#28 表裏展開
寝癖を直しながら心二は鏡に写る自分の寝ぼけ眼を見つめていた。
「………………。」
先程の優璃からの電話が心二の記憶の奥に忘却されつつあった出来れば思い出したくない記憶を思い出させた。
約一ヶ月前、夏休みの旅行先で心二達を苦しめた大規模不良グループとの接触。
夜の森を駆けて探したあの夜、様々な偶然に助けられ、拉致された優璃達を危機一髪ではあったが救出に成功した。
もしあの広い森で木場達に出会っていなかったら?もし橿場が己を省みず単身でアジトへ乗り込んで時間を稼いでいなかったら?
考えるだけでもゾッとする。
これだけ聞けばハッピーエンドに事を収めた様に聞こえるから、言葉は慎重に選ばなければならない。
被害者は三人。
優璃達より先に拉致されていた大学生の女性達は被害にあった。
被害内容は暴行、この一言に尽きた。
ただただ面白半分に暴行を働き、無責任に子供を孕ませようとした、。
中でも三人の内の一人、心二がお姫様だっこで救出した彼女は当時、失神の状態で心二が見つけ、夜が明けても無事だった二人に対し、目を覚まさないでいた。
心二は髪型を整え、家を出た。
優璃が待っているであろう野村病院に向かった。
先日にようやく心二が助け出した彼女、名を谷口最夏が日常生活に支障がないまでに回復した。
何故にこれまでの時間がかかったのか…。
精神を病んでしまったからだ。
これからまだ続く人生に、彼女の許容範囲を裕に超えるトラウマを植え付けた不良グループ、黒翅の青年らは逮捕されることはなかった。
どうやら得たいの知れない何かが情報を改竄したようだ。
……じゃなければ日本の警察組織の無能さが証明されてしまうが……恐らくは前者の方だろう。
黒翅のリーダーとされる白髪の男の名を知っていた狭山陽志、弥富深海からの証言により、名前が明らかとなった。
秦野慎巴。
天条心二が出会ってきた者の中で一番の危険人物だ。
自転車を漕がして30分、心二の前にやがて大きな病院が姿を見せる。
約一ヶ月ぶりに顔を合わせるであろう谷口最夏の入院している病院だ。
一方少し前、始業式を終えた学校では、珍しくも部活着でなく制服を着た生徒の姿が2名見られた。
二人は2階の廊下を歩き、目的地であるコンピュータ室へと足を運んでいた。
もちろん、彼らはコンピュータ室に設置されてあるPC目当てなんかではない。
自宅のPCを使えばいいのだから。
今の時間、コンピュータ室ではパソコン部が使用しているはず、彼らの狙いはそこにあった。
そう、パソコン部し部長を務めている三年生、上位成績優秀者の第二位、縋先哲史に話を聞くことが、彼ら……狭山陽志と弥富深海の目的だ。
コンコンと控えめにドアを叩く。
やがて眼鏡をかけた青年がドアを開けてくれる。
「……何の用でしょう」
明らかに訝しげな視線を向けられる陽志。
なるべく笑顔を作り、要件を伝える。
「部長の……縋先先輩に話があります。」
陽志の声に反応したのか、部屋の奥から短髪の男が出てきた。
「……僕に……何か用かな?」
爽やかな声音が彼の……いや、彼の所属するパソコン部の陰気なイメージを払拭させた。
病院の受付にて目当ての彼女の部屋番号を尋ね該当する階のエレベーター押した時だった。
心二は意外な人物と遭遇した。
ドアが閉まりエレベーターが動き出そうとしたとき、不意にエレベーターが再び開かれた。
それは外のエレベーターのボタンが何者かに押されたということだ。
やがて搭乗してきたのは薄着のシャツにヒラヒラしたフリルがあしらわれた薄そうなスカートの少し年上な女性だった。
「すみません、私も乗ります」
「ええ、何階ですか……ってあれ?」
心二が言葉を渋ると女性も「ん?」と重ねて疑問を漏らす。
「……ね、姉ちゃん!」
「しんくん!」
またまた出掛け先で偶然の出会いを果たした心二と
その姉の天条紅空。
「どうしてこんなとこにいるの?ここ病院だよ?」
「それぐらいわーっとるわ!とりあえず何階?」
「5階よ?」
「……オレも5階だ。」
妙な偶然の一致に気持ちの悪さを感じた。
エレベーターはすぐに心二達を5階フロアへ運んだ。目的地である509室へ歩を進める。
そして、心二の後ろを歩く紅空。
「……なぁ、何でついて来てんの?」
「本当に私もこっちなの!しんくんこそ私の前に立ち塞がらないで!!」
プンプンと頬を膨らませる紅空を背に心二は歩みを続ける。病室は505号室を過ぎても尚、紅空は後ろをついてくる。
心二が立ち止まる。目の前には509号室の病室。
そんな心二の隣には紅空。
紅空も同じく立ち止まる。そう、509号室前に。
「……姉ちゃん?ここは谷口さんの病室だぞ?」
って言っても「谷口さんって誰?」と返されるのが目に見えた心二はまともに答えを求めていなかった。
不意に紅空の目と目をあわせるまでは。
「……最夏先輩を……知ってるの?」
紅空の顔には先ほどの冗談を言いそうな柔らかい表情を浮かべてはいなかった。
「……へ?姉ちゃんこそ……谷口さんを……」
ガララ、と急に509号室の扉がスライドされ肩をビクつかせる心二と紅空。
「なにしてんの?心二。……あれ?紅空さん?」
扉を開けた人物は声を発した。
聞きなれた声音の主は、心二を呼び出した今西優璃だった。
「……ゆりっち!?へ!?何でここに!?え?え?」
「おー優璃。……姉ちゃん、病室は静かにな」
ひとまず彼らは病室に入った。
室内には、初めて会った時のような真っ青な顔ではなく、赤みがかった頬が特徴的な女性、彼女は谷口最夏。紅空の中学時代の部活の先輩だそうだ。
「悪いな優璃、守郎も誘ったんだけど……野暮用でな」
「……また?アイツは度々用事あるよねー……。」
呆れながら病室の大きな窓から見える景色を眺める。
最夏のベッドの傍らに置かれた丸椅子に座る紅空はさっきまでとは段違いに低いテンションだ。
「そう……最夏先輩達を助けてくれたのは……しんくん達だったの。こりゃ、身近な所にヒーローが居たもんだねぇ」
目を伏せながら紅空は最夏に優しく微笑んだ。
「……えへへ、私も驚いちゃった。頼りになる弟くんだね」
最夏は言いながら目線を心二に向ける。
少し恥ずかしそうな心二は思わず目を反らしてしまう。
目を反らした心二は室内をぐるりと見渡した。今この場には女子しかいない。そんなシチュエーションに置かれているのを再確認し、ますますに口を開くことを躊躇ってしまう。
「……紅空、わざわざ来てくれてありがとうね。」
「当たり前じゃないですか…………そんなこと言わないでくださいよ。先輩。」
思いもよらない最夏の謝罪に紅空は低い声を引き絞りながら発した。
紅空の小さな拳が強く握り締められているのに気付いた。
「私……許せないっ。先輩をこんな目に合わせた奴らが……まだ捕まってないなんて……!」
怒りの感情を剥き出しにしながら、紅空は地面を睨み付けている。
その言葉に心二と優璃も黙ってしまう。
「ごめんね紅空さん。捕まえられなくて……」
優璃は責任を感じたのか、謝ってしまう。
紅空はなにも言わない。まさか、本当に優璃に非があるとでも思っているのだろうか。
「バーカ、なに謝ってるんだよ優璃。オレ達は逃げることで精一杯だった。悪いのは全部あの野郎たちだ。」
心二は力強く、優璃の肩に手を触れさせた。
優璃は黙って頷く。
それを確認し、心二は紅空に視線を向ける。
「姉ちゃんはらしくないぞ。もう終わったことだ……今はなるべく……谷口さんの側で笑ってやるべきなんじゃないのか?」
重くなりかけていた空気が払拭されたのかは微妙だが、心二はこれ以上なにも言わず背を預けていた壁から離れた。
「……よかったっすよ。子宮に何の異変もなかったみたいで。んじゃぁ、あとは先輩後輩でイチャコラしててくださいな。優璃~行こっか」
「あ……うん!………谷口さん、こんなことがあって……偉そうには言えないんですけど。」
一呼吸間を置き、優璃は言葉を紡ぐ決意を固める。
「……男の人にも優しい人たちはたくさんいます!あんなゲス野郎達と一緒にしちゃって男の人を避けちゃったら……それはとても残念なことだと思うんです」
言い終えた優璃は未だ心に蟠っているものが払拭されていなさそうだ。
伝え損なった、と何か不満げな表情の優璃に、最夏は優しく声をかけた。
「……女の幸せは……男に愛されること……だものね」
「……は、はい!」
足早に病室を飛び出した優璃を背に最夏は呟いた。
「最近の高校生って……大人だよね?」
ふっと吹き出す紅空もまったく同感な様だ。
「……ですね。」
5階に呼んだエレベーターが到着するのを待っている心二を見つけた優璃は彼の背中に飛び付いた。
「……ぉほ!?ゆ、優璃か。いきなり抱き付くな、興奮するじゃん」
心二に向けられた優璃の表情は、とても満足気な笑顔だった。
パソコン室の奥の教官室に通された陽志と深海は縋先哲史に勧められたソファに腰を下ろした。
テーブルを挟み反対側のソファに哲史も腰を下ろす。
「それで何だい?僕に話ってのは」
背筋を伸ばした姿勢で座る哲史に関心の視線を送る陽志。
そんな陽志は猫背で両肘を両膝に置いた姿勢のため見る角度からだと自然と目線が鋭く見える。
姿勢の良い哲史は目線が陽志と比べ断然高いため、向こうからは睨まれている様に見えるだろう。
「……あの。」
深海が唐突に口を開く。
「ん?どうしたのかな?」
相変わらず爽やかな笑顔で深海に優しく続きを促す。
「私から少し視線を外してください。」
不意を突く深海の冷たい言葉は如何なる相手でも心を凹ませる。
「あ……あは、ごめんね。そっちの彼があまりに睨んでくるから……」
「そっちの彼……?あー、オレか?悪いな先輩。」
めんどくさそうに姿勢を正し、ソファに背中を預ける。
「早速聞かせてもらいますよー先輩。噂は聞いてますよ?第三学年上位成績優秀者の第二位、コード名は忘れちまったが、情報屋……とかって呼ばれてましたよね?」
やれやれとため息を吐く哲史。
「参ったなぁ。新入生達にも広がってるのかな?」
「いえいえ、これは秘密ルートからの噂ですよ。普通に学生生活送ってたら、こんな噂はまず聞きませんよ」
「……誰にも言わないでくれよ?そっちのお嬢さんも」
こくり、と頷く二人を確認して哲史は自分に尋ねられるであろう話を促す。
「……秦野慎巴って男についてなんですがね。」
「…………ほう。君たち、何者なんだい?」
困り顔で尋ねる哲史の反応……陽志には予想し得ていたことだ。
秦野慎巴なんて奇人の名前、普通なら耳に入りもしない名だ。
「普通の高校生ですよ」
「その名を口にした時点で、もう異常なんだよ。狭山くん」
「はっ、なら……そんな異常と対峙したオレらは何になるんですかねぇ」
「……。」
陽志に向ける哲史の目の色が変わった。優しく垂れ下がった目尻は変わらないのだが、まるでさっきまでと彼の印象が違う。
「………………そうか、夏休み中、秦野のグループにちょっかい出したって連中に君たちも入ってたのか……」
額に手を当てて見せる哲史。苦い顔をしてるように見えるが……その実。
「……何笑っているのですか?」
隠しきれていなかった哲史の口元を深海に指摘され、次第には腹を抱えて笑い出した。
「あーーはっはっはぁ…………。まずいまずいまずい。」
一気に闇落ちしてしまった成績優秀者の堕落ぶりに着いていけない二人。
「…………うーん、秦野にちょっかい出したのが君たちだとすると……今もこうして普通に学校に通えてるのは少し怖いねぇ。」
「……何か仕掛けてくるかもしれない……ということですか?」
やけに深刻そうな面持ちの哲史に深海は尋ねる。
「秦野慎巴といえば奈良の県知事、秦野道蔵の一人息子だからねぇ。君たちをどうにかしようと思えば簡単だよ。例えば不慮の事故を装って~とか……ねぇ」
「おー、怖い怖い。でも……やっぱり詳しそうだな。なら答えてくださいな情報屋の縋先先輩。」
不穏な風が九月の奈良に吹き荒れる。
「…………嫌な風だ。お前もそう思う?」
そんな風を背に受けながら垣峰守郎は辺りに倒れている不良然とした格好の奴らの内の一人に話を振る。
「………………知らねぇよっ……、バケモンめが」
ふっと自嘲気味の笑みを漏らし守郎は帰路に着く。
何の変化もないような日は過ぎ、九月の二日。
不穏な影が動き始めていた。
「……では、頼みますよ?」
不気味な笑みを含みながら彼は呟く。
彼の名は秦野慎巴。彼が不敵に微笑む時、大きな闇が動き出す。
三話のプロローグを経て、いよいよ第4シリーズの本編が始まります。
今回の話で初期からの守郎の伏線やら第3シリーズの後日談を回収しました。
守郎に関してはもう覚えてるひとがいないくらいでしょう……笑
気になった方がいらっしゃいましたら序章もしくは第2シリーズのエピローグをご覧くださいませ
さて、次回から本格的に始まっていくわけですが、宮祁高校の実力者を始め、桜南高校のまだ明かしていない実力者なども出ざるを得ないためにキャラクターがゴチャゴチャしてしまいそうな未来がすでに見えてきているのですが……。
うまく丁寧に動かしていこうかと思います!笑
それでは、今回のあとがきイラストは懐かしの描き下ろしイラストです。
次回から出てくるであろう宮祁高校の実力者の一人です。
名前はまだ未定ですが……。彼のコード名、能力、行動は今シリーズの鍵になりますので注目してください
忘れかけていた心二くんの二重人格設定も大活躍の予定ですので長いシリーズになりそうですが、どうか最後までお付き合いください!




