#18 悪運の分岐点
朝食を摂るべく食堂へ向かう人や食堂から出ていく人などが通り通りしているからか、何か慌ただしい雰囲気を感じながらロビーに設置されているソファーに天条心二は腰掛けていた。
その手には昨日売店で買ったあった食べかけのカロリーメイトが握られていた。
ところでカロリーメイトを口に含んだときのあのパサパサ感は飲み物がないとキツいものがあるものである。
「…………喉渇いた。」
故に、心二は飲み物を欲していた。
ロビーの時計に目をやると、時刻は午前9時を指していた。
まだ部屋には同室の垣峰守郎に太刀川奏也、狭山陽志が深い眠りについている。
守郎を起こそうと肩を揺すったら思いっきり蹴っ飛ばされて、女子部屋を訪れても反応は無く、一人で朝食を摂り、客室に戻ろうとドアノブを回そうとしたら客室がオートロックなのに気付き、鍵は愚か財布さえも持って出てこなかった心二は容赦なく閉め出されてしまった。
言うまでもなく、心二のライフポイントはゼロだ。
「人の優しさに触れたい。」
切実に心二はそう呟いた。
(誰か、誰かオレに飲み物を差し出してくれ……)
そんな心境の心二の目の前に天使が現れた。
「天条か?どうしたんだ一人で」
水のペットボトルを片手に気付けば前には菜川李女が立っていた。
「な……菜川っ」
咽び泣きそうな声音で天使の名を呼ぶ。
「ど………どうしたんだ!?」
急に泣き面になる心二に驚きしゃがんで心二の目線に合わせて顔を覗き込む。心二の背中には李女の手が擦られていて、子供をあやす様に撫でてくれる。
同年代の女子に撫でられるのはどうかと思うが。
落ち着いた心二は喉が渇いたことをさりげなく呟く。
「部屋には取りに行けないのか?」
「出てくるときに鍵持ってくるの忘れちゃって…」
「財布は?」
黙って心二は首を横に振る。
不憫な李女の視線が痛い。
すると李女は手に持っていた水の入ったペットボトルを差し出す。
「……飲みかけだが、気にしないなら飲むといい。」
顔を見られないように心二とは別の方を向きながらあくまでクールに呟く。
短髪の間から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
「菜川………。」
鼻を啜りながら差し出されたペットボトルを手に取る。
大切そうに両手でぐびぐびと飲む。
水分を摂れた心二の表情は実に晴れやかだった。
それを横目に李女は口を開く。
「………あの、天条。本当はもっと前から言わねばと思っていたんだが…。」
「ん?」
唐突に李女がいつも以上にクールな口調で話し出す。
「あ、心二〜!お前鍵持っていってなかったろ!!」
李女の言葉は最後まで発せられる事はなく、起きてきた守郎に遮られる。
「あ〜今起きたのか…って守郎てめぇいくら寝起き悪いからっていきなり蹴るやつがあるかぁぁぁ!」
ロビーでケンカが勃発されようという状況にいつものメンバーが集い始める。
「みんなおはよー!!」
優璃の元気な声がロビーに響く。
「おはよーさん!」
奏也もまた元気な声で挨拶をしてくれる。
欠伸をしながら陽志が奏也の後ろで歩いており、寝起きなのにいつもと変わらない雰囲気を醸し出す弥富深海、後からやって来た古旗由美は優璃の背後を取り胸を揉みしだいている。
賑やかな声がロビーを彩る。
今日も今日とて、旅行二日目が始まる。
朝から上機嫌な心二と守郎は肩を組みながら最寄り駅の奈良駅までの道のりを歩いていた。
上機嫌なのは奏也や優璃、由美までもが同じで顔には出さないがくーちゃんこと深海もどこかウキウキに満ちた表情で闊歩していた。肩身の狭い思いで李女は皆の後を付いてきていた。
隣を歩いていた陽志に李女は尋ねる。
「……狭山よ。これから行くところはどういうところなのだ?あにめいと、だったか?」
今から数十分前。
守郎はこれから訪れるであろう暇地獄を回避するために旅館の回りの地図を検索し、暇を潰せそうな場所を探していたところ…
「………………ん?」
様々なお店が建ち並ぶ中、守郎は見つけた。
「………おい心二、奏也。この近くにアニメイトって店があるんだが…。」
「「あにめいとぉ?」」
この辺は近くにある奈良公園へ小学生の時に遠足に行ったっきりで詳しくないのは皆も同じだったため、奈良県にまさかまさか、あの都会にしかないとされていたアニメグッズの祭典、アニメイトがこんな田舎の奈良県にあろうとは。
「お、おい守郎……あにめいとってまさか、あのアニメイトなのか!?」
心二が大袈裟なくらいに狼狽える。
「……あぁ。あのアニメイトだ…!」
守郎の力強い肯定を聞いてから、一斉に歓声が上がった。
あれから心二たちはずっとあの調子だ。
理解に苦しむ顔を浮かべながら陽志の返答を待つ。
「………うーん、オレも行ったことはないからあんま分からないんだが…簡単に言うと、アニメグッズがいっぱい置いてあるお店だ。」
アニメにあまり興味がない李女にとってはとても肩身の狭い場所となるだろう。
「ごめんねー李女ちゃん!あたしたちが勝手に行き先決めちゃって…」
前を歩いていた優璃が振り返りながら手を合わせてらしくもない少し暗い顔を作っていた。
「とんでもないぞ優璃ちゃん!どうせ行き先に当てはなかったんだ。なら、みんなが楽しめる場所なら私はどこでも良いぞ」
一切の曇りもない笑顔に優璃の癒しセンサーが刺激される。
合わせていた手が次第にわきわきと手を動かしていることを陽志は見逃さなかった。
「おい今西。頼むから外で過激なスキンシップはやめろよ……」
「あ……は、はい」
昨日の集合場所での一件を陽志は忘れてはいなかった。
陽志の瞳が鋭く光る。
奈良駅に着けば、守郎はスマホで地図を検索し、少し迷いはしたが、無事アニメイトの看板を見つけた。
「………お、おぉ。ここが…animate!」
目の前には細い階段がひっそりと存在しており、この階段を上がって三階に、少年少女が夢見ている聖地、アニメイトが姿を見せるのだ。
「うしっ、行くぞ!」
心二が先陣を切って階段を上る。
二階を上がって三階に上がる壁の横には、今期放送しているアニメの宣伝ポスターを視界に捉える。
そして、店内の様子が見えてきた。
「……おーー!」
思わず全員から感嘆の息が漏れた。
「すげーー!!」
広いとは言えない店内を散開する心二たち。
「見ろよ守郎これ!シノのクリアファイルがあるぞ!」
「おーー!!アリアのもスズのもあるだと!?」
優璃と由美、奏也は奥の端に置いてあった日本刀のレプリカに目を輝かせていた。
深海は一人、バカテスのグッズ棚の前で商品を手に取っていた。
李女はと言うと店内を適当に歩いている。
心二たちの他にも客は男女問わず様々な客層が来店していた。
「………………。」
やはりどこか居心地が悪いと李女はぎこちない様子で皆を探す。
「おー、菜川!」
名前を呼ばれ振り返ると、買い物袋を手にみんなが手招きしていた。
「悪いな。もう買い物済ませたから、昼でもいこうぜ!」
「え、もういいのか?まだ来て10分も経ってないぞ?」
「菜川が退屈だろ?オレらはもう用事は済ませた!そんで腹も減った」
心二は言いながら出口へ向かう。
「行こう!李女ちゃん!!」
優璃が満面の笑顔で背中を押す。
「………あ、あぁ!」
近くのファストフード店に寄り、お昼を済ませ、午後からは奈良公園を散歩することに。
「鹿ーーー!まてーーー!!」
「おいおい、やめてやれ」
はしゃぐ優璃を止めにはいる守郎。
その光景とは対照的に、深海と李女は近くの鹿と大人しく戯れていた。
「鹿せんべい買ったけど、食わせるか?」
二人に鹿せんべいを渡す心二。
「あ、ありがとう」
(やっべ、これはポイント高ぇわ……)
少しどや顔をする心二に純粋無垢な二人は気付かない。
すると深海、向こうで気に入った鹿を見つけたのかその場から離れ鹿せんべいを与えに行ってしまう。
「「……………。」」
広々とした公園での沈黙が、意外にも気まずい。
何か喋らねば、という使命感に駈られる。
「………あ〜菜川はさ!この奈良どう思う?」
「…………どう思う、かぁ。」
鹿にせんべいを与えながら李女は考える。
その光景につられてか、他の鹿も集まってくる。
せんべいに食らいつく数匹の鹿が横から入り込んできて、李女はその場から離れる。
地に落ちたせんべいの破片をわらわらと取り合っている。
ちょうどせんべいが食べ尽くされた頃に李女は口を開いた。
「……………私は好きだ。この街も、天条達もな。」
「お、そ…そか」
意外にもはっきりと向けられた好意。だが、勘違いしてはいけない。このメンバーが作り出す雰囲気を李女は好いている。その雰囲気は一人一人がそこに彩りを加えることによって完成したスパイスだ。その中の誰か一人が欠けようものなら、このスパイスは完成しない。
「………だから、私はまだまだ一緒に居たかった。お前たちと一緒に。」
「………?何言ってんだよ、これからもまだまだ遊ぼうぜ!」
「………あぁ。」
李女は鹿を追いかけている優璃の元へと向かった。
心二は確かな違和感を感じた。
先程の李女は明らかに何かを諦めていた様な表情を浮かべていた。
心二たちはまだまだ高校生だ。
これからいくらでも遊べるのだし、思い出だってたくさん作れるだろう。
一体、何を……諦める必要があるのか。
あの言い方では…まるで…。
気がつけば日が沈もうとしていた。
ここまで過ぎるのが早い一日に少し寂しさを覚えながら帰りの電車に乗る。
疲れ果てた女子陣は規則正しい寝息を立てて、無防備にも男の心二や守郎の前で眠りこけている。
「……優璃、可愛いな」
会話が途絶えていた守郎に話を振る。
「ん?………あぁ、黙ってればな。」
守郎はそう答えた。
確かに性格は、出会って当初から揺るぎない。頭の中は思春期だし、人目を憚らない行動言動は普通にとる。
だけど、その分、彼は彼女の優しさを知っている。
「大体、寝顔は総じて皆、愛らしいモンだろ。」
再確認するまでもなく、向かい側に座る優璃と由美、隣の座席で眠る深海と李女の寝顔は、無防備という追加効果が加算され人間から天使の種族転生が成されていた。
………ついでに深海たちの向かい座席にも奏也、もとい奏ちゃんも天使さながらの風貌を無防備に晒し眠っていた。
その隣で座っている陽志は本当に羨ましい。
(くそ、なんで隣で天使が眠っているのに寝顔を覗こうともせずに漫画なんか読んでんだよ!代われよ!!)
心二の今日一番の妬みがましい視線を陽志に送る。
その視線に気づくことなく電車は一日目の集合場所の小泉駅へと到着した。
……心二が遅すぎる異変に気付く。
「………………あれ?なんでオレたち帰ってきちゃってるの?」
心二の言葉に数刻遅れて、守郎も気付く。
「…………あ、ああああああぁぁぁ!!!」
守郎は陽志に視線を向ける。
「……………いやぁ、慣れって怖いな。」
陽志は声を震わせながら読んでいた漫画を閉じた。陽志も同様にすっかり何もかも忘れて家へと帰ろうとしていたらしい。
思った以上に、彼らは疲労しきっていた。
やっとの思いで旅館へ戻ってきた心二たち。
時刻は六時半を少し過ぎた辺り。夏故に、外はまだまだ明るい。
ふらふらとした足取りで女子陣は旅館の玄関で倒れ混む。
「ほらほら、部屋に戻ってから休めよ」
心二がそう促す。
目元を擦りながら、ゾンビの如く猫背で客室へ向かう。
「あ〜、とりあえず風呂行こうかね」
守郎は自身の肩を揉みながら浴場へ向かう。
「…………オレも先風呂行くかな」
午後七時。
心二達男子陣は女子陣と完全に別れ、それぞれの時間を過ごす。




