#1 革命前夜 前編
―20XX年。数年前より様々な科学技術が発達していった中、遂に学校から筆記用具でノートに板書を取る、といった文化がなくなった。
すべての学校から黒板、ホワイトボードは絶滅し、代わりに黒板サイズの薄型のテレビを埋め込んだ様なビッグサイズタブレットが出現した。
教科書を使っての授業は一切なくなり、全校生徒に支給されたタブレットでのデジタルな授業になってしまった。
機械音痴なオレには、どうも慣れない学校生活が何の前触れもなく今という現実を飲み込んでいったのだ。―
「……。」
タンスの奥で父の日記を見つけた……
いや、見つけてしまった彼はただただ古くなった“ノート”と呼ばれていたものを読んでいた。
「黒板って……あの昔の学校に取り付けてあった授業に使う板の事か?ホントにあったんだな~都市伝説なんかじゃなかったってわけだ。」
その父の日記は彼に読み進めるだけの興味を抱かせた。今年で高校生になる彼こと
天条心二の父親は学校がアナログからデジタルに移り変わる歴史を渡った時代人故にアナログ時代のことをあまり知らなかった心二は日記を読み進める手を止められずにはいられなかった。
たまに出現する中二病の口調がツボだった、というのもあってますますに心二の手は我が父親の学生時代の思い出を辿っていくのだった。
この世から黒板がなくなったその翌々年。心二の父親が言うに“デジタル化”は授業科目を増やすまでに至った。
その名は“戦科”。戦科が実施されてから全学生対象のアンケートにこんな項目があった。
『あなたが最も好きな科目は?』
デジタル化の移行以前は体育などが圧倒的票数を得ていたが今やその影はなかった。
“若者の運動不足”最近まで問題視されていたこれは実に嘆かわしいことだった。
部活の所属者は一クラスでも1/3程度。
そんな学生たちは先のアンケートには数学と答える者もいれば現国と答える者はいるが、体育と答える者は全体の半数も越えることはなかった。
話を戻して。つい数週間前に行われた全学生対象のアンケートはやはり例の好きな科目を答えよ、といった項目があったが……
結果はある科目が圧倒的票数を勝ち得ることとなった。
それが、若者の運動不足の改善策として取り入れられたデジタル化の結晶。戦科であった。
桜南高校校門前。父親の日記を読みその痛々しい中二病発言に笑ったあの少年は、高校生になった。
短い前髪を風になびかせながら天条心二は校門に寄りかかりスマートフォンを片手に時折昇降口からやって来るであろう待ち人二人を待っていた。
学校を終え、帰路に着くべく校門を出ていく生徒達の楽しげな会話、時々卑猥な会話を流し聞きつつスマートフォンの画面に目を落としていた。
「……。」
人を待っている時間ほど、退屈なものはないだろう。これで「ごめん」の一言もなかったらスカート捲ってやろう。
そんな出来もしないおしおきを思い付きながら昇降口に目を向けた。
その数秒後。
待ち人の一人である彼女が出てきた。
向こうも心二に気づいたらしく歩いていた彼女はこっちに向かって走り出した。
と思ったのも束の間、走るのをやめ再びのんびり歩き出した。もう疲れたのかよ、さすがデジタル時代の学生さまといった所か。
「やっほー待ったぁ?」
手を胸の前で振りながら
今西優璃は微笑んだ。
「遅いよバカ野郎。」
と言いつつ、心二はさっきの言葉通り優璃のスカートを捲るべく手を優璃の下腹部へ伸ばす。
スカートを掴んだ。あとはこの布に恥ずかしの舞を踊ってもらうことにしよう。
「ん?どしたの?」
さっきと変わらずの笑顔を見せながら自身のスカートを掴んでいる変態さんの心二を見つめる。
「え?ん……いや、あの」
(捲りづらい。)
「き、今日のスカートは布質が違うなとおもってね。布変えた?」
「守郎はもうちょっと遅れるって」
スルーである。
残るもう一人の待ち人垣峰守郎はまだ人を待たせるつもりなのか。
「もういいじゃぁん!帰ろうぜ優璃」
「そんなこと言っちゃダメでちゅよー守郎も待つんだよぉ」
駄々をこねてみる心二に優璃は子供と会話する様な口調でなだめてきた。
(……なめてんのか。)
まぁ今は話し相手がいる。さっきみたく退屈にはならないはずだ……と心二はとりあえず会話の話題作りを模索した末、ハッと思い付いたささやかな疑問を訊ねてみたりする。
「優璃ってさ髪の毛いじんないよな、なんで?」
急な質問だったのか、目を丸くする優璃。
「そ、そうだよね。」
驚いたかと思えばすぐにしゅんと落ち込んだように目線を地にむける。
「なんだ?何か悪かったか?」
「ん、んじゃさ……」
下を向いたままボソりと何かを呟いた。
「あたしって、どんな髪型が似合うと思う?」
頭を上げた優璃の顔はさっきと比べ少し赤みがかかっていた。
(なんだなんだ?照れてんのか。か、可愛いじゃないか。)
心二は顎に人差し指を当てながら優璃に似合うベストマッチヘアを考えてみる。
今の優璃の髪型はしっかりと手入れされている黒髪を流したストレート。そこからゴムを使ってポニーテールにしてみたりだとかツインテールにしてみたりだとか……選択肢は無限大にあると言える。
「うん!ゴムでくくってポニーテール!これがベストアンサーだ!!」
「え?ゴム?」
「「……。」」
回りは帰宅ムードの和やかな会話&ちょうど聞こえたおっぱいの話が校門の前を彩る。
だが何故か。心二と優璃には謎の沈黙が空気を重くしていた。
優璃の両手が不意に何かを思い付いたかのようにポン、と合わされた。
「あ、ゴムってヘアゴムのゴムか!いやぁ日本語難しいね~。」
「なーにと間違えたの!?まさかあれじゃないよね!?女の子がゴムと聞いて真っ先に連想するものがあっちのゴムだなんて・そんな現実オレは嫌だ!」
さっきまでの重い空気が気がつけば校門の周辺を支配していた。空気どころかなんか冷たい視線も感じ取れる。
「ちょっと心二。そんなに大きな声でゴムゴム言わないでよ」
非常に気まずい校門に戸惑いつつ、その空気を振り撒いた元凶の優璃が一丁前に諭してきた。
「……と、とりあえずここから離れ」
……うとしたとき、心二の肩に誰かが手を置いた感触。 スン、と鼻をつく柑橘系の香水の匂いは嗅ぎ慣れたものだ。
「ったくよ。少し遅れて来てみれば……なんでこの校門こんな重苦しい雰囲気なんだよ。」
「………守郎!」
ようやく現れた金髪不良少年の垣峰守郎……と優璃の手を引き校門から一目散に出て三人共通の帰路についた。
それはもう、全力疾走で。
5月初めの季節に全力疾走はなかなかにキツかった。運動なんて全然しない高校生のヘタレ具合をなめてはいけない。
しかし、それでも前よりは体力はついたんだと心二は自覚していた。
戦科がやっぱり関係しているんだろうか。
……戦科と言えば。
「そういえば、今日アンケート、好きな科目って何書いた?」
「あたし~保健だったかな。」
「体育。」
予想はしてたけど、この二人は実に二人らしい科目を選んだものだ。
いわゆる美少女よりのルックスを持つ女の子だけど偶然に偶然が重なって下ネタを大変好むようになってしまった残念な少女、今西優璃は興味津々の保健を選び。
中学時代は他校の不良さえも目を合わせるだけで震え上がらせる眼光を持ち、ケンカでは負けを知らない彼。しかし、外見とは裏腹に仲間思いの一面を持ち度々部活動の助っ人にも声をかけられる体育会系の垣峰守郎は当然体育を選んだ。
「それで?心二は何選んだの?」
対して天条心二、彼はいわゆるイケてるルックスを持ってる訳でもなく。ケンカが強い体育会系男子というわけでもない。
さらに挙げれば、自分の肉親とは思えないくらいのルックスを持つ姉がいたり、成績が悪かったり、精神病を患っていたりなどなど。
そんな良い所なしの彼が好きな科目アンケートに何を書いたかというと。
それは最新鋭のバーチャルシステムを適用した、人気ナンバーワンの授業科目“戦科”であった。
「てゆか守郎さ、その香水」
ピクリ、と守郎の耳が反応する。初めて香水付けたのに誰にも触れてもらえなかった人の反応である。
「な、何だよ」
凶悪な照れ隠しの笑みを浮かべながらこちらを向く守郎。うっわ、怖い怖い!!
「似合ってるよね、うん。センスいい!」
本当は「何で優しい系なお兄さんが付けそうな香水なんか付けてるんだよ似合わねー」って草生やしまくりの煽り文句が浮かんでいた心二だが、とても今の嬉しそうな守郎にそんな悪逆の言葉を浴びせることなんて出来なかった。
「そ、そうか?へへ……まぁな」
自然と歩幅が大きくなり、歩くスピードが如実に照れ度合いを物語っている。
有頂天の嬉しさに浸る守郎を横目に今まで黙っていた優璃も、心二と同じく生易しい目を向けていた。
「いいからさぁ、出すモン出しゃァいいんだよ」
ピタリ、と先を歩く守郎は足を止めた。
いつもは他愛のない話を咲かせる人気の少ない集合住宅地の下校通学路に場違いな雰囲気がその先から感じられた。
アイコンタクトで心二、守郎、優璃は目先の左右に別れている道を見据える。
行き止まりの筈の右側通路から聞こえてきたであろう声に不審を抱きつつそーっと壁から顔を覗かせる。
そこにはただ二人の学生が居ただけだった。
見た感じには“ただ”で済ませられる光景ではあるが。
先の会話を聞いてしまうとそういうわけにはいかないのが3人の総意だった。
さて、散々心二についてネガティブな文章を並べてしまったが、敢えて誇れるものを挙げるとするなら……
「ちょいちょい~そこのあんた」
それは正義感と言えるだろう。
「ンあ?なんだよ。お前ら」
心二達に鋭い視線を突き付けるのは同じ学校の生徒らしかった。さらに通学鞄の色が心二達一年生の青色と同じことから同級生なんだな、なんて当たり前の事を推測する。
隣で相手の威圧的視線を上回る、なんかもう凶戦士みたいな視線で守郎は問いかける。
「そこで、なにしてんだ?」
すると相手は薄ら笑いを浮かべながらただ一言。
「ん?落ちこぼれから金巻き上げてンだけど?何か文句あンの?」
ギリリ、と歯軋りが聞こえた気がした。
気がした、という曖昧な表現の擬音に反応したかの様に目の前のかつあげ現行犯は守郎に再び問う。
「あっれぇ?もしかして怒ってるゥ?
成績優秀者のオレが、無能なバカから金をもらって……損する人間がいンの?」
散々な物言いの彼に守郎は反論や論破出来るほどの言葉が出てこなかった。
デジタル化と同時にこの日本は以前より学歴を重要視する社会となった。学生間でも成績が悪い者は冷たい目を向けられる様な現実。それは正直……異常だった。
学生間でのいじめが教師に発覚した場合。加害者側の方が被害者より全員が上の成績を修めていたら
……いじめは正当化されてしまう。
そんな冷たくなった現実に、社会に、人間に……天条心二、今西優璃、垣峰守郎はうんざりしていた。
世間一般から見たら、目の前の彼の『エリート正義思想』は正しいのかもしれない。
どうしようもなくなった世界に、垣峰守郎は反論も出来なければ反論も論破も出来ない代わりに……静かに、そして敵意むき出しの瞳を相手に向けながら、 拳を握る。
ものすごい速さの右フックが相手の頬を弾いた。カモにされていた男子生徒の目には今まで視界に映らなかった光が指し、その目を見た心二は意を決した。
(そうだよ。オレは守郎みたいに。自分に正直に生きたい。)
『この差別化された学歴社会をひっくり返したい』
その決意が実るキッカケがすぐそこにあったことを心二はまだ知らなかった。




