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6   初めての出会い (4)

 


 ペンションは、ログハウスみたいなの外観。

 玄関のドアの脇に『ペンション・ソフトライム』っていう同じく木でできた表札代わりの看板があった。

 中野さんが玄関を開け、中に入る。ペンションの中はとても温かかった。

 エントランスの天井がこんなに高いのに。

 きっと気密性が高いんだ。

「大介兄チャン、帰ったでー」

「あ、昴。お帰り。ちゃんと会えたか?」

 男の人の声だ。

 私の緊張が一気にぶり返した。

「おぉ。あ、雪奈ちゃん、あの髭生やしたオッサンが、このペンションのオーナー、大介兄チャンな」

「初めまして、渡辺さん。私がこのペンションのオーナーです。皆さんにはマスターって呼ばれてますけどね」

「こちらこそ、初めまして。渡辺雪奈です。しばらくの間、お世話になります」

 言いながら、礼をする。

 よかった。なんとか、つっかえずに言えた。

 マスターは、とても優しそうな人だ。

 ただ、こういった場所に住んでいるからか、手がごつごつと節くれだっていた。

 中野さんの言うとおり、顎髭をおしゃれに整えている。

 血が繋がってるってだけあって、目元がちょっとだけ、中野さんに似てなくもないかも。

 そう思いついたら、不思議と緊張が緩んだ。

 それにしても、叔父って言うには随分若い気がする。

「その分だと、もう私と昴の件は、聞いたみたいですね」

 と言いながら、マスターの目が急に鋭くなった。

 その視線の先には中野さんがいる。中野さんが僅かに後ずさった。

「昴? お前は誰のことを『オッサン』って言ったのかなー? ご希望とあれば、今夜、部屋から追い出してもいーんだぞ、俺は」

「うわ、それがかわええ甥っ子に言う言葉かいな。こんな時期に外なんかに追ん出されたら、それこそ死んでまうやん」

「お前なら大丈夫だろ。ゴキブリ並みの生命力だ。ちょっとやそっとじゃ死にそうにないからな」

 私はつい、笑ってしまった。

 仲がいいんだ、この二人。そうじゃなきゃ、こんな風に言い合えないもの。

「オ…オレ、荷物置いてくる」

 分が悪いと思ったのか、中野さんがトランク持ったまま退散した。

「まったく……」マスターがその後ろ姿を目で追った。「昴の生意気なのには、本当に困るよ、全く。兄貴はどんな育て方してるんだか」

 マスターはそこでふっとため息をつくと、私に笑顔を向けた。

「なんか見苦しいところを見せちゃったね」

「いえ、そんなことないです。緊張していたので、なんか、かえって、ホッとしました」

「本当かい? それならよかったのかな? あんな奴でも役に立つもんだな。

 さぁ、そんなところに立ってないで、どうぞ中に入って。あ、靴はそこで脱いでね」

 私は玄関で靴を脱いで揃えると、出されていたスリッパに足を滑り込ませた。そしてマスターに促されるまま、中へと入った。

 床には絨毯が引かれていて、とても暖かい。

 マスターがホールに入ってすぐ右にあったドアを開けた。

 その先には、ラウンジがあった。

 窓は小さめだけど南を向いていて、ソファにテーブル、テレビ、それに暖炉がある。

 居心地のいいお部屋。まるで、リビングのような空間だ。

 マスターの人柄が表れてるみたい。


「さて、改めて」マスターがこほんと咳払いした。「渡辺さん、ペンション・ソフトライムへようこそ。これからしばらくの間、宜しく頼みます」

「こちらこそ、よろしくお願いします。――あの、私、実は、こういう…住み込みのアルイトって初めてで……」

 みなさんの足をひっぱっちゃうかもしれないんです。

 語尾は口の中で消えてしまったけど、多分、マスターは私の言いたいことがわかったんだと思う。

 マスターが朗らかに笑った。

「大丈夫だよ、誰にでも初めてはあるさ」

 私の中にあった後ろめたさが、ゆっくりと溶けて行く。

「実は、俺もアルバイトを雇うのは初めてなんだ。今までは、俺と奥さんと昴でやっていけてたしね。客室もそんなに多いわけじゃないし。でも、今年はちょっと事情があってね」

 マスターが言葉を切った。

 私の後ろの何かに気を止めているんだと気づいて振り返る。

 この部屋に入ってきたドアの方だ。

 そこには、女性の姿があった。お腹が大きい。

 え、妊婦さん?!

「大介ってばー、渡辺さんが来たら私も呼んでって言ったのに」

 その女性が言った。

 マスターよりも少し若そう。口を尖らせて、ちょっと拗ねてるみたい。

 その仕草が、なんだか可愛らしい。

「ごめん、浩美。忘れてたよ。よくわかったね」

「さっきそこで、昴君に会ったの」

 もー、と言いながら、その女性がマスターの隣に座った。

 マスターが、その肩を抱く。

 うわぁ、なんかこっちが恥ずかしいよぉ。

「紹介するよ。俺の奥さん。浩美ひろみって言うんだ。浩美、こちらが今日からお手伝いしてくれる渡辺雪奈さん」

「はじめまして」

 浩美さんが手を差し出してくれた。私も手を出し、握手する。

「こちらこそ初めまして。雪奈ちゃん…って呼んでもいいかしら?」

「え? えぇ」

 浩美さんの笑顔も、マスターと同じで暖かい。

 マスターがずるい、とばかりに横から口を挟んできた。

「じゃあ、俺もそう呼ぼうっと。なんか、さっき昴もそう呼んでたんだよな。若いっていいよなー」

「ホント? あの子も隅に置けないのねぇ」

 ??? 何の話だろう?

 私は曖昧に笑顔を浮かべることで、その場を凌ぐことにした。

 もはや、名前で呼ばれることへの抵抗心も沸いて来ない。


「もう察してると思うけど」マスターが言う。「雪奈ちゃんに来てもらうことになったのはね、浩美のお腹に赤ちゃんができたからなんだ。もう安定期に入ってるし、ちょっとは動いた方がいいんだけど、この身体じゃ、無理はさせられないからね。あ、だからって、雪奈ちゃんに重労働をやらせるつもりはないから安心してくれていいよ。客室の掃除とか、料理を作るときの手伝いとか、洗濯とか、そういったものを手伝って欲しいんだ。力仕事は全部、昴に押し付けていいから」

 ちょうど、中野さんが部屋に入ってきた。

「ちょぉ待ち! 大介兄チャン、そりゃないでー。大介兄チャンも手伝ってぇな。未だ三十代なんやろ?」

 ええっ?! 若そうとは思ってたけど、マスターって、未だ三十代なの?

 確か、中野さん、『叔父さん』って言ってたよね?

「何せ俺は『オッサン』らしいからねぇ。腰痛めて動けなくなっても困るだろ?」

「未だ怒っとんのかいな……。ホンマに、もぉ堪忍してぇな」

 中野さんのその言い方が、いかにも哀れっぽくて、私はつい噴き出してしまった。


 よかった、いい人たちばっかり。

 がんばれそうだ、私。


 

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