5 初めての出会い (3)
「ごめんな? ホンマ、オレ、うるさいやろ。よぉツレに言われんねん。『五分でいいから黙れ』って。大介兄チャンにも、よぉ言われるさかいなぁ」
「そうなんですか?」
確かに、中野さんってよく話す。
関西弁の人って確かにそういうイメージあるけど、あれはテレビの中だけだと思ってた。
でも、私みたいな口下手な人には、話しかけてくれる安心感っていうのがすごく感じられるんだけどな。
「なぁ、雪奈ちゃん、同い年なんやし、その敬語やめへんか?」
「――えっと、がんばります……」
中野さんは小さくため息をついた。
「……。ま、ええわ。オレに人見知りせんようになったらでええし、普通に話してんか。それまでは我慢しといたるわ。
そうそう、今の内に何か聞いておきたいこととかってある?」
え? 急に話せって言われても……。困ったなぁ。
でも、ペンションがどんなところかとか、バイトの仕事内容とか、聞いてみたいなぁ。
あ、それに、さっき中野さん、ちょっと気になる言い方してたなぁ。
なんて聞こう?
ちょっと考えてから、思い切って、さっき気になったことを聞いてみることにした。
「あの、中野さんも、アルバイトさんなんですか? さっき、なんか、ちょっと違う言い方、してた気がして」
私の言葉に、中野さんはちょっと驚いたみたいだった。
「雪奈ちゃん、よぉ覚えとんのんなー。んー……確かに、ちょぉちゃうねんなー。
実はな、大介兄チャンって、オレの親父の弟やねん。そんでな、オレ、ボードがめっちゃ好きやさかい、何年か前に大介兄チャンに頼み込んでな、この時期になると毎年ペンションに住み込ませてもろとんねん。ペンションの仕事を手伝う代わりに、宿と食事を提供してもらうっちゅー約束なんや。そやし、オレはバイトじゃのーて『タダ働き』っちゅーやっちゃ」
中野さんがあっけらかんとして言う。
タダ働きだなんて、明るく言う言葉じゃないと思うんだけどなぁ。
その言い方が可笑しくって、私はクスクス笑ってしまった。
「ん? オレ、変なこと言うた?」
「いえ、中野さんって、ボードが、好きなんだなぁって思って」
「おぅ、楽しいでー、ボード。雪奈ちゃんもやらへん?」
「私? ……できるかなぁ?」
「大丈夫やって。ボードって、いろんな技があんねんけど、ホンマはそんなんどーでもええねん。自分の好きなように雪の上を滑ったらええ。極端な言い方したら、斜面転がっとってもええんやで。自分が楽しいって思えるように滑ればええねん」
「じゃあ、ちょっとだけ、やってみようかな」
チャレンジ。誓約の一つだもんね。
「そうそう、そうせなな。そーや、オレが教えたるわ」
「それは……悪いです。私、本当に初心者だから、中野さんの足引っ張っちゃうだけになりそうですし」
「ええねん、一人より二人の方が絶対に楽しいし。オレは毎年来とるんやし」
「じゃあ……バイトの空き時間にでも」
「おっしゃ。まかしとき! 受講料は安うしとくわ」
えぇっ? お金取るの?
私の思ったことが、表情にも出ていたらしい。中野さんが笑った。
「冗談やって。本気にせんといてんか」
「――中野さんって冗談ばっかりですね」
「そりゃ、関西人やもん。冗談言ってナンボっちゅー感じやしなぁ」
「えー。あ、そうだ、アルバイトのお仕事ってどんなことするんですか?」
中野さんは赤信号で止まると、私の方を向いてニヤリと笑った。
「――雪奈ちゃん、やっと普通に話しかけてくれるようになったな。ちょっとはオレに慣れてくれたん?」
あ……。
思わず、手で口を抑える。
私、いつの間にか、中野さんのペースに巻き込まれてた?
「すみません……」
「えぇっ、そこ謝るトコなん!?」中野さんが大袈裟に驚いた。「別に雪奈ちゃんはなんも悪いことしてへんよ? もともと、そうせいっちゅーたんはオレやし。後は『中野さん』が『昴』になったら合格やな」
中野さんの左手が、私の頭をポンポンと優しく叩いた。
ひゃぁぁっ!!
シートベルトの抵抗を僅かに感じた。慣性の法則だ。つまり、車が動き出たんだ。
でも、私は顔を上げられない。
今は、膝小僧を見つめるしか、できない。
だって、私、きっと、また、真っ赤だ。
男の人に頭を優しく叩かれたことなんて、今までに一度もないんだもの。
男の人って、みんな、こんなこと平気でするのかな?
ペンションは、駅から車で一時間近く走ったところにあった。
もっとも、雪道のせいで時間がかかっただけで、距離にしたらそこまで遠くないのかもしれないけど。
その間、中野さんといろいろ話したおかげで、随分打ち解けられたと思う。
いつの間にか、緊張が解けていた。
私にしては、すごく珍しい。
私が、こんなに早く、初対面の人と話せるようになるなんて。
さすがに未だ、『中野さん』としか呼べないけど。
「でな、今向かってるペンションなんやけどな。大介兄チャンと奥さんの浩美さんの二人で経営してんねん。めっちゃええトコやで。白樺とか生えとんねん。雪で地面が白いのに木まで白うて、気ぃつけなぶつかりそうになるくらいなんやけどな。でも、晴れた日にゲレンデの頂上から見る景色とか、めっちゃ綺麗やねん。運がよかったら、樹氷とかも見れんねんで」
車の中で、中野さんが目をキラキラさせてそう言っていたけど、その意味がなんとなくわかった。
窓の外の世界は、それまで私が知っていた世界とは全く異なるもので、まるで異世界に来たみたいだ。
『一面の銀世界』ってよく言うけど、ぼんやりとしたイメージだったものが、そのまま具現化されたような気分。
中野さんが車を止め、エンジンを切った。
ペンションに着いたんだ。
「雪奈ちゃんも、ここならきっと独りで歩けんでー。この辺は昼でも雪が溶けへんさかい、歩きやすいんや」
中野さんはシートベルトを外すと、先に車を降りた。
私もそれに習って車を降りる。
足の裏から、ふんわりとした感触が伝わってきた。
あ、雪だ。
いや、当たり前なんだけど。
でも、駅に合った雪とは、明らかに感触が違う。
すっごくフワフワする。
「雪奈ちゃん、行くでー」
中野さんの声に顔を上げる。
中野さんは、右手の指で車のキーをくるくる回し、左手には私のトランクをぶら下げていた。
あっ、荷物、また持ってもらっちゃってる。
「それ、私、持ちます」
「ええよ。こんな雪ん中、トランクなんて転がされへんで?」
足下を確認する。
確かに、道らしきものはあるけど、それは雪を踏み固めたような感じになっているだけで、とてもじゃないけど、何かを転がせそうにない。
トランクは、列車を降りるときに持ちあげるのがやっとだったくらいの重さ。私一人では運べそうになかった。
「すみません」
「オレが勝手に『持つ』ってゆーてるんやし、気にせんとき」
「ありがとうございます」
私はお礼を言った。