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56  もう一つの別れ (1)

 


 今日は十二月二十三日。明日はクリスマスイブ。私の誕生日でもあるけど、世間はもちろん、そんなことはお構いなくクリスマス一色だ。

 このペンションにいると、ホワイトクリスマスが確約されているようなものだから、その点はちょっと嬉しかったりする。

 ペンションにも、それが目的でいらっしゃってるんだろうなっていうお客様で、今夜もまた満室だ。

 満室っていうことは、つまり忙しいっていうことで。いつもよりも早く起きて、それからずっとマスターや浩美さんのお手伝いをして、正午をとっくに過ぎた今、ようやく午前中に終わらせておくべきお仕事が一通り終わった。

 昴さんがお仕事をするのは止められていて、いつもよりも少ない人数でお仕事をこなさなきゃいけないから余計に忙しい。

 だけど、昴さんが怪我をしたのって私のせいだから。だから、昴さんがいない分をなんとか私がカバーできればって思う。いつもよりも早く起きようって決めたのは、そう考えたからだ。

 マスターも浩美さんも「気を使わないで」って言ってくれてるけど、その言葉に甘えるわけには行かないと思う。逆に、マスターや浩美さんの方が私に気を使ってくれているのがわかって、なんだか情けなくなった。


 当の昴さんは、今日も朝から病院に行っていてまだ帰ってきていない。年末休みに入る直前だから、病院が混んでるの、かも。


 そんなことをぼんやりと考えながら、マスターと浩美さんと三人で遅めのお昼ご飯をいただく。その後片付けを終えたら、夕食の準備が始まるまで自由時間だ。

 いつもならゲレンデに行ってボードをする時間。だけど、さすがに今日はそんな気分にはなれなかった。

 一人でゲレンデに行っても楽しくないもの。昴さんなら一人でだって行っちゃうんだろうけど。

 マスターと浩美さんは、お昼を食べてすぐに夕食の買い物に出かけてしまった。


 泊まりに来ているお客様はみんなゲレンデに出ているから、今、ペンションには私だけしかいない。

 たった一人。

 持て余した時間を潰そうと、ラウンジに入ってテレビを点けた。

 年末だからか明らかに録画編集だろうなっていう特別番組だらけだ。薄型テレビの向こう側だけで、名前もコンビ名もよくわからないお笑い芸人さんたちが可哀想になるくらいにがんばっているのだけど、私の頭には何も入ってこなかった。

 テレビから視線を外すと、南に大きく取られた窓の外にひらりひらりと舞う雪が見える。

 なんか、妙にがらんとして見える。

 昴さんがいない、それだけしか変わらないのに。

 時計の針が、すごく遅い。

 点けっぱなしになってるテレビから聞こえてくる芸人さんや作りものの観客の笑い声が、酷く場違いなものに感じた。



     *   *   *



 昴さんが帰ってきたのは、もうすぐ夕食の支度を始めなきゃいけないような時間になってからだった。

 休憩時間に読もうと思って持ってきていたのに、結局今日まで表紙すらめくっていなかった本を半分ほど読み終えたところでふと顔を上げると、ちょうど窓の外にタクシーが止まったのが見えて、慌てて玄関へと向かう。ゆっくりと扉を開けると、ちょうど昴さんが扉に手をかけようとしていたところだった。

「おかえりなさい」

「ただいま。おー雪奈、なんや、待っといてくれたんか」

 えっと……そう、なるのかな?

 確かに、一日中昴さんが早く帰ってこないかなぁって考えてたし、待っていたって言うのかもしれないけど。

 私が曖昧に首を傾けていると、昴さんは仕方ないなぁとでも言いたげにため息を付きながら私の頭をぽんぽんと撫でて、松葉杖を脇に置いてから玄関に腰掛けた。

「あー、疲れた。ホンマに参ったわ。この時期の病院ってメチャメチャ混んどんのな」

「お疲れさまです」

 靴を脱ぎながら言う昴さんにねぎらいの言葉をかけて、手を差し出した。

 昴さんは「おぉ、ありがとう」と私の差し出した腕を取ったけど、そこにまったく体重をかけずに軽々と片足で立ち上がる。

「そんな気使わんでええのに」

 という昴さんの言葉に、昴さんと会えてすごく嬉しかった気持ちが急激に萎む。

 よけいなお世話、だったのかな……。

 確かに昴さんにとって、私は怪我をさせてしまった人間だもの。そんな人の世話にはなりたくないのかもしれない。

 私が曖昧に笑うと、昴さんは怪訝そうに目を細くした。そして私の頭をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でる。

「今、要らんこと考えとったやろ?」

「え?」

 要らんこと?

「オレが怪我したんは自分のせいやーとか、嫌われたーとか、そんなん」

 図星すぎて、自分の耳を疑う。

「え?」

「『なんでわかったん?』――やろ?」

 またもや昴さんにズバリと言い当てられて、私はこくりと頷いた。

「そないな顔してんねんもん。雪奈の考えてることやったら、だいたいわかんで。あ、ちなみに、全然そんなこと思ってへんで。まだ女の子に頼らなあかんほど弱ってへんだけや。誤解せんといてな」

 昴さんはにやりと笑い、マスターや浩美さんのいる厨房の方へと歩き始める。

 私の考えてることがだいたいわかるって、私ってそんなにわかりやすいのかな。

 あっ……まさか、私の昴さんに対する気持ちもわかってる――なんてこと、ないよね?

 思いついてしまったことに、急にどきどきしてくる。

 まさか、ね。そんなことない、と思うんだけど。

「雪奈?」

「はっ、はい!」

 考えてる真っ最中に突然昴さんに名前を呼ばれたせいで、返事の声が少し裏返った。

 でも昴さんはそれには気が付かなかったみたいで、

「何してんのん? 先行くで?」

 そう続ける。

 あまりにも自然な態度。

 大丈夫。気づかれてない。気付いてたら、普通、こんな風に接するとかできないし。

 私は自分自身に言い聞かせるようにして昴さんの後を追いかけた。


 厨房に入ったとき、マスターと浩美さんはもう準備に取り掛かっていた。

 私も急いでエプロンを身に着け、腕をまくって手を洗う。

 入り口に立ったままの昴さんが、マスターに声をかけた。

「大介兄ちゃん」

「あぁ、昴、おかえり。先生、何だって?」

 マスターの問いに対する昴さんの答えは、私がまったく予想していないものだった。

「やっぱり完治するまではあんまり動いたらあかんのやって。せやから、オレ、明日家帰るわ」


 

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