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58  もう一つの別れ (3)

 


 窓の外すぐそこには、ペンションの玄関口に用意されたツリーがある。

 ツリーの電飾はタイマーで制御されてるから、今みたいな夜遅い時間は光っていない。代わりに街灯があるから、夕方までに降り積もった雪があたり一面を覆い尽くしているのがはっきりと見えた。

 昴さんは、そのツリー脇に置かれた脚立のてっぺんに座っている。

「あ、よーやく気付いてくれた。ケータイがずっと話し中で、どーしよーかと思っとったとこや」

 ダウンジャケットを着てマフラーを巻いているにもかかわらず、鼻を赤くした昴さんが能天気に微笑む。

「ちょっ…何やってるんですか!」

「見たらわかるやろ? サンタさんごっこしてんねん」

 そう言う昴さんの頭には、確かに赤い三角帽子がある……。

 じゃなくて!

「そんなところに上って、落ちたらどうするんですか」

 二階にいる私から昴さんのいる位置は見下ろさなきゃいけないけど、それでもかなりの高さがあるはずだ。バランスを崩したら落ちちゃう。

「そう簡単に落ちひんよ」

「でも、脚立が倒れたりしたらどうするんですか!」

「大丈夫やって」

「大丈夫じゃありませんっ!」

「雪奈って、心配性なんやなぁ。ま、ええわ。それよりも、ちょぉ出て来てくれへん?」

 昴さんが手招きする。

 そうか。降りるなら脚立を支えなきゃ。怖いもんね。

 ただでさえ、松葉杖を使わないといけないような怪我をしてるのに。ホント、雪の中脚立に登るだなんてどうかしてる。

「今行きますから、動かないでくださいね!」

 私は窓を閉めるとマフラーとコートを着込み、手袋を身に着けて外へと走った。


 私がツリーの側に着くと、昴さんはさっきと同じく脚立のてっぺんに跨ぐようにして脚をぶらつかせながら座っていた。私の姿を認めてにっと笑う。

「ホンマに来てくれたんや」

 昴さんの言ってる意味がわからなくて、私は首をかしげた。

「いや、めっちゃ寒いさかい、出てきてくれへんかなって思った」

「何言ってるんですか! もう、脚立支えてますから、早く下りてください」

 私は脚立の傍らに立つと、両手で脚立の脚をしっかりと握る。昴さんが動く振動に耐えようと脚を踏ん張った。でも、昴さんが動き出す気配はない。

 不思議に思って上を見上げると、昴さんは苦笑していた。

「……あぁ、そないな意味やと思ったんか」

「え?」

「いや、こっちの話。気にせんといて。それにしても寒いなぁ。ほんまのサンタさんは大変やわ」

 昴さんがそう言ったとき、突然、ツリーの電飾がいっせいに灯った。


 ――え?


 雪で覆われた真っ白な世界にツリーの光が反射して、キラキラと輝く。ツリーに飾られている色とりどりの珠も、空気中を漂う小さな小さな水蒸気までも、シャラシャラと煌く。

 そのあまりの幻想的な美しさに私は息をするのも忘れて見入ってしまった。


「さっすがオレ。時間ぴったりや」

 昴さんの声が聞こえてきて、ようやく我に返る。

「今降りるさかい、ちょぉ待っててんか」

 昴さんはそう言うとツリーのてっぺんに手を伸ばした。ツリーがガサガサと揺れる。やがて何かを手に取ると、昴さんはそれをポケットに入れ器用に脚立を降りてきた。

 私は慌てて雪の中に埋もれていた松葉杖を拾い上げ、手渡す。

「おぉ、おおきに」

 昴さんは松葉杖をついて私と向かい合わせになるように立つと、ケータイの待ち受け画面を見せながら私に言う。

「雪奈、誕生日おめでとう」

「あ……」


 液晶ディスプレイに映された時間は、十二月二十四日、〇時一分。

 クリスマス・イブ。

 つまり。

 私、ハタチになったんだ……。


 目の前から消えたケータイの向こうに、昴さんの悪戯っぽい笑顔が見える。

「ちょうど誕生日になったときに言いたかってん」

 えっと……。

 なんだかよくわからないけど、夢見てるの、かも。

「なかなか粋やろ?」

 昴さんはぼーっとしている私の頭の上に手を乗せて、いつものようにぽんぽんと撫でた。

 その程良い重さと暖かさを触れられた部分に感じる。

 でも、まだこれが現実だっていう実感が全然沸いてこないんです、けど。

 イマイチいい反応ができないでいる私に気付いてるのかいないのか、昴さんはポケットから何か取り出すと私の前に差し出した。

「はい」

「これ、何ですか?」

「何って……誕生日プレゼントに決まってるやん」

 昴さんの手に乗っていたのは、クリスマスツリーのてっぺんに飾るお星様だ。

 びっくりしてツリーを見上げると、確かに、ない。

 てっぺんのお星様がない。

「昴さん、これ……」

「あぁ、心配せんでも大丈夫や。大介兄ちゃんには言ってあるさかい」

 私がツリーのてっぺんにあるお星様が好きだってこと、覚えててくれたんだ。そのことだけで、とっても嬉しくなる。

「あの、ありがとうございます」

 ようやく、お礼が口から出てきた。

 私ってば、そんなことも忘れてた。一番初めに言わなきゃいけなかったのに。

 だけど昴さんは、そう思い当たった私よりもずっと申し訳なさそうな顔をして言った。

「ホンマにごめんな。雪奈の誕生日をみんなで一緒にお祝いしよって言うてたのに、約束破ることになってしもて……」

「いえ、もう十分です。とっても嬉しいです」

 慌てて私が言うと、昴さんはまた私の頭をぽんぽんと撫でながら

「そーか」

 と言い、いったん口を閉じた。

 でもまたすぐに小さく口を開く。

 何かを迷ってるみたいにしばらく唇を開いたり閉じたりしていたけど、でも昴さんは大きく一つ溜め息をついただけで結局何も言わなかった。


 私も、心の中で精一杯お礼を言う。

 昴さん、ありがとうございます。

 プレゼントのことも嬉しいけど、それだけじゃなくて、いろんなこと。

 初めてのコトだらけで不安だったけど、昴さんがいてくれたからやってみようって思えたんですよ。

 ここに来てから今日まで、とっても楽しかった。

 明日から昴さんがいなくなっちゃうって思うととっても寂しいけど、でも私、がんばります。

 本当に本当にありがとうございました――


 

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