#11 紐解かれる七不思議
静寂が支配する夜の校舎。
その保健室前では、今まさに激闘を予感させる状況下にあった。
「うぅぅぅ…。」
二匹の神獣が標的とする眼球を失った女性はその霊体に青い光を仄かに宿しながら恐らくは水神雌狐と呼ばれる能力を持つ菜川李女の攻撃によってぐっしょりと濡れた自身の衣服を鬱陶しそうに叩いていた。
天条紅空と李女はアイコンタクトをとるように互いの目を見合った。
二人頷いてからまずは李女が特攻に出る。
恐らくは先程のアイコンタクトで『畳み掛けるなら 今!』というようなやり取りが行われていたのだろう。
李女の数歩後ろでは紅空も何やら準備しているようだ。
李女は十の尾を不規則に蠢かしその尾先には水玉が形成される。
その攻撃態勢をとる二人に気づいたのか、目のない女は李女を狩るため右手に握られている眼球を指し潰すためのもの思われる鋏を構えながら迎え撃つ。
接近される前に李女の十尾から強力な水圧を伴った水圧砲射が放たれる。
それを容易く回避してみせる女。
その驚くべき回避能力が先ほどまで一人善戦していた李女を苦しめていた要因だろう。
…………………………だが。
紅空はその弱点を理解したのか、すべての水圧砲射をやり過ごし無防備になった李女に襲いかかる女。
「しんくん!」
紅空の呼び声よりも先に心二は己の剣を召喚し女に斬りかかる。
キィィン、と鋏と剣が接触する。
硬直状態になると思われた競り合いは一瞬で壊される。少し離れたところから銃で援護射撃を試みる今西優璃。
するとその弾丸は女の左肩を貫通した。
その瞬間、その場にいるみんなが驚愕の表情を浮かべた。
その貫いた左肩からはいつもの戦科試合のように出血を表す赤色のポリゴン片が散乱する。
「は?」
垣峰守郎は声に出して困惑する。
そもそも心二たちは目の前のこの女を幽霊、もしくは霊的ななにかだと捉えていた。それが事実ならバーチャルシステムに認知されることなく、イレギュラーな存在と認識され、あらゆるバーチャルシステムの加護を受けることはできない。
だから幽霊の体からバーチャルシステムの出血ポリゴンが出現しているのは矛盾しているのだ。
「…………幽霊からポリゴン?ってことは、え?まさか生身の人間?」
ポリゴンが出ている以上、それは確実にバーチャルシステムに認知されている存在。すなわち生きている生物だ。
「……………!…いや!そうじゃない!」
だが守郎は見逃さなかった。
もう一つの矛盾。
そもそも出血ポリゴンは戦科試合専用の仕様であり、つまりは現実世界から仮想世界にリンクしているのが前提の現象だ。
そしてバーチャルセキュリティがはたらいている範囲内の現実世界で生身の物体にセキュリティバリアを上乗せすることで仮想世界での武器召喚、コード展開を可能にしている。出血に相当するダメージを追ってもバーチャルバリアがその攻撃を無力化するのでポリゴンが出るのはまずあり得ない。
………………そう。生身の人間なら、あり得ない。
「ポリゴンがこの空間で出現するのはおかしい!少なくとも生身の人間なんかじゃねぇ!」
「そ、それじゃぁ…この女の人は一体………」
優璃が何が何だか分からず答えを求める。
その視線に、守郎が答える。
「こいつは多分、バーチャルセキュリティ側の元からの仕様。つまり、学校のセキュリティ用守護モンスター……だと考えるしかねぇだろう。」
つまりは…そういうことなのだ。
「なるほど、通りでこんなに強いわけだ。」
普通の幽霊ならまず最初の李女の攻撃で地に伏せているはずなのだ。
10発もの水圧砲射をすべて避けるなんて芸当、コード展開している紅空だって能力を使わなければ不可能に近い。
守郎の推測に合点がいった紅空は攻撃を開始する。
紅空の周りには緑色の球体が浮かぶ。その球体を心二たちは昇降口や保健室の電子キー突破の時にも見ている。
ただその時の球体と比べて、今の紅空を取り囲む球体は圧倒的に数が多いのだ。先程の10倍程の量の球体が電子キー解除の時のように弾け散る。
その粉々になった粒子が一斉に守護用モンスターの女に襲いかかり、一瞬。
粒子に囲まれた女は血飛沫のごとくポリゴン散らした。
そして心二たちは理解する。
あの粒子ひとつひとつが鋭い刃であること。
「ああぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!!!」
もはや女性から決して出ないような禍々(まがまが)しい呪叫が校内に響き渡る。
設定されてたHPをすべて奪い尽くされた女は黒のポリゴン状に四散した。
「…………ふぅー。」
勝利の余韻に浸る間もなく、へたへたと腰を下ろす紅空。
李女も同様、スイッチが切れたロボットの様に座り込む。
そんな李女か肩を心二が力強く握りしめた。
「え…?天条?」
「よかった………無事でっ……」
いきなりの心二の行動に戸惑う李女に掠ながらのし心二の声が聞こえた。
ひゅー、と力ない声で茶化す紅空。離れたところでは援護射撃で隙を作ってくれた優璃は寝転がってゴロゴロしていた。
パンツ見えるパンツ見える。
そして守郎は…………。
「え?」
さっきまでいたはずの場所に、彼の姿はなかった。
「………ったくよぉ!」
心二たちは守郎の行方を捜すため校内をひたすら駆けていた。
「姉ちゃん!守郎の行き先とかわかる?」
いつもの癖で紅空に訊いてみるが、突如行方を眩ませた者の居場所などわかるはずもない。
それでも紅空は応えた。
「………最悪、李女っちと同じ様に守護モンスターに連れ去られたのかも…」
「いや……それはないと、思う。」
「え?」
心二は紅空の言う最悪の可能性を即座に否定した。
それに驚く紅空。
心二自身も驚いていた。
何でだろう。何の確証もないのに。
「……………守郎は…」
心二は出かかっている言葉を懸命に紡ぐ。
「守郎は……強いから。」
抽象的で成績が強弱を支配するバーチャルシステム内ではあまりに説得力のない言葉ではあったが。
「…………ならしゅーくん自身の意志で行動しているとして…可能性があるとしたらあそこだよ」
紅空は一つの仮説を挙げる。
「え?何でそこになるの?」
その目的地に進路を変更し走り出す。
「まず、前提として七不思議の舞台となっている場所を挙げていくよ。四階の教室前の廊下に美術室、理科室、さっきの保健室に家庭科室、図書室体育館内の体育倉庫、屋上なんだけど…。」
紅空は順を追って説明するつもりなのか七不思議の話から始めだした。
しかし、紅空は黙りながら走り続ける。
「…………?」
紅空に続きを催促しようとする心二に言葉を被せたのはやはり紅空だった。
「………分からない?ここの環境と七不思議の舞台の矛盾。」
紅空の曖昧な問いかけにむず痒さを覚えながら考える。
「………?何を言って…」
それでも答えを導き出せない心二、そして優璃。
「…………なるほど。」
そんな中、何かに気付いたのか黙りしていた李女が言葉を発する。
「お?李女っちわかった?」
紅空の言葉に頷く李女。
未だ答えを導き出そうと四苦八苦している心二と優璃に李女は答えの核心とも言える単語を口にする。
「バーチャルシステムの機能範囲を考えてみてくれ…七不思議の舞台となっている場所に矛盾が生まれないか?」
―バーチャルシステムの機能範囲?確か、校内の…
―
「…………あ。」
間抜けな声と共にその矛盾に気付いた心二と優璃。
そして、その七不思議の舞台になっている場所の階段を前にして、立ち止まる。
「ここに…守郎が……」




