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55  別れの朝 (3)

 


 結局、ペンションに戻ったのはもう正午に近い時間だった。


 エントランスに入ると、隅の方に見覚えのある荷物がいくつか行儀よく並べられている。

 これは、河合さんたちの荷物だ。そういえば今日、チェックアウトの日だったっけ。三泊四日も滞在されてたはずなのに、なんだかあっという間だったな……。

 歩行の自由が利きにくい昴さんが靴を脱ぐのを手伝っていたら、マスターがやってきた。

「おかえり。思ってたよりも早かったな」

「おぅ。大介兄チャン、ただいま」

「すみません」

「皆が待ってるぞ。君たちの無事な顔を見てから帰りたいってな」

 マスターが顎で示した先に、ラウンジの扉がある。

 マスターの言う『皆』って言うのは、きっと河合さんたちのことだ。

 え、もしかして、河合さんたち、たったそれだけのために待っててくれてるの? これから何時間もかけて帰るはずなのに……。

 昴さんがマスターの持ってきてくれた雑巾で松葉杖の脚を綺麗に拭うと立ち上がった。

 そのまま二人でラウンジに入る。

「あ、昴君だ」

「雪奈さんも。大丈夫だった?」

 ラウンジに入るなり、一斉に河合さんたちの注目と声が集まる。

「ほんまに、すんません。ご心配おかけしました」

 昴さんが言い、私も一緒に頭を下げる。

「よかったー、元気そうで。安心した」

 武田さんが嬉しそうに言い、河合さんが笑う。

 浅倉さんが永野さんを指差しながら苦笑交じりに吃驚することを言った。

「昨夜さぁ、永野がすげぇ心配してさ。自分も一緒に探しに行くって聞かねぇの」

「だって、心配したんだもの。当たり前でしょ? 河合君が行くんだったら私もって思うじゃない」

 えっ、河合さんが捜索に?

「お前なぁ……。正紀と永野は条件が違うだろーが」

「それはそうだけど!」

 永野さんが反論するのを浅倉さんが笑いながら受け流し、武田さんが「まぁまぁ」と仲裁に入る。

 私はそんな永野さんと浅倉さんのやり取りを、本当に仲がいいなぁって思いながら眺めていた。本当にお似合いのカップルだと思うのに。気付いてないの、本人たちだけなのかな。

 武田さんも半分は面白がっているみたいだし。

「つーか、正紀は経験者だっての」

 浅倉さんの声が聞こえてくる。

 経験者? って何だろう?

「経験者ってなんのです?」

 私の隣で、昴さんが苦笑している河合さんに尋ねた。

「あぁ、山岳救助のことじゃないかな」

「え? マジですか?」

「学生時代に、少しね」

 河合さんは右手の人差し指と親指で僅かな隙間を作って見せた。

「それよりも、いい大人なのに落ち着きがなくてごめんね」

 相変わらずじゃれ合う三人を眺めながら、河合さんが苦笑混じりに言った。

「いえ、そんなこと!」

「ほんまに心配しててくれはったんやなぁってありがたいですわ」

 昴さんはそう言ってにっこりと笑った。

 確かに、本当にそうだ。また会えるかどうかもわからないような私たちのために、心配だからってだけでそこまでしてくれるなんて。

「ま、何にせよよかった。二人ともだいたい無事で」

「何よ浅倉、その『だいたい』って」

 浅倉さんが私たちに向かって言った言葉が面白くなかったのか、永野さんが突っかかった。

「『事が無かった』わけじゃねぇからな」

「『コト』?」

「おい永野、カタカナで言うな。ったく、お前は……」

「え? 何で?」

「いや、いい……」

「昴君が捻挫しちゃったってことだよ、香蓮」

 頭の上にクエスチョンマークを並べている永野さんに、武田さんがフォローを入れる。

 私もよくわからないけど、敢えて口にする必要もないかって思ってやめておいた。

「ふぅん……。ま、その程度の『事』で済んでよかったよね」

「そうね。二人っきりだった間にそれ以外の『コト』があったようには見えないし」

 とりあえず自分を納得させることにしたらしい永野さんの言葉に続くようにして、武田さんが昴さんを探るような目で見ながら言う。

 途端に昴さんがうろたえ始めた。

「ちょっ!? 武田さん、何っちゅーこと言わはんのん!!」

「えー? 香蓮と同じこと言っただけよぉ」

 武田さんが無邪気に笑う。そんな武田さんを、にこにこと楽しげな河合さんと呆れ顔の浅倉さんと、困惑した表情の永野さんが見ていた。

 って、多分私も永野さんと同じような表情をしてると思うんだけど。だって意味がわからないんだもん。

「ホンマです?」

「あら、本当よ。それとも、他にも何か『コト』があった?」

 上目遣いで言う武田さんに、昴さんは大きく溜め息をついた。

「武田さんて、顔に似合わず意地悪やねんなぁ……」

「あはは、ごめんね。これでも本当に無事でよかったって思ってるのよ」

「そりゃ、おおきに……」

 そしてしばしの雑談の後、ついに河合さんが言った。

「さて、名残惜しいけどそろそろ行こうか」

「あぁ、もうこんな時間」

「ごめんね、河合君」

「いや、いいんだよ。僕も二人の姿を見て安心できたから」

 まだお昼前だけど、でもそうだよね。年末年始で高速道路だって渋滞してるだろうし、今から帰路に着くなら、河合さんたちが家に着くのは下手をすれば真夜中だ。

 私たちはぞろぞろとエントランスまで出た。昴さんと二人、皆さんを見送る。

「本当に、いろいろとありがとうございました」

「昨夜はすんません。よかったらまた来てください」

 私が頭を下げると、昴さんもやり辛いだろうに頭を垂れる。

「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ」

「また来るねー」

 荷物に寄っていく皆さんに混じって私も手伝おうとしたら、浅倉さんにアッサリと制された。普段なら昴さんが手伝うんだけど、今は難しいから私がって思ったのに。

「そんな気使うなって」

 そう言ってくれた浅倉さんの笑顔に甘えることにする。

 河合さんたちは各々が自分の荷物を持った。ううん、撤回。男性二人の方が若干多目、かも。そしてそのまま、私たちの方に手を振りながらペンションを出て行く。

 一番最後に出て行った武田さんが、閉まりかけた扉をもう一度開けて顔を出した。

「どないしはったんです?」

 昴さんが驚いて訊ねる。

 武田さんはニッと笑うと片目をパチリと閉じた。

「ガンバってね、お二人サン!」

 そう言い残し、ひらひらと手を振って扉の向こうに消える。

 ――え? 何? どういう意味?

 私が呆気に取られている隣で、昴さんが大きく溜め息をついた。

「あー、ホンマかなわんわ……」

 昴さんはそう呟くと、ギプスで固く留められた自分の足を見下ろした。

 その姿がなんだか痛々しく映る。昴さんが怪我したのは私のせいなんだって、改めて思った。


 

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