#19 救出戦線〜勃発〜
どこもかしこも、夜という状況下に於いては普段は見せない得たいの知れない恐怖を見せるものである。
例えば学校。
昼間の賑やかな雰囲気とのギャップが合い重なって信じられないくらいの恐怖を形成する。
例えば森。
生い茂る木々が黒いシルエットを作り出し、死角が多いこの地形での夜景色は 不気味以外の何物でもない。風が吹けば木はカサカサと音を発し正体不明の気配を生み出す。
目に見えない恐怖と呼べるそれは、時にすべての恐怖体験を凌駕する。
……例えば、お墓。
「…………いやー、やっぱり怖いね。この時間帯のお墓。」
今西優璃は場のしんみりとした雰囲気を和ませるべく言葉を発する。
「だよねー、もう八時だし、夏といえどもう真っ暗だね」
古旗由美は辺りを見渡す。お墓ゆえに回りは墓石しか無いためよく見渡せる。
「………そろそろ置き手紙を呼んでいる頃か。」
菜川李女が顎に手を添えながら推測する。提示した話題は心二達が泊まる部屋の扉、その下の隙間に忍ばせた手紙についてだ。
今回、女子陣が一日遊び疲れた体に鞭打ち眠い目を擦りながら企画した『ドキ☆ドキ!男子陣を驚かせよう♪』という名の肝試しは招待状である手紙が要となる。
読んでもらわねば話にならないのだ。
その手紙には旅館裏の墓地へ男子陣四人で来るよう指示する内容が書かれている。
「……それじゃ、そろそろ各自の持ち場に着く?」
弥富深海が両手にこんにゃくがたんまり詰め込まれたビニール袋を構えて提案する。
「そうだね!それじゃ、散開しますか?」
笑顔いっぱいの顔を浮かべて優璃もポケットから男子陣を驚かすためのグッズを取り出そうとする。
……その刹那。
「…………ん?誰か来た。」
由美が足音に反応する。
皆が一斉に旅館側に視線を送る。
しかし、誰もいない。
だが確かに足音は女子陣全員の鼓膜を刺激していた。
「な、なんだ?この足音は。一体どこから…」
すると、不意に妙な匂いのする布が李女の顔を覆った。
「むぐっ……!?」
全員が李女の異変に気付き振り返る。
そこには優璃たちの倍は居る男達がいた。
「…………え?」
こんな大勢の気配に気付かなかったことに自分の神経を疑った。
「へへっ。君たちぃ、こんな時間に、こんなところで、何してるのぉ?」
下卑た笑みを浮かべながら男は近付く。
その手には、李女に匂わせたものと同じ様な布が握られていた。
そして静かな夜に、複数の悲鳴が響いた。
「あ〜、やっぱり温泉は気持ちいいなぁ。」
天条心二は顔を火照らせながら二日目の温泉に感想を漏らす。
温泉とはいい物だ。全身の疲れを吸い取ってくれるようにお湯が肌を包んでくれる。
他の三人も満足気な表情を浮かべながら客室へ向かう。
「そういえば、まだ晩飯食ってないよな?そのまま食堂行くか?」
垣峰守郎が食堂と客室の分岐点で皆に尋ねる。
「…せやなぁ。確か九時に食堂閉めきられるんやろ?もう八時やし、ちゃっちゃと食べようや」
太刀川奏也が「腹ペコ~マジ腹ペコ~」と言った感じで腹をポンポン叩く。
「え!?そうなの!?それじゃ早く食べてしまわないと晩飯抜き!?」
心二が心底絶望した表情を浮かべる。超高校級の絶望さんが歓喜するくらいに絶望していた。
「なら、ちゃっちゃと行こうぜ」
皆の反応を気にするでもなく一人食堂の曲がり角を進む狭山陽志。
守郎と奏也も陽志に続く。
心二もまっすぐ食堂へ向かう。
「……………ん。そういえば…」
心二はあることを思い出した。
「守郎、悪い鍵貸してくれ。部屋に忘れ物した。」
客室の鍵を管理している守郎に催促する。
「……別に食うだけんだから何も要らねぇだろ。」
「いや〜、財布忘れてさ。食堂の帰りに売店でお土産買うんだよ。」
「ふ〜ん、なら………ほいっ」
守郎が鍵を投げ渡す。
パシッと片手で受け取りサンキューと手を挙げ、客室へ走る。
階段を上り三階の客室へ着く。
人気が無さすぎて少しの恐怖心を抱きながらキョロキョロと見回しながら歩く。
心二たちの宿泊する客室の鍵穴に守郎から受け取った鍵を差し込む。
ガラリと開いたドア、室内を覗き込む。
視界はほとんど真っ暗。あまりの闇に生唾を飲む。
(ひぇ〜、怖い怖い。)
玄関前に放られている自分の鞄を手探りで探す。
「…………電気つけるか。」
捜索作業を効率よくするため室内を点灯させるボタンをこれまた手探りで探す。
音もなく明かりは灯され、一気に室内を照らした。
「お、あったあった。」
自身の財布を見つけ出し、さっさと部屋を後にする。
「……………ん?」
不意に視線を下に向けると手紙……と言うより置き手紙と表現した方が適切な文字が書かれた紙切れが落ちていた。
「ん〜と、なになに……。」
「…………ありゃ?女子達はまだ来てへんのか?」
食堂を訪れた男子陣を代表して奏也が独り言を呟く。
「もう食い終わったんじゃねえの?」
そう、言ってしまえば考えるまでもなく片付けられる程度の疑問だ。
「守郎〜〜〜〜!!」
すると後ろから客室から戻ってきたであろう心二の呼びかけが聞こえる。
守郎は鍵を返せ、と手を差し出した。
「守郎、優璃達が……」
守郎のジェスチャーを無視し言葉を紡ぐ。
「こんな時間に墓場来いって…!」
「あ?ど〜いうことだ」
心二の手からは鍵の代わりに文字が書かれた紙切れを守郎に手渡す。
「………………」
それを読むと守郎はめんどくさそうな顔をする。
「ったくよ、これから晩飯だぜ?ほっとけほっとけ」
よっこらせ、と椅子に腰を落とす守郎。
「君たち、この時間帯にあの墓場ら辺に行くのはやめた方がいいよ?」
一連の会話を小耳に挟んだのか、近くの丸テーブルで食事を摂っていた心二達より少々年上の男女グループの一人が話しかけてきた。
優しい声音のお兄さんだ。
「あぁ、うちの連れが先行っちゃったみたいなんすけど……まぁ四人も居るし………」
守郎が言葉をいつもより丁寧に心がけて話す。一人なら確かに危険かもしれないが、四人で固まって行動しているはずだ。何の問題もないだろう事を伝える。
しかし、お兄さんはさっきより声を大きくして驚いた。
「え!?もう行っちゃったの?あの辺りは、不良が溜まり場にしてる大きい倉庫の近くなんだよ。もしかして、その四人って全員女の子だったりしないよね?」
お兄さんの言葉に心二達全員が目の色を変える。
「………不良の溜まり場…だと!?」
守郎が眉間にシワをよせて復唱する。
「………おい、こりゃ、まずいんじゃないか?もし不良に出くわしちまってたら…」
陽志が普段は見せないような不安を帯びた表情を向けながら最悪の事態を口にする。
「………ま、まずいなんてモンやないやろ!?下手すれば……」
言葉に詰まる奏也。
言われるまでもない。間違いなく襲われ、犯される。
「行こう!ありがと、お兄さん!!」
晩ごはんなんて目もくれず、心二達は食堂を後にした。
外へ出ると、すっかり辺りは暗くなっており足元が見えないほどだった。
すると守郎はスマホの懐中電灯アプリを起動させる。
「行くぞ!」
守郎の発破をかける声に皆が返す。
墓場にはものの数秒で着くが、ここの墓場地帯は兔にも角にも広い。
「優璃ぃぃぃ!」
心二が優璃の名を叫ぶ。
しかし無情にも、その呼び掛けに返す声は聞こえない。
この事実から生まれる可能性は三つ。
女子四人がいたずらで隠れているか、女子四人とも気絶してしまっているかだ。
だが理由もなく、尚且つ四人ともが気絶しているという可能性はあまりに考えにくい。
そこまで思い当たり、さっきの旅館でお兄さんから聞いた話を照らし合わせた最悪の可能性が有力視される。
残る最後の可能性…………拉致。
「どうする?手分けそうか?」
心二が守郎に提案する。とりあえずはこの場で隠れている、もしくは気絶しているという可能性を完全に消すためだ。
「あぁ、何か見つけたら大声で叫べ!!」
四人がそれぞれ散り散りになって墓場を駆ける。
静寂が皆の心を重くし、次第に不安が大きくなる。
不安を拭うかのように無心に足元に視線を巡らす心二。
「………!?」
何も落ちていない地面を見続けていたせいか、視野に何かを捕らえると無駄に反応してしまう。
スマホの明かりでそれを照らすとあまりに普通な落とし物を確認した。
「…………ハンカチ?」
無地の布、と表現した方が適切なそれを手に取り目を近付ける。
「………うぇ……何だこの匂い」
近付けた布からの異臭に気付き思わず手放す。
落とした布を再び拾おうと地に手を伸ばす。
すると、新たな発見に遭遇する。
「………何これ、こんにゃく?」
謎のビニール袋を発見し、中に大量のこんにゃくが入れられてることに気付く。
謎の気味悪さに鳥肌し、視線を逸らす。
「………………とりあえず、呼ぼうか。」
主観からでは見えてこない物もあるかもしれない。
心二は皆を召集した。
「………謎の布に、こんにゃく……かぁ。」
すぐに集まった守郎たちは心二の発見した物をジト目で見つめる。
「ん〜、この変な匂いのする布はあやしいよなぁ。ほら、よくミステリーでもあるやん!クロロホルムとかゆうやつ布に染み込ませて気ぃ失わせるシーン」
「やっぱそうだよね。」
奏也と心二の思考が一致した。いや、恐らくは異臭を放つ布を見たら、そんな連想はとっくにしているだろう。
それより問題は足元のこんにゃくだ。明らかに怪しい布のそばに落ちていたこんにゃくを無関係と判断するのはどうにもできない。
「………心二、優璃たちはなんでこんな時間にこんな場所へオレ達を集めたと思う?」
守郎が視線をこんにゃくに向けたまま問う。
「そりゃ、肝試し的なことしようとしたんじゃね?」
考えられるのはそれしかない。
守郎は心二の考えを聞いてから納得したように頷く。
「なら、なんで女子たちはオレ達を待たずに墓場へ行ってしまったと思う?」
今度は全員に問いかける。
「そりゃ、オレら風呂入ってたからな。置き手紙残して先行ったんだろ」
陽志の推測に心二も奏也も同意見だと言わんばかりに守郎を見る。すると守郎の顔は首を傾げてみせる。
「……………その行動に疑問持ってんのはオレだけか?なんで優璃たちはオレらを待たなかったんだ?」
「…………え?」
心二も奏也も守郎と同じように首を傾げる。
そんなの、待つのが面倒くさいからの一択だ。部屋で待ってる義理なんてないだろう。
「……………確かに、そうだ…………!」
すると何かに気付いた陽志は口元を右手で覆う。
なにそれ、女の子みたい。
「肝試しのゴール地点に取りに行くものを置きに行ってたとしても、オレらを墓場に呼ぶ理由がわからん。こんな暗くて広いところに集めるより、部屋で待ってるように指示した方が楽だろ?」
陽志の説明に首を傾げる心二。
奏也もそんな感じに唇に人差し指を擦りながら考えていた。
なにそれ、かわいい。
「ま、まぁ確かに墓場に呼んだら呼んだでこんな広かったら合流でけへん可能性もあるしなぁ。」
「あぁ、そういうことか。うん、部屋で待たせた方が楽だよね。」
それには心二も納得した。
守郎は人差し指を立てて宣言する。
「ここでチェス盤をひっくり返してみるが……。」
「あ〜!いいなぁそのセリフ!カッケェ!!」
ただし、その発言はうみねこがなく頃にしろ。舞台が六軒島ってのも忘れちゃいけない。
「なんで、優璃たちは墓場に呼んだと思う?時間が惜しいからオレの考えを言っちまうと……」
こんにゃくの入ったビニール袋を持ち注目させるように差し出す。
「あいつら、オレらを驚かそうとしたんじゃねぇか?」
そう言われると、目の前のこんにゃくが心二たちを驚かせる用の道具に見えてくる。
「………なるほど。あいつらお茶目なことを…ならここであいつらがオレらを驚かすために待ってたのか?」
こんにゃくが落ちてるんだから、そう考えるのが妥当なはずだ。
心二は不意にスマホの時計を見る。
(……ん?)
「………てゆーか!電話したらいいじゃん!」
心二が今更そんなことを提案した。
「もうとっくにしてんだよ」
「もうしたで」
「もうとっくにしてるだろ?」
守郎、奏也、陽志の言葉が合わせられ、当たり前の様に言い放たれた。
「え?まじか、どうだった?」
「してねぇのかよ……呼び出し音は聞こえるが、出てくれはしなかった。」
守郎の着信結果は他二人も同じだったみたいだ。
「………とにかく不良の件が気になるよ!溜まり場探して殴り込みをかけよう!!」
心二は拳を握る。
こんなところで議論を交わしてる暇はないのだ。
収穫はあった。優璃たちに危険が迫ってる可能性は格段に上がった。
「お前ら、次元石は持ってるか?」
そういって守郎は首にかけられたネックレスに引っかけられた指輪を持つ。
全員、各々の指輪を差し出してみせる。
バーチャルシステムを展開させるために必要な指輪だ。危機が迫ってもこれを使えば武装できるのだ。そう考えると、優璃達には上位成績優秀者の深海と李女がいる。
やはり落ちていた布に得たいの知れない薬品を嗅がされ、バーチャルシステムを展開出来ずに気絶させられたのか。
。
「んじゃ、捜そう!」
四人は一斉に森を駆けた。
溜まり場…。
恐らくは大きい倉庫みたいな場所があるのだろう。
心二はここに来て不安が大きくなる。
さっきの話し合いは皆に危機感を感じさせるに充分だった。
「誰だか知らねぇが……」
心二の表情はさっきまでとはまるで違った。
(優璃たちを傷つけてみやがれ……絶対許さない。)
明らかな殺意が、心二の瞳から伺えた。




