#22 救出戦線〜交差〜
弥富深海は米国からの帰国子女である。
それ故、祖国の名残から知り合いへ挨拶代わりにキスを交わしてきたりと、国外を知らない天条心二たちにとっては常識を覆す出来事だった。今となっては深海のディープなのをもらった今西優璃や古旗由美によって教育され、最近では滅多にその百合百合しい光景も過去の楽園と化していた。
一方、当時の心二は外国人美少女の深海みたいな女神様と合法的にキスするため外国へ乗り出そうとした時期もあったりしたが、そもそも「外国人=どこでもキスする人種 」な訳がないので、そんな世迷言をボヤく心二は早々に垣峰守郎のそげぶパンチで目を覚ますのだった。
橿場直之が強引に突き破って登場した屋根裏の穴からネズミが降りてきた。
ポケモンの電気ネズミや灰色のネコを虐しいた)げる茶毛のネズミ曰くアニメなどでは愛らしく描かれているネズミだが、実際に見るとそうでもなかったりする。
何なら少し怖いくらい。
足元を素早く走るネズミを気にも止めず優璃は尋ねた。
「深海ちゃん、アイツがアメリカの上位成績優秀者って……どゆこと?そんな化け物がなんで日本にいるの?」
深海が漏らした呟きに疑問を抱いた優璃。
米国の国内上位成績優秀者ということは、アメリカ最強の十人に入るということだ。
「……見たことある。あの悪人面は忘れない。私でも入れなかった米国国内上位成績優秀者の一人。」
あくまで無表情に淡々と語る深海に、優璃の不安は大きくなる。
「ほざきやがれェェェッ!!!」
橿場直之の特攻に合わせ菜川李女と深海も援護すべくそれぞれ攻撃態勢を取る。
未だ涙を流す由美に優璃は頭を撫でる。
「……………由美。今のうちに…」
「………え?」
成績優秀者ではない優璃たちに今できること…それは橿場たちの援護でも、自分達だけで逃げることでもない。
「…………あそこの他に捕まってる子達を逃がすの」
言いながら立ち上がる。
まだ、戦いは終わっていない。
むしろ、ここからなのだから。
「…………う、うん!いこう!」
由美が応え、舞台から降り手足を縛られ身動きがとれない女の子たちのもとへ駆ける。
「おいおい」
不意に声が聞こえたかと思うと、十数人の男たちに囲まれる優璃と由美。
そうだ、あの白髪の取り巻きは別に手出しをしないなんてわけがない。
まだ、自分達の安全は保証なんてされてない。
「………由美、戦うよ。」
「……もち!」
幸い、今はバーチャルシステムが機能している。
展開した橿場が戦闘不能にならない限りは自分の武器を呼び出して戦うことができる。
「………いくよ!」
「ラジャー!!」
「死ねェェェェ!!!」
橿場の持つ天空竜の如き真紅の一太刀を振るう。
描かれた弧から三日月状の炎激が白髪に襲いかかる。
背後に回った李女と深海もそれぞれ攻撃を仕掛ける。
白髪は慌てた様子もなく右手を前に出す。まるで操っているかのように、漆黒に包まれた体の回りに展開されていた魔法陣を橿場の炎熱攻撃にぶつける。
暗黒を放ちながらまるで炎を吸い込むように橿場の攻撃は魔法陣ごと打ち消された。
「………なッにィ!?」
すかさず李女はその狐の姿に生える十の尾を手前に構える。
それぞれの尾先に水玉が形成されていく。
そして一気に貫通力を持った水鉄砲を放つ。
「………無駄無駄ぁ。」
先ほどの橿場の弧炎の様に魔法陣をぶつけ呆気なく打ち消した。
「…………なんだ?この魔法陣は……!」
橿場や李女の攻撃を打ち消して共に消える魔法陣はすぐに白髪の回りに再び展開され常に二つの魔法陣が浮遊している。
「……はぁっ!!」
ずっと空中で待機していた深海は背中に生えた神々しい二本の羽を羽ばたかせ白銀の刀を振るう。
それはまるで神の裁き。
すかさず魔法陣を動かし深海の一太刀にぶつけ……はせず、すぐさま漆黒に包まれた右手から漆黒の刀を生み出す。
後に倉庫内に響くのは剣と剣の衝撃音。
「………なるほど、物理攻撃は打ち消せない。読み通り。」
深海の予想は当たっていた。何も無謀に物理攻撃を仕掛けたわけではない。
白髪の魔法陣に触れたものは全て消滅してしまう。……なら、刀も触れたら消えてしまうのか。
もしそうなら本当に打つ手はなくなっていた。
深海の目に、一筋の勝機を迸る。
「調子のってんじゃねぇよ」
すぐさま距離を取る双方。
「………調子を乗りたくなるのも当然よ。ようやく帰れるのだから。」
同時に三方向別々の位置から白髪を囲む橿場、李女、深海。
「はぁ?意味わかんねぇなぁ」
馬鹿にした笑いは浮かべながら白髪は勝利を確信した表情の三人を睨み付ける。橿場と李女が同時に攻撃を仕掛ける。
「必殺コードにャもう頼らねえ。普通に、お前を切り刻む。」
橿場、李女そして深海は自身の刀を構える。
特殊攻撃を打ち消されるなら、刀による物理攻撃が有効。
普通に考えて三対一のこの状況は李女達が断然に有利な筈だ。
「くっくく。安直だ」
余裕の表情を浮かべる白髪目掛けて一斉に駆ける。
容赦なく振るわれる三人の一撃。
直に建物が悲鳴を上げるかのような地響きが鳴る。
勝負は決し、すべてが終わりへ向かおうとしていた。
三人の神と一人の邪神。
激闘と言うべき激闘は繰り広げられることなんてなく、あっさりと敗者は果てた。
勝者は叫んだ。
「…………弱ええぇぇぇぇなぁぁぁぁ!!!」
白髪の前に橿場たちはあっさり崩れ落ちてしまう。
橿場は困惑に顔を歪め、李女は表情を強張らせ、深海は焦点のあっていない虚ろな表情で固まっていた。
「…………なんで、一体、何が…起きた?」
必死に言葉を紡ぎ疑問を口にする李女。
そんな李女の様子を実に下卑た笑みを包み隠さず晒しながらバーチャルシステムを展開した橿場に止めを刺すべく白髪は漆黒の剣を振りかざす。剣先には黒球が形成され無情にもあっさりと橿場の体に放つ。
体に触れた瞬間、粉々にバラされた橿場の姿が李女と深海の眼球に映る。
一方、拘束される少女たちを助けるべく取り巻きの男たちと戦闘を続けている優璃と由美は倉庫内に響き渡った爆音に体を強張らせていた。
「………なに?さっきの爆音…。もしかして決着ついたのかな?」
期待を抱きながら由美は橿場たちが戦いを繰り広げているであろう舞台に視線を運んだ。
「それより、…こいつらを片付けないと……ってあれ?」
奮闘する優璃と由美の手から武器が消失する。
同様に目の前の男たちも武装が解除された。
「………へへっ。生身に戻ったならこっちのモンだ」
男たちが余裕の表情を浮かべながら優璃たちに近寄る。
「どういうこと!?バーチャルシステムが解除されたってことは…」
由美が狼狽える。バーチャルシステムが解除された考えられる要因は二つ。橿場たちが勝利し自身の意志で解除したか、橿場が戦闘不能になり、強制的に解除されたか。
いや、優璃にはわかっていた。恐らく由美も。
橿場たちがもし勝利したとしても、バーチャルシステムを解除する理由がわからない。
ボスらしきあの白髪を倒したとしても、目の前にはその取り巻きがまだいるのだから。
こちらの手数が圧倒的に少ない今、コードを所有している三人の力で戦力差を埋めるのがセオリーの筈なのに、コードを展開できない不利な現実世界に戻すなんてどう考えてもおかしい。
「……………そんな。」
やがて由美の瞳が舞台に横たわる三人の姿を捉えた。
「………さぁ、続きをしようかぁ。へへっ」
襲いかかる男たちに成す術なく捕らわれる。
「…………くっ。や…やめて。やめてぇぇぇぇ!!」
有無を言わさずその場で残る下着を脱がそうと優璃に馬乗りになる男。再び蘇る恐怖が体の芯まで支配する。
今度こそ、本当に終わってしまうのか。
終わって…………。
ギィィィ…と。重い軋み音が倉庫内に響く。
「…………お?見回りの奴等が帰ってきたか?」
回りの男が扉の方へ振り向いた。
「…………あ?」
男の漏らした呟きは今まさに下着を脱がそうと馬乗りしていた男をも振り向かせた。
「あー、あー。コホンコホン。」
何とも呑気な声が微かに放心状態の優璃の耳にも届いた。
懐かしい、妙に幼い声音の男。
『きみ、声子供みたいだね!かーわい♪』
『は!見てろよな!!これからイケメンな声になっていくんだよ〜』
知らず知らず、過去に交わした会話が脳内再生される。
走馬灯?本気でそう思いかけた優璃は徐々に光を閉ざした目に輝きが宿ることに気付く。
この会話を交わした相手を思い出したのだ。
たった数ヵ月前の、高校の入学式での一幕。
「………ふぅ。守郎。喉の調子はどうだ〜」
「あぁ。いつでも万全だ。」
相変わらず場違いな雰囲気の聞きなれた声の会話。
不意に涙が零れた。
不審がっている男は扉の方へ近付く。馬乗っていた男が離れ、ようやくわかりきった声の主を自身の目で確認すべく体を起こした。
外が真っ暗なため顔までは分からないが優璃には充分に確信を得た。
扉前に立つ複数の人影。
「………そんじゃ代表してオレと守郎が申し上げますか。」
大きく息を吸うような間の後。
「「てめぇらぁぁぁ!!!とりあえずぶっ殺す!!!!!」」
前方の男数人が吹っ飛ばされる。
見知った顔をした二人の男のドロップキックが命中していた。
「……な、なんだてめぇら…………ゴッ…!」
「……うっせぇ。だぁ〜ってろ」
そこには鬼がいた。
金髪を靡かせながら馴れた手つき足つきで男たちを乱暴に伏していく。
そして倒れる男たちの間を縫ってこちらに近づく男。
「………もう大丈夫だ。助けに来たぜ、優璃、由美!」
優しい笑みを浮かべ、手を差し伸べるその男の目は薄暗い倉庫の中でも頼もしく優璃だけを写しているのがわかる。
「……………心二ぃぃ。」
下着姿の体を隠そうともせず目の前の少年に抱きついた。由美も安堵からか涙を目からポロポロ零し泣き崩れた。
「………間に合ってよかったっ……!」
力強く抱き締める少年の口からは安堵の呟きを漏らす。
…………彼の名は天条心二。
彼は後ろに控えていた少女然とした容姿の少年に優璃を預けた。
「………奏ちゃん。優璃を頼んだ。」
「おう。一発かましてきたれ!」
ステージライトで薄暗い倉庫の中を一層照らしていた舞台に力強い足取りで向かう。
そこにいたのは李女や深海が倒れる先で余裕の表情でソファに腰かけていた白髪の男。
「………よぉ。てめぇがここのボスか?」
「そうだけど?」
その白髪の返しに鼻で笑ってみせる心二は親指を突きだし堂々宣言する。
「………とりあえず、気が済むまで殴らせろ。白髪野郎。」
凶悪な殺意のこもった一言に浮かべていた笑みを崩す白髪。
「………やってみろ。凡庸な凡人風情が。」
射殺すような二人の視線に怯んだのか、徘徊していたネズミが屋根裏に戻ったその時を以て、革命児達のただのケンカは幕を開けた。




