表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

 兄の様子が、おかしい。

 昨日から、彩香あやかは完全に啓一郎けいいちろうに避けられていた。さり気なく、だが、完璧に。

 一昨日──あの不審な男と会った日──の夜に帰ってきたときはそんなことは全然無かったのだが。

 その避け方は、露骨ではないので、なお、始末が悪い。恐らく、周囲の人間は気付いていないだろう。

 ここ二週間ほど、何となく素っ気ないな、とは感じていた。だが、例の殺人事件を警戒しているだけなのだろうと、思おうとしていたのだ。

 昨夜の兄の態度は、酷かった。

 話はしてくれる。だが、隣に行こうとすると、さり気なく席を立つのだ。まるで彼女が傍に寄るのを嫌がっているように。

「全く。ああいう態度を取られて、私が黙っている訳がないじゃない。兄様も、普段は厭味なほど冷静で頭が良いのに、変なところで莫迦よね」

 小声でこぼしながら、痕跡を残さぬように細心の注意を払って、兄の書斎を隈なく探す。

 机と、壁一面の天井まで届く書棚。

 家具はそれだけなのだが、そこに詰まっている情報の量は並ではない。

 殆どが過去のデータなのだから、電子化されているだろうに、と彩香は思うのだが、啓一郎は昔ながらの書類形式を残したがるのだ。

 彩香は、ぐるりと部屋を見回す。

 推理小説などでは、こんな時、埃が付いていないところが怪しい、などということになったりするのだが、現実はそううまくはいかない。

 上條家のメイドはきっちりと仕事をこなす人らしい。どこもかしこも、塵一つ残さずきれいに掃除されていた。

「ここに無ければ、寝室かしら……」

 気乗りしない調子で、彩香は呟く。

 できたら、寝室には手を付けたくなかった。

 書斎を家捜ししているだけでも、充分、啓一郎のプライバシーを侵害しているのだ。こんな非常時でなければ、決してこのようなルール違反はしなかった。

 ちくちくと疼く良心の咎めは横に置いておいて、彩香はひたすら探し続ける。

 彩香の探し方が悪いのか、それとも啓一郎の隠し方が巧みなのか、思いつく限りの場所を当たってみたが、目当てのものは見つからない。

 実際のところ、兄の態度がおかしくなった原因というだけで、何を探せば良いのかは判っていないのだ。文字通りの暗中模索だった。

「ああ、もうっ! せめて何を探すのかが判っていれば、ずっと楽なのに」

 思わず出たその言葉。

 だが、そろそろ愚痴りたくなってくるのも当然のことだろう。

 午後の授業を早退し、モノを見れば解かる筈、という確信だけで探し続けて、2時間になる。が、一向にそれらしきものは見つからない。

 流石にうんざりしかけて、彩香は椅子の上に体を投げ出した。座ったまま、視線をうろつかせる。

 見るともなしに机に行き着くと、その上に置かれた写真立てが視界に入った。

 その中から真直ぐに笑いかけているのは、彼女自身だ。中学校に入学したときに撮られたもので、カメラを構えていたのは兄だった。彩香の写真を、啓一郎はあまり他人には撮らせたがらない。

「外国じゃあるまいし、妹の写真を机の上に飾っておくなんてね」

 それを手に取り、啓一郎の兄莫迦ぶりに半ば呆れ、思わず笑ってしまう──彩香は知らないが、実は彼の財布の中にも彼女の写真が忍ばせてあるのだ。

 気を取り直し、寝室へ移ろうとして扉のノブに手を掛けたところで、彩香はピタリと止まった。何かに囁かれたかのように振り返る。

 スナップ写真の中の、彼女の視線。

 それが、心に引っかかった。

「もしかして……」

 彼女に天啓が下ったのだ。

 ──あるいは、野生の勘ともいう。

 一度は捜索した書棚の前に駆け戻り、二冊あるアルバムのうち、仕事関係のものを取り出した。片手で持つには少々重いそれを机の上に置き、素早くページを繰る。写真の上を滑るように視線が走るが、見るべきところはきちんと見ていた。

 はっと息を呑み、手がピタリと止まる。

「これ、だ……」

 呟き、その中の一枚を食い入るように見つめた。

 写真の主役の誰もがカメラに視線を合わせている中、彼だけがまったく別の方向を見ている。

 隠し撮りであった。

 念の為、最後まで目を通してみたが、他にそういう写真は無い。

 ページを戻し、問題の写真をアルバムから剥がした。

「手紙を隠すなら手紙の中。写真を隠すには写真の中、ってね」

 一人ごち、まじまじとそれを見つめる。

 髪を短く刈った男の上半身。年は30歳ほどであろうか。

 カメラの左45度辺りを睨み据えている彼の目は、鋭い光を放っている。企業人の目付きの鋭さとは違う、もっと危険な色を含んでいるものだった。

 どう見ても、堅気とは言い難い。

 裏を返すと、隅の方に小さく「京極龍彦きょうごく たつひこ」とあった。

「名前と顔だけ、か」

 たったそれだけであったが、彼女にはそれで充分である。

 写真をきれいに貼り直し、早々に退散する。せっかく手掛かりを手に入れても、啓一郎にばれてしまっては元も子もない。

 その足で自室に向かい、愛用のパソコンの前に座った。

 万が一の時の為に、と教えられていたパスワードを使い、本社のメインコンピューターに繋いだ。

 様々な人物の情報が収められているファイルを呼び出して、取り敢えずは「東京在住」の「京極龍彦」で検索してみる。

 直に、画面に一人の男のデータが映し出された。幸運にも、該当する人物は一人きりだったらしい。正面向きに合成し直された男の顔も付いている。合成画像である為に無表情なものとなっていたが、確かに、写真の人物だった。

 住所、氏名、年齢に加えて、職業と行き付けの店がスクリーンにある。

 彩香は、画面を眺めて目を細めた。

「まあ、平凡なサラリーマンの面構え、とは言い難いけれどね」

 初めて写真を見た時の感想を、今度は声に出す。「職業」の欄を見て、なるほど、と頷いた。

「お仕事先に行くよりも、こちらのお店で待った方が良いでしょうね」

 小さな顎に人差し指を当て、小首を傾げる。

 一見思案深げな風情で、頭の中で練られているのは夜遊びの言い訳である。

 具合が悪いので部屋で休みます、というのはまずいだろう。メイドからそう伝えられれば、啓一郎が様子を見に来るのは必至だ。たちまち不在が明るみに出てしまう。

 やはりここは、友人の一人に口裏を合わせてもらうのが一番だろう。

 彩香の御友人方は、当然ながら、皆お嬢様揃いである。よって、子に対する親の信頼は、通常よりも厚い。だが、彼女達の殆どは、親の目を掻い潜って色々と息抜きをしている。そんな時役に立つのが、友人の証言だ。

 「今夜はお願いね」という一言で、後は暗黙の了解。「今夜はあなたと一緒にいることにしておいてね」ということになる。細かい説明など必要ないのだ。

 明日は平日なので、今夜出掛けようという者はそう多くないだろう。

 名簿をめくり、近所ではないが、さほど遠くに住んでいる訳でもない友人を探す。

 3人ほど、候補に挙がった。

 電話をしてみると、二人目で快諾が得られる。一泊までなら大丈夫だという話だった。遅くとも、12時までには帰れるだろうから、それで充分だ。

 時計を見ると、5時を少し回っていた。

 京極龍彦なる人物が現れるアルカロイドという店は、赤坂でもかなり上位に入る高級バーということになっている。下手な服装では入ることは叶わないだろうし、当然18歳未満はお断りの筈だ。多少の身なりを整えた上で、年齢もいくつか誤魔化す必要がある。

 幸い、彼女は年齢よりも大人びて見えるので、化粧で何とかなるだろう。

 啓一郎の仕事の関係で、パーティーなどに出席することも多く、道具は一通り揃っていた。化粧をするのは好きではなかったが、こんなふうに役に立つこともあるものだ。

 大人っぽいグレイのスーツを選び出しておいてから、彩香は鏡台に向かう。

「よし!」

 手早く済ませなければならない。

 出て行く時に、着飾った姿で啓一郎と鉢合わせ、などという事態だけはご免こうむりたい。


   *


 赤坂。

 間もなく日も落ちきろうとしているその街では、昼間とは違う、華やかな服装の男女が腕を組み、道を行き交っている。ささめきと共に。

 比較的いかがわしい店の少ないこの通りでは、呼び込みに引っ張られるようなことも無いので、彼らは互いの会話に没頭することができた。

 腕を絡ませ、互いの腰を抱き、各々の世界を創っている。

 そのうちの一組、恋人の耳に何やら囁きかけている男の傍を、珍しく連れを持たない者が通り過ぎた。

 おや、と目を上げた彼だったが、そのまま視線はその人物の後を追ってしまう。

 男の囁きが止まったのを不思議に思い、女が顔を上げた。

「どうしたの?」

「いや、今擦れ違った女、すごい美人だった……って、あ、いや、君の方がずっと美人だけどな!」

「……へえ……そう」

 つい、ポロリと口からこぼれてしまった男の台詞に、女の目尻が吊り上る。慌てて宥めた彼だが、その心の中では、擦れ違った女の事を思い返していた。

 隣の女も顔で選んだ筈だったが、今の女に比べると、格段に色褪せて見えた。

 まあ、世の中、程々が一番だよな。

 少々負け惜しみの観があることは否めないが、それは真理である。あまり分不相応なものを相手にしても良いことは無いだろう。

 プロのナンパ師というもの、己の分をわきまえるというのも大事なことなのだ。

 妙な納得を自分の中で完成させ、男は目下の相手を陥落することに専念する。

 さて、危うく一組のカップルに波風を立てそうになったその女だが、男どもが振り返るのを微塵も気に留めず、脇目も振らずに足を運んでいた。

 カッ、カッ、カッ、と足音も高く街を闊歩する。

 通りの一角、何やら目つきの鋭い兄さん達が入り口で目を光らせている店があった。

 そこで彼女はピタリと止まる。

 見落としそうな小さな看板で店名を確かめ、扉に手を掛けた。

 男達は微動だにしない。

 彼女がその手に軽く力を込めると、オープンともクローズとも出ていないその扉が開く。

 店に入ろうとして、彼女は思い出したように入り口に立つ男を見上げた。たっぷり十秒間は瞬きもせずに彼を見つめる。

「……?」

 あまりにまじまじと見つめられて、彼は思わず顔を撫で回してしまう。昼食のソースでも付いているのだろうか。

 男が戸惑いを見せ始めると、彼女はにっこりと、いとも鮮やかな笑みを投げかけ、そして、店内に消えた。

 残された男達は、顔を見合わせるという反応しか、思い付かなかった。


   *


 バー・アルカロイド。

 「バー」という名は冠していても、その店に肌を露わにした女性の姿は無い。

 そういった余分なサービスに煩わされずに静かに飲みたい者だけが、その店に訪れた。

 そして、その店で。

 次代竜神組組長である京極龍彦は、隣の席に誰かが座ったのを感じた。

 この店の常連ならばそんなことをしようと思う者はいない筈だし、配下の者は外で待たせてある──周囲にむさい野郎どもを侍らせていては、折角の酒も不味くなるというものだ。

 そっと、横目で窺った。

 二十歳そこそこの女。かなりの上玉だが、この店に来るには少々幼い感じもする。横顔では、正確な年齢を掴むのは難しい。

 不意に、女がこちらを向いた。盗み見ていた視線が彼女のものと絡まる。

 肩までの癖の無い髪は、烏の濡れ羽色。深く透き通ったその瞳は、店の照明を受け、黒曜石のように輝いている。

 少し色気は足りないが、気の強そうないい女だ。

 自分が女の品定めをしたように、女も自分を品定めしようとしているような気がして、龍彦は目を逸らし損ねた。彼女の方も龍彦から視線を外すのを待っているのか、その眼差しは全く揺らがない。

 マスターがグラスを磨きながら、ちらちらと二人を見る。外へ誰かを呼びに行くべきかどうか迷っているようだった。しかし、彼がその決断を下す前に龍彦が痺れを切らせる。

 だが。

「二人きりになれませんか?」

 女の身元を質そうとした龍彦の機先を制するタイミングで、彼女は実に鮮やかに微笑んでそう言った。開きかけた龍彦の口の奥で、言葉が行き場を失う。

「ちょっと、お話があるんです」

 優雅な身のこなしで、女が立ち上がった。細身ではあるがメリハリのあるその体を包んでいるスーツは、体の線を強調するようなデザインだが決して下品ではない。

 にやりと笑い、龍彦も席を立った。女の腕を取って、店の奥にある個室へと促す。

 通常は内密の商談や人目をはばかる用件の為に使われる完全防音の部屋だが、彼の場合別の目的で使われることも多かった。

 マスターが気遣わしげにしているのへ軽く手を振り、龍彦は女の肩を抱いたまま、個室へと姿を消す。

 中へ入ると、龍彦は扉に鍵を掛けた。

 部屋を物珍しそうに見回していた女がガチャリという音に振り向こうといたのと、龍彦が何も言わずに彼女をソファへと押し倒したのとは、ほぼ同時のことだった。

 突然の展開に、女は面食らったように目を丸くする。

「私、お話しがあるって申し上げませんでしたか?」

 女は心外そうにそう言ったが、龍彦の方は、彼女は本当にお話だけのつもりで声を掛けてきたとは毛頭思っていない。

「今更待ったは無しだぜ?お嬢さん」

 フッフッフッと悪役笑いをし、彼は先を続けようとする。

 が。

「わたし、まだ14さいですけど」

 耳に飛び込んできた、涼やかな声。

 それが脳に到達し、その意味を理解すると同時に、龍彦の動きがピタリと止まった。

「……なに?」

「中学三年生なの」

 惰性で発してしまった確認に、彼女は律儀に答えてくれる。

「……ゲロ」

 まじまじと女を見つめ、肺の中の空気を全て搾り出すような盛大な溜め息を一つ吐き、彼はゆっくりと身を起こした。

 マジかよ、と呟きながら煙草を取り出し、くわえる。

 二、三回吹かしてから、ようやく口を開いた……開く気になれた。

「それで、二人きりでの御用ってのは?」

 彼のストライクゾーンは広い方だが、18歳未満はその外にいる。14歳など論外だ。子供に手を出すほど、相手に不自由はしていない。

 ソファの背もたれに両腕を乗せ、自棄のように煙を噴き上げている龍彦をひたと見据えながら、彼女は問いを発した。

「上條啓一郎を狙っている人物について、教えて頂きたいの」

 前置きなどない、単刀直入。

 だが、彼女──彩香が尋ねたいのは、それだけなのだ。

 年齢よりも大人びているとはいえ、それは必要に迫られ、彼女が意識して身に付けてきた見せ掛けの鎧に過ぎず、こんな時に持って回った言い方ができるほど「本当の大人」ではなかった。

 切り込むような眼差しをした少女の問いに、龍彦は眉を片方持ち上げる。

 経済界に多少なりとも関与しているなら、上條啓一郎の名を知らぬ者はいない。そして、表と裏の両面から経済界を見ている龍彦も、その例外ではなかった。

「どこかで見た顔だと思ったら……」

 くわえた煙草を噛むようにして、呟く。確かに、上條啓一郎の妹ならば、今月末──あと一週間ほどで15歳の誕生日を迎える筈だ。となれば、龍彦は14歳のガキを見て「いい女」などと思っていたということになる。恐らくは、あのナイスバディも色々と詰め物をした模造品なのであろう、と、女性に対する自らの眼力に少なからぬ自信を持っていた龍彦は心中で苦虫を噛み潰した。

 龍彦は、再び煙と共に溜め息を吐き出す。この失態は、彼の中で一生汚点として残るだろう。

「……俺のことは、どうやって知った?」

 あんたみたいな子供に知られているほど、俺は有名じゃあないと思うのだがな、と、龍彦は苦笑混じりに言う。

「兄が、あなたのことを調べていました」

 フン、と鼻を鳴らす。

「まあ、俺も大人の世界じゃそれなりに名前が売れてるってことかな」

「それだけではない筈です」

「ていうと?」

「惚けないで!」

 本当は、子供のように叫んでしまいたい。それを必死に堪えた、押し殺した声。

「兄は、私を……私だけを、危険から遠ざけようとするわ。何も教えない、という方法で。私は、護られるだけなんて、嫌なのに」

 哀しげなその声は、辛うじて龍彦の耳に届く。ややもすれば、聞き逃してしまいそうだった。

「さしもの上條啓一郎も、感情が入り込むと判断が鈍るか」

「……?」

 龍彦の独白を、彩香は聞き損ねる。問い返そうとした彼女に、龍彦は肩を竦める。

「いや、お前がおとなしく掌中の珠をやっていられるようなお子様だったら良かったのになってな」

 まあ、彩香がそういう娘だったら、啓一郎も扱いを間違えるほど、想いを掛けられなかったのだろうが。

「で、俺が何かを知っているという勘だけでこんなトコにやって来た訳か? 俺がどういう人間か知っていて?」

「ええ、そうです。それしか無かったのだから」

 だから、何? と挑みかかるような彩香の口調だった。

 あまりの直球に、龍彦は驚きを通り越して、呆れる。

 啓一郎が龍彦のことを調べていたのは、恐らく、単に彼が裏の事情に通じているからという理由のみからであろう。彼と、例の男との繋がりは知らないに違いない。

 彩香は直感だけで、実は最も近い道を選んだのだ。

 龍彦は煙草をねじ消して頭の後ろで腕を組み、下目を使って彩香を見た。

 彼女の眼差しには、何かを知るまでは決して諦めない、という想いが込められている。引き結ばれた口元に、その強さが現れていた。

 彩香の子供らしいひたむきさに、龍彦は喉の奥で笑いを堪える。無謀なほどの一途さを見るのは、かれこれ五年振りになるか。

 そして、一生懸命なお子様を見ると、何かをしてやりたくなるのだ、彼は。その結果が見たくて。

 彼は胸ポケットから手帳を取り出すと、何事かをそこに書き込んだ。それを破り取り、彩香に差し出す。彼女はそれを見、そして龍彦を見た。

「久し振りに楽しませてもらったからな。話だけは付けてやろう。明日の夜、そこで待っていろ。奴が来るかどうかは、知らんが」

 彩香の顔が、輝く。

「ありがとう!」

 勢い良く頭を下げた。

 メモを受け取ると、いかにも時間が惜しい、と言わんばかりにクルリと身を翻して部屋を出ようとする。

 その背中へ、龍彦は、最後にこれだけは、と新しい煙草に火を点けながら訊ねた。

「なあ、俺が対象年齢無制限野郎、もしくはお子様の方が好みって奴だったら、どうするつもりだったんだ?」

 あながち、単なる好奇心だけではないように聞こえるのも、気のせいではないだろう。

 彼はその仕事柄、そういった変態野郎も少なからず見てきているし、その毒牙にかかり、身を持ち崩した少女達も数多く目にしてきた。

 大半は自業自得──自ら売春や買薬などを始めた少女達であったが、それでもあまり後味の良いことではなかった。

 一瞬きょとんとした後、彩香はそれに、何やら人の悪そうな笑みを浮かべて答える。

「だって、大丈夫だったでしょう? 私、人を見る目はちょっと自信があるんです……仮にあなたがそういう人なら、外の人達ももっと質が悪い筈だわ」

 それに、と、彼女は腰の辺りをごそごそと探り、何やら取り出した。その形だけでも、龍彦にはそれが何だか判る。

 彩香がスイッチを入れると、何かが弾けるような音と共に、先端に青白い火花が散った。

「スタンガン……」

 龍彦は若干蒼褪めながらも苦笑する。

 彩香は薔薇の花が開くような、という俗な形容がピッタリの笑顔を彼に投げかけた。

 バイバイと手を振り、するりと扉の向こうに姿を消す。

 一人部屋に残された龍彦は、昇っていく紫煙をぼんやりと目で追いながら、五年前に初めて彼のもとを訪れた少年のことを思い出していた。

 彩香と同じ一途さで、敵から護る為の力ではなく、敵を倒す為の力を求めた少年。

 龍彦は、彼に銃という力を与えた。

 少年と少女は非常に似通っており、同時にこの上なくかけ離れている。二人の出会いは、果たしてどんな結果をもたらすのであろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ