晴れない。さっきの破裂音、一体砂煙の中では何が起きているのか。
得体の知れない物を前に奏也は言い表せない恐怖を抱いた。
間違いなく、目の前の砂煙の中にいるのは高得点の討伐ポイントを有するモンスターだろう。
「…………ぅ」
このまま突入するのは無謀すぎる。
奏也は一旦距離を取ることにした。
「菜川、一旦こっから離れ……」
李女に目を向けた瞬間、奏也は先程の謎の破裂音の正体を理解した。
単純に……菜川李女が散った音だった。
「……え?」
李女が立っていた所には、ただ抉れた肉片と散り残った足首が転がっていた。
放心する奏也の手を何者かが掴み広場から離れる。
「……え?誰や!?って……菜川?」
奏也の手を引くのは目の前で散ったはずの李女だった。
「安心してくれ、あれは水分身だ。」
いつの間にか李女は猫耳を生やした姿のコード展開状態の水神雌狐になっていた。
充分な距離を砂煙から取った地点にまで離れた。
「…………アレとは、関わってはいけない」
李女から発せられたのは恐怖を孕んだ弱々しい一言。
李女から言葉にして言われなくても、奏也には充分
理解出来ていた。
「とりあえず、天条たちと合流しよう」
メッセージを飛ばすべく、生徒手帳のメッセージ機能を開いた。
「……菜川、なんやあれ?」
奏也は遥か遠くを見上げながら、呟いた。
李女も奏也が目指す……屋上を見た。
光を一番に受ける、天に近いはずの屋上は暗黒の靄に包まれていた。
「…………一体何が……起こっているのだ」
その刹那、砂煙が吹き荒れた。
屋上のドア手前で、心二達は立ち往生していた。
「おい、何かヤバくねぇか?」
引き笑いを浮かべながら守郎はドアの前に漂う靄を凝視している。
僅かなドアの隙間から溢れてくる真っ黒の靄はあまりに不気味で、心二達の行く手を遮っていた。
間違いない、この先の屋上には何かある。
確信にも近い推測なのだが、何分リスクが高すぎる。
「ヤバイってゆーか……気持ち悪いよ」
優璃も心二の陰に隠れて近づこうともしない。
「……ねぇ代音ぇ、ちょっと行ってきてよぉ」
宮祁の陽炎筑紫は同じく宮祁の雌龍代音姫に期待の眼差しを向ける。
「……っえ、なんでワタシが行かなきゃなんねぇんだよ!男だろ、筑紫が行け」
「やだ!怖い!!」
「……っ。よーし今西とか言ったな、行ってこい」
くいっと顎をドアに向け、命令形で指示する。
「やーだーねー。姫様が行ってこればいいじゃん!強面だし」
「だーれが強面だ……」
「もう~お前ら仲良くしろ!」
再びキャットファイト勃発を予感させる不穏な雰囲気をいち早く察知し、止めにはいる心二。
「んじゃ心二が行ってきて!」
「じゃぁテメーが行ってこい!!」
破壊力抜群の二人の女の子の怒声は心二を震え上がらせるに充分だった。
「お前、絶対将来紐に使われるよな。あ、まず結婚出来ねぇか」
「守郎黙れ。」
行き場のない怒りを守郎にぶつけ、心二は靄を掻き分けてドアノブを掴んだ。
ギィィ……と開かれた屋上のドア。
彼らの眼前に広がったのは眩しい陽の光などではなかった。
まるで暗黒世界。四方八方闇、闇、闇。
中に入り、扉を閉める。
外界から漏れていた廊下の薄暗い光さえも閉ざされた今の屋上は本格的に彼らの視界を奪った。
「えーーっ!?怖い怖い怖い!!ってか何でドア閉めたのーーーー!?」
「え?あたしじゃないよ?」
「おいおいドアを閉めたドMさんはだーれだ?」
普段の茶化した発言とは裏腹に、声音は本気だった。
「ドMではないが、ドアを閉めたのはアタシだ。」
閉めたのは代音姫だった。
「はいはい、自分を極限状態に置きたかったんでしょ?お姫様はドMさんね~」
「ってめぇ……感じさせてやろうか?」
「やってみなよ」
「もおぉぉぉぉ!!お前ら本当は仲いいだろ?」
「……おい、お前ら。それよりアレ見てみろよ」
守郎が騒ぐ心二達を制す。
「……いや、アレってなんだよ暗くて見えねぇよ!」
「見えるだろ?あの薄い光だ。」
「は?」と回りを見回す心二は、奥で僅かに光を灯す何かを発見した。
「え?何だろうあの光ぃ」
異常な状況下でも、筑紫の呑気な口調は変わらないようだ。
「よし、天条。行ってこい」
そして、異常な状況下でも心二に抱かせた第一印象を揺るがすことのない代音姫の威圧的な性格は変わらないようだ。
「なんでオレなんだよ!絶対この人ドSだろ。」
「いやぁ、そんなこともないよぉ?」
筑紫が心二の言葉に意を唱える。
「代音って弄られるの結構好きだよ?特に鎖骨辺りをチュッチュされながら言葉攻めされるのとか大好きだよ?」
「「「…………!?」」」
驚愕の表情を浮かべる心二達。
自分の性癖をバラされた代音姫の表情はご覧の暗闇で伺えないが、顔から火が出るような心境なのは間違いない。
「……筑紫……。」
一層低い声音の代音姫が怒りの矛先である男の名を呼ぶ。
「…………バカ。」
「……否定しないの!?そこは嘘でも否定しようよぉぉぉ!!」
なんだか急に可愛らしく思えてきた心二だった。
というか、代音姫の性癖を事細かく把握している筑紫が、大変に腹黒く思えてきた。
「……心二、もしよかったら今度アタシにも鎖骨チュッチュしてほしいなぁ」
「筑紫てめぇぇ!優璃が変態さんに目覚めたらどうすんだーーー!!」
「変態は元からだろが。」
「と……とにかく、あの光のところまで行くんだろ?行こうぜ」
心二は話を戻し、光の元に向かった。
奏也と李女はひたすら地を駆けていた。
部室棟から離れ、グラウンドを横断して、テニスコートまで逃げてきた。
「……逃げ延びた……んか?」
ようやく安堵(あんどのため息をつけたかと思った奏也だが、李女はまだ辺りに気を配っていた。
ヤツが近くにいるとしたら、必ず鎧を揺らす金属質な音が確認できる。
奏也も、その鎧の物音が恐怖なのは心得ている。
さっきまでの逃走劇では、常に聞こえてきたのだから。
あの音は最早二人にとってはトラウマに近い恐怖を与えていた。
「離れろぉぉぉーーー!!」
「「え?」」
突如飛んできた鋭い声に奏也と李女は敏感に反応した。
回りに人影はいない。自分達に向けられた言葉なのかも定かではない。
それでも二人は謎の声に従って思いきり横合いへ跳んだ。
肘を思いきり擦りむきながらの無茶な回避に意味があったのか、奏也は抉れた肘の皮膚を苦い顔を浮かべながら睨む。
その……わずか二秒後。
さっきまで奏也と李女が突っ立っていた地面に大きな穴を穿った。
礫がこちらへ鋭い勢いをつけて飛んでくる。
反射的に李女の発動した水の結界によって礫は弾かれた。
そして、目の前には奏也と李女を襲撃した鎧戦士が堂々と佇んでいた。
「……まさか上空から仕掛けてくるとは……いくら耳を澄ましても、気付けないわけだ」
苦虫を噛み潰したような表情の李女は再び逃走劇を始めた。
「菜川!さっき聞こえた声って……」
「何だったんだろう、あの声は。あの助言がなかったら私たちは今ごろ跡形もなく潰されていただろう……!?」
言い終えた李女は何かに驚いたように目を見開いた。それは奏也も同じだった。
ジジジジジ…………と、電子的なノイズが二人の脳を刺激した。
「なんや?直接頭ん中から何か聞こえてくる」
「…………ん、なんだこれは」
頭を傾げるのは、二人だけではなかった。
「……?なぁ、何か聞こえなかったか?」
暗闇に包まれた屋上では、心二が正体不明のノイズを聞き取った。
「……うん!何かジジジってなってる」
「代音ぇ、興奮する?」
「くっ……少し気持ちいいな。」
一方中庭でも――……。
「なぁ、青山。何か聞こえないか?」
「……聞こえるな。なんだ?これは」
第一位の3年2組が消失し、現状一位の3年5組メンバーも、異変を察知していた。
「……矢吹も聞こえるか?」
目を閉じていた桜南高校最強の男、矢吹漣夜はゆっくりと右目だけをを開いた。
「……如月、お前忘れたのか?」
「は?」
如月雫の間抜けな返しに漣夜は再び目を瞑り背を向けた。
何を忘れたか、教える気はないようだ。
「まったく……夏休みの会議にも話しただろ。一昨日の会議でも確認したんじゃないのか?」
その様子に堪えかねて青山礼愛
が心の底から馬鹿にしたような視線を向ける。
「…………んーー?何か言われたっけかぁ?」
「この生徒会長(無能)」
「(無能)とか言うな!」
「……このノイズは緊急時の放送だ。脳内に直接伝達されるようになっている。」
「…………緊急事態だぁ?」
確かに回りにはさっきまで群がっていたモンスターは陰もなく、どこかで戦闘が繰り広げられている気配すら感じない。
「……緊急伝達の内容によっては、交流会のルールを無視した対応を取っても良いそうだ」
未だ背を向け、最悪の状況になり得る旨を告げた。
……最悪の事態。
そんな絶命的窮地に立たされている者達は、確かに今この瞬間にいるのだ。
『……えー、皆さん。聞こえますか?皆さん』
不気味な静けさが漂うバーチャル空間内の桜南高校に、悲報が伝達されることとなる。




