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7   マスター夫婦の心遣い (1)

 


 今日は木曜日。ここに来たのは月曜日だから、ペンションでのアルバイトを始めて、三日経ったことになる。

 さんざん緊張していた割には、普通に仕事をこなしていけてると思う。

 逆に、これでお給料もらってもいいの? ってくらいで、ちょっと拍子抜けしている。

 朝は早く起きて、朝食作りの手伝い。自分たちも食事を取って、片付け。

 お客さんが出かけている間、または、チェックアウトしたら、客室の掃除、寝具シーツの交換と洗濯、それにお風呂の掃除。

 その後、廊下やリビング、プレイルームといった共用スペースの掃除。

 その後は、夕食まで、自由時間だ。

 買い物と夕食作りは、マスターと浩美さんでしている。

 だから私は、それをお客様のいるダイニングまで運んだり、後片付けをしたりする。

 私は、大学に入ってからずっと一人暮らしをしてるから、家事はなんとなく一通りこなせるようになっていたし、わからないことがあっても、マスターも浩美さんも中野さんも、みんな親切に教えてくれた。

 ペンションの人たちへの私の人見知りも徐々になくなって(人見知りなんてしている場合じゃなくて)、すごく、居心地がよかった。


 マスターや浩美さんといろいろ話したりもした。

 どうやら、マスターと中野さんのお父さんは、随分年の離れた兄弟らしく、マスターは未だ三十七歳なんだそうだ。浩美さんは、その四つ年下の三十三歳。

 ちょっと結婚が遅かったらしく、今、浩美さんのお腹にいるのが、初めての赤ちゃんなんだって。

 確かに、初産にしては、ちょっと遅めかな。

 だから余計に、マスターは浩美さんの身体を気遣ってる。

 ふとした瞬間にね、感じるの。あぁ、この二人は、すごく愛し合ってるんだなぁって。

 例えば、食事の終わった食器を浩美さんの代わりにマスターが運んでいたり、浩美さんが階段を昇り降りするときにさり気なくエスコートしていたり。

 本当に、些細なことなんだけど。


 中野さんとも、さらに打ち解けた……と思う。

 まず、呼び方が『昴さん』になった。でもこれは、打ち解けたって言うよりも、マスターからの希望、かな。

 男の人の友達(?)っていうだけであんまり慣れてないのに、名前で呼ぶなんて、なんだか恥ずかしい。

 でも。

「俺も浩美も『中野』だからね。雪奈ちゃんが『中野さん』って言うたびに、反応しちゃうんだよね。誰のことか区別するためにも、あいつのこと『昴』って呼んでくれないかなぁ?」

 マスターにそう言われちゃうと、拒否できない。

 確かにその通りなんだもの。

 そして、それに呼応するみたいに、昴さんは私のことを呼ぶとき、いつの間にか『雪奈ちゃん』から『雪奈』に変わった。

 それは全然嫌じゃない。親しみこめてそう呼んでくれてるのがわかるから。

 でも、昴さんにそう呼ばれるたび、なんか、落ち着かない気持ちになる。

 こそばゆいような、歯がゆいような。胸の奥がざわざわする。

 それが、なんか気になっちゃう。

 同じ屋根の下に居て、しょっちゅう顔を合わせるんだから、いい加減に慣れなきゃって思ってるんだけど。


 昴さんは、朝のお仕事を一通り終えると、毎日のようにゲレンデへ繰り出している。

 今朝は未だ、お仕事してるはずだから、ペンション内のどこかにはいるはずだけど。

 そう言えば昨日は、ペンションに泊まりに来ていたOLの二人組さんと一緒に、仲良さげに帰って来ていた。ゲレンデでたまたま遇って、そのまま一緒に滑ってたんだって。

 すごく明るくて陽気なOLさんたちで、昴さんもとっても楽しんだみたいだった。

 本当は、昨日も一昨日も、ゲレンデに出る前に昴さんは私を誘ってくれていた。

 ペンションに、貸し出し用のウェアやボードがあるから、それを使わせてもらえばいいってコトも教えてくれた。

 でも、私は未だ仕事を覚え切る前から遊びに出ちゃうことになんとなく抵抗があって、断っていた。

 それに、雪山自体が初めてで、恐怖心もある。

 だけど。

 今日は、ちょっと出てみようかな、ゲレンデ。

 せっかくここまで来たんだもの。チャレンジしてみたい。

 昴さんと一緒にだときっと迷惑かけちゃうから、とりあえず一人で。


「『案ずるより生むが易し』って言いますけど、本当ですね。私、もっと皆さんの足を引っ張っちゃうんじゃないかって思ってました」

 客室に運ぶ新しいシーツを積み重ねながら、私は言った。

 洗濯機の前には、浩美さんがいる。

「そんなことないわよぉ。雪奈ちゃんが来てくれて、私、すっごく助かってるんだから。家事もできるし、気も利くし、よく働いてくれるし、本当にいい子が来てくれたわ。ねぇ、大介さん?」

 浩美さんが見上げた先には、マスターがいる。

 マスターは脚立の上で点かなくなってしまった電球を取り替える作業をしていた。

「ホントだよ。アルバイトってやっぱりアタリ・ハズレがあるからねぇ。電話が来たときは、もっとハキハキした子かなって想像してたけど、会ってみると全然違うね。なんか雪奈ちゃんってふんわりしてる。名前とイメージがピッタリだ」

 私は苦笑するしかない。

 電話したの、実は私じゃないんです……なんて、いまさら言い出せないし。

 それに、今はここに来て本当によかったって思ってるもの。

 典子ちゃんやみんなに感謝しなきゃ。

「本当にそうよね。とっても可愛い名前。なんか、このペンションにもピッタリだし。もしかして、冬生まれ?」

「え? えぇ……クリスマス・イブなんです、誕生日」

「えーっ! すごいじゃない。なんかロマンティックね」

 浩美さんは目をキラキラさせている。

 私は曖昧に相槌を打った。


 実際は、そんないいものでもないですよ?

 だいたい冬休み中だし、イブなんて言ったら友達たちは彼氏とデートだし。家で過ごすだけだもの。

 もちろん、お父さんもお母さんも、お祝いしてくれるけど。

 お父さんはおめでとうってプレゼントをくれて、お母さんはいつも手作りのケーキを作ってくれる。お母さんは「いい加減、彼氏の一人もいないの?」って要らないツッコミも一緒にくれたりして。

 そういえば、今年は、そんな風に祝ってくれる家族もいないんだった。

 ちょっと気分が萎える。


 

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