#31 女神散る
バーチャル空間にて桜南高校と宮祁高校との交流会が開かれる中、教師陣は現実世界の桜南高校にて雑談やバーチャルシステムの管理を行っていた。
…………数分前までは。
「……本当なのかね?」
桜南高校学校長は交流会の舞台である桜南高校全域を覆うバーチャルシステムを管理していたパソコン部部長の縋先哲史に連れられて足早に廊下を歩いていた。
「えぇ、どういうわけかわかりませんが……」
事の詳細を尋ねられた哲史の表情に、いつもの落ち着いた雰囲気は微塵も見られない。
「……ただひとつ言えることは――……」
そんな様子の哲史は確信じみた一言を校長に告げる。
「………何者かの策略ってことです…!間違いなく……。」
その瞬間、裏で今の桜南高校の状況を……嘲笑う者が確かにいた。
「いいなぁ、桜南は屋上入れてぇ。僕んところ屋上立ち入り禁止だよぉ」
屋上に続く階段を登りながら、陽炎筑紫はそんなことを愚痴る。
「へー、そうなのか?っていっても屋上っていざ行ってみると何もないぞ?夏でも寒いくらい風吹くんだもんよ」
「それは夜に屋上言ったからだろが」
心二はいつかの七不思議騒動の際に感じた夜の屋上の感想につっこむ守郎。
「うん、昼休みとかに行ってみると涼しいよー」
仲良く団欒する彼ら彼女らの輪に混じれないでいる雌龍代音姫は生徒手帳に目を落としながら一歩後ろを歩いていた。
やがて四階の階段を登り、屋上である五階の階段を目の前にして代音姫は異変に気付く。
「……あ?なんだこれ」
代音姫の思わず漏れた呟きをすかさず拾うのは筑紫。
「どっちたの代音?」
「お前の聞き方がどっちたんだよ」
「心二、感染ってるよー」
何事か訊かれた代音姫は自分の電子生徒手帳に未だ目を向けながら尋ね返す。
「……今の一位って3年5組だったか?」
「ダントツで3年2組だったぜ?……まさか逆転したのか?」
その問いに守郎は間髪いれず答える。同時に確認するべく守郎は生徒手帳を開いた。
「………は?」
開いた口が塞がらない、まさに今の守郎はその言葉通りの表情を浮かべていた。
同じく生徒手帳を確認した心二も代音姫と守郎が感じた異変を確認した。
「どっちたの心二?」
顔を覗かせる優璃にドキリと心を弾ませることもなく、心二はただ真実をだらしなく開かれた口から発せられた。
「順位表から…………3年2組が消えた。」
屋上へ入るドアの隙間から漏れるように漂う黒い靄が心二達の視界に入ったのはその時だった。
「…………ねぇ陽志。」
ゴブリンの残党を相手に駐車場で戦闘を繰り広げる最中の1年4組の一部生徒達。
狭山陽志に声をかける彼女は目を薄く開き、回りを気にしているかのように耳を澄ましていた。
「……?どうしたくーちゃん」
剣を振ることすら面倒に感じ初めた陽志は、持ち前の能力である大気を操る必殺コード、神無を乱用し、ゴブリンを圧倒していた。
掌で圧縮された空気が散弾の如く放たれ、ゴブリンの頭部を吹き飛ばす。
退屈な表情の陽志にくーちゃんこと深海は妙なことを言い出す。
「……何か、悲鳴みたいなのが聞こえた気がするんだけど」
「悲鳴?」
ようやく陽志は前に出していた散弾を無限に放ち続ける右腕を引っ込めて深海の元へ近付く。
「……どの辺から?」
「……うーん、裏門の方……かな?」
ふむ、と陽志は考える仕草を見せる。
「……その辺って焼却炉しかなかったよな?……悲鳴ってことは、そんだけ強いモンスターが出現してる可能性があるな!地味なところにこそポイント高いモンスターが出現するもんだからな」
陽志はさっそくみんなに裏門周辺に向かうことを伝える。
「狭山くん、いきなりどうしたの?」
急に裏門へ向かう旨を告げられたことに疑問を浮かべるのは清楚な印象を第一に与えてくる宮祁高校の1年4組、笠原音利。
「いやさ、くーちゃんが裏門の方から悲鳴が聞こえたってさ。なにかあるかもだろ?」
「へぇ……!うん、行ってみようよ」
そそくさと移動を始める1年4組のメンバーを背に、深海は難しい顔を浮かべ立ち尽くしていた。
「ん?どしたくーちゃん。」
動こうとしない深海を不審に思い陽志は声をかけた。
先に行ってしまった音利達4組チームはすでに見えなくなっていた。駐車場を囲む金網を本校舎へ一旦入り回り道をしなくては桜南高校の裏門に行けないため、チームを散らすことを挑まない陽志は深海の手を引いてでも連れていこうとする。
「………陽志、」
「狭山くーーん!なにやってるの?」
金網を隔てた駐車場と裏門。さっき裏門へ渡るべく校舎へはいっていった音利達がもう出てきた。深海の呼び掛けを音利の催促する呼び声に欠き消されてしまう。
「悪い!今行くよ!!」
陽志は手を振りながら答え、深海を連れて行く。
音利達は陽志の返答を聞き届けてから、曲がり角を曲がる。
そこを曲がると見えるのは裏門と焼却炉、さらに奥へ行くと水泳授業で使われていたプール施設がある。
何年か前からプール授業は廃止になり、今は使われていない。
言ってしまえば焼却炉があるくらいの裏門周辺から聞こえた悲鳴。
その正体が金網越しの約30名の1年4組チームが校舎で出来た曲がり角をただ左折するだけで明らかになるのだ。
陽志は曲がり角に消えていく自分のチームな仲間達をチラチラと見ながら深海を連れて校舎へと入っていく。
「……だから陽志、聞いてる?」
「あ?何だよトイレか?」
手を引っ張られ連れていかれる深海はやはり浮かない顔で言葉を紡いだ。
「……悲鳴、本当に聞こえなかったの?あの叫び声、チーム全員が叫んでるみたいに大きかったのに」
「は?一人だけの悲鳴じゃなかったのか?……ってチーム全員って60人ぐらいだぞ?……どんな状況だよ」
陽志の茶化したような表情は、裏門へ到着したと同時に消え失せた。
裏門前の曲がり角の先は、ただ真っ赤だった。
辺りに血液のような液体がぶちまけられていて、地面にはゴロゴロとゴミ袋を裂くとぼろぼろこぼれる生ゴミみたいに赤黒いゴミが散らばっていた。今にも烏が啄みに来そうな現状だ。
しかし、烏はいなく、ましてやゴミ袋なんてのもここにはない。
一瞬それがゴミ袋に見えたのは、あまりにもへにゃりと潰れた形状だったからだ。それこそパンパンに膨らんだゴミ袋を引き裂いて、中の物を取りだしたかのように。
「……ひっ」
陽志の裏返った声が漏れる。
深海も口元を両手で押さえ、目の前のそれから目を背けるべく目を瞑る。
引き裂かれたゴミ袋にみえたそれは紛れもなく、60人あまりの人間の体だった。
蛸のような軟体動物を連想させるそれはあまりにも、元々が人間のシルエットだと感じさせないような有り様だった。
だってそうだろ?
一番近くで捨てられた彼は仰向けになり、空を仰いでいた。いや、正確には彼の顔面は空を仰いでなどいない。
首から下腹部までに大きく引き裂かれた切り傷から覗く様々な臓物が日光に照らされこ細かな皺や気色までもがはっきりと見えるほどに彼の体から覗いていた。
そんな彼の顔面は俯向いていた。
腹は仰向け、顔面は俯き。
その惨状は明らかだ。
「………なんだよ…!これはぁぁ……」
さらに彼の奥では丸い球状の物がいくつか転がされていた。
その玉からは指らしき物が生えていたり、骨が突き出ていたり、潰れた眼球みたいなものががくっついていたり……そんな不気味なボールの下からは膨大な量の血液が流れていた。
このボールも、もとが脊髄を持つ人間だとはとても思えなかった。
しかし紛れもなくその球状のそれは人間だ。
人間が四方八方からとてつもない力でプレスされ、ゴキリ、グシュリ、グチュグチュと丸められた成れの果て。
そんな暴虐の限りを尽くしたであろう張本人が捻り潰され、捨てられた人間達の中心に立っていた。
あまりにも大きな巨人は、もはや人間が手を出していい範囲外の存在だった。
よく見ると巨人はなにかを見ていた。
巨体が覆い被さり、巨人が一体何を見ているかは分からないが、予想は容易についた。
まだ生き残っている生徒達がいる。
音利達がこの巨人と対峙したのはほんの数十秒前なのだ。
ひとまず生存している生徒を助け出す。
これからの方針を決め深海、陽志は生唾を飲んだ。
そして、闘志をたぎらせる。
ありったけの闘志を燃やし、訳のわからない笑みが漏れる。
「……生き残ってる奴らを逃がす。積極的な攻撃は控えるぞ」
「……分かってる」
深海はコード展開を行い、翼を生やし、露出度の高い天空女神の姿へ変貌する。
陽志も抑止していた神無の姿を解放してみせた。背中に出現した奇妙な形の翼は何の意味があるのか、それ以外に劇的な変化は見られない。ただ左の瞳に禍々(まがまが)しい紋章が刻まれているだけだ。
第一学年上位成績優秀者の第一位と第二位の本気がどこまで通用するかまったくわからない未知の敵に、二人の天才が拳を握る。
「……くーちゃんのグロい姿なんて……見たくねぇぞ」
陽志の言葉に少々驚いたのような顔を浮かべる深海。すぐにいつもの涼しい表情に戻したと思ったら、力強く陽志に返した
「……こっちの台詞。」
地を蹴る陽志は両手にあらゆる大気を集束させる。
陽志のコード展開能力、神無は大気、原子が起こす科学現象を想像し、発生させることができる。
例えば、超雷波。
超高熱状態の原子を放つ超雷波は低熱か超高熱によって、目にする現象に変化が見られる。
陽志は両手に超高熱状態の低熱超雷波は目視することのできないレベルの超雷波を放つことができる。
片手に生成された透明の超雷波を巨人に放つ。
巨人のとてつもない大きさの後頭部に直撃する。
大した痛みを感じていないのか、気持ちの悪い笑みを陽志に向ける。
「……全然効いてねぇな……」
すると後ろから聖なる光の光線が巨人の眼球周辺に貫通する。
深海の女神堕暉をもってしても巨人に致命的な打撃を与えられないようだ。
陽志は足に集束した大気を放出し、巨人の背を取る。
さっきまで巨体で見えなかった生き残りの生徒達が、そこにいた。
「……!狭山くん!」
音利の声が聞こえる。音利含めて数人の生存が確認できた。
「……これだけ…なのか」
30名あまりいた生徒達がたった数十秒の内に過半数をぶちまけた巨人の強さは、もはやゲームバランスを崩壊させるイレギュラーなものだ。
「大変なの!あの巨人に3年2組が全滅させられたみたいなの!!」
さっき深海が聞いた悲鳴は3年2組のものだったのだろう。
交流会一位を独走していた3年2組の圧倒的敗北。
その事実は、陽志に危機感を植え付けるのに十分すぎる状況だった。
「笠原、とにかくここから離れるぞ!深海の足止めは長く持たない……!はや……」
早口に急かす陽志の眼前に色白の華奢な右腕が飛んできた。
右腕だけではない。壁に叩き付けられたような状態の左足も確認できた。
「……おい、冗談だろ?」
巨人の強大で巨大な左手には左足と右腕が引きちぎられた深海が握られていた。
暇をもて余すかのような巨人の右足は深海の右手に手をかける。
「……やめろ……おい!」
悲痛な陽志の枯れきった声が裏門に轟く。
しかし、無情にも巨人の右手は軽々と深海の右足を引きちぎりゴミを捨てるようにポイ、と投げた。
「……狭山……くん?」
陽志の回りに赤色の電磁波がピキピキッと唸りをあげながら出現する。
「笠原。生き残ってるヤツら全員引き連れて離れろ。ひとまず残りの4組と合流してくれ」
音利に背を向けながら低く呟く。
陽志がどんな表情を浮かべているのか、容易に想像がつく音利は声を震わせる。
「狭山くんは……どうするの?」
「このデカブツをバラしてから行く」
即答する陽志。
この無慈悲で無敵の強さを見せる目の前のデカブツをたった一人で始末すると言うのだ。
無謀すぎてやけくそすぎて、音利には自暴自棄のように見えた。
「だ……駄目だよ狭山くん!みんなで逃げないと……!」
陽志は少し振り返り、音利を睨み付けた。
あまりの目力に恐怖を覚えた音利は言葉を詰まらせた。
「誰かが囮にならないと巨人をやり過ごせない。その囮を俺が引き受けるって言ってんだよ」
「……う、うん」
無言で音利は生存している皆を引き連れて裏門を出る。
すでにピクリともしない深海をさらに巨人は残る四肢の左腕を引きちぎろうと巨人の右手が迫る。
「……はぁ……。」
例えバーチャル体であっても、身近な人が虐殺されるのは心が痛むどころではないのだ。
陽志を纏う電磁波が青色に変色した。
「……くーちゃんを……離せ。」
前に出された右掌から青い超雷波が深海を握りつぶしている左肘に放つ。
左手をピクリと痙攣させたように深海から手を離した。
堕ちる女神のような少女を抱き抱え、受け止める。
「……陽…志?」
弱々しい声音が男の名を呼ぶ。
男の目の前にプルプルと震える左手を差し出す。
「……逃げ……て」
「逃げねーよバカ野郎。」
優しく抱き抱えた少女を地にそっと寝かす。
気が付くと巨人の右足が陽志の頭上に振り上げられていた。
「……汚ぇ足裏見せてんじゃねぇよ」
巨人の巨体を支えてる左足首に陽志はありったけの超雷波をぶつける。
またしても巨人は左足を痙攣させ巨体を支えきれず
「びゃわん!!」と気持ちの悪い声を喘ぎ転倒した。
じたばたと地を揺らす巨人に手を緩めず球状の超雷波を生成する陽志。
「……っ。」
舌打ちを打ちながら無様に転げ回る巨人に超雷球をぶつける。
ミィィン!と電子的な音と共に巨人の右足が超雷球を弾け飛ばした。
「……くそ、こっちの攻撃が全然通じない」
巨人は難なく立ち上がり、陽志を睨み付ける。
巨人と陽志の圧倒的力量の差は縮まらない。
陽志がどんなに強力な攻撃を仕掛けようと、それは人間基準での強力だ。
目の前の人外に陽志の強力は無力と同義だ。
ふーー、と巨人の口から高熱の蒸気が吐き出される。
そして、跳んだ。
「…………は?」
陽志の視界に映る巨人の表情は狂喜の笑みがきざまれていた。
回避すべく足元に原子を集束させて超速移動を試みる……が。
巨人の背後に移動した陽志の右足が怪力の左手によって握り潰される。
「……んぁっっ」
巨人は陽志の超速を目で追い、動きを止めた瞬間をすかさず捕らえたのだ。
「……ぐっ」
そして巨人の血で汚れた右手が陽志の頭蓋を摘まむ。
すぐに陽志の頭蓋は砕かれない。
徐々に加わる力に歯をカチカチと震わせながら、それでも陽志は憎き巨人の凶笑で歪んだ顔を睨み付けていた。
「…………この……、野郎っ」




