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53  別れの朝 (1)

 


 目を開けると蛍光灯のついた天井が見えた。

 もとは白かったんだろうけど、建物自体が古いのか天井は黄ばんでいる。

 蛍光灯が灯ってないのに明るいところを見ると、朝、なんだよね?

 それにしても、見たことのない天井なんだけど。

 えっと。ここ、どこだっけ……?

 すぐ脇に人の気配を感じて首をそちらに向けると、椅子に座って編み物をしている浩美さんの姿が目に入った。

 いけない、寝坊したっ!?

 慌てて跳ね起きた私に気付いて浩美さんが顔を上げた。目が合う。

「あ、あのっ」

 弁解しようとした私の目の前で、浩美さんの表情が驚きのそれからぐしゃりとゆがんだと思ったら、いきなり抱きつかれた。

「ふわっ!?」

「雪奈ちゃん! よかった……本当によかった。心配したのよ」

 お腹の赤ちゃんに影響が出ちゃうんじゃないかって思うくらいの熱烈なハグの後、両手で私の肩を持った浩美さんと向かい合わせになる。

 浩美さんは泣いていた。

「ごめんなさいね。怖かったでしょう」


 あぁ、そうか。思い出した。

 私、昴さんと遭難したんだ。

 吹雪の中、私がコースアウトして、昴さんが私を庇ってくれて、動けなくなって。

 それで救助隊の人たちが助けに来てくれて、私たち一緒に、そのまま病院に運ばれたんだ。

 運ばれてる途中あたりから、記憶が曖昧になってるけど……。


 病室を見回したら、他にいくつかベッドがあったけど、そのどこにも昴さんの姿はなかった。

「あの、昴さんは……?」

 私が尋ねると、浩美さんは指で涙を拭いながら微笑んだ。

「昴君なら隣の病室にいるわ。同じ部屋は空いてなかったの」

 よかった。昴さんも助かったんだ!

 あ、でも肝心なことがある。

「あの、昴さんの容態は……?」

 意識不明のまま重態です、なんて言われたらどうしよう?

 私の不安を余所に、すっかり泣き止んだ浩美さんはフフッと笑った。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。あの子が死ぬわけないでしょ? 大介がゴキブリ並みって言ってるの、あれ、褒め言葉なのよ?」

 緊張で強張ってた私の身体からへなへなと力が抜けていく。

 よかった……。昴さん、無事なんだ。本当に、よかった。

「なんなら、今から会いに行く? 一時間ほど前に起きたはずだから」

 え? 昴さん、もう起きてるの? 私よりもずっと容態は悪そうだったのに?

 私は不思議に思ったけど、昴さんに会えるのが嬉しくてこくりと頷いた。



 看護師さんを呼んで点滴を外してもらうと、私は浩美さんがペンションから持ってきてくれていたパーカーを羽織って隣の病室へと向かった。

 隣の病室も、私が寝ていた部屋と同じようなつくりだ。ベッドが六つ並んでいる。

 昴さんは、その一番奥のベッドの上に、上半身を起こして座っていた。ベッドの脇にはマスターもいる。

 マスターと昴さんは何か話してたけど、マスターが私に気が付いて顔を上げた。昴さんもそれに倣って私の方を向き、そして笑顔になる。

「昴さん……!」

「おぉ、雪奈、起きたんか。おはようさん」

 駆け寄った私は、ものすごく能天気な言葉に迎えられた。

 私の頭をぽんぽんと撫でながら、昴さんが続ける。

「雪奈、ホンマにごめんな。怖かったやろ。オレがしっかりせなあかんかったのに……。がんばってくれたんやてな。おおきに」

 いえ、そんなことないです。

 昴さんが庇ってくれてなかったら、私、本当に死んでたと思う。

 言いたいことはいっぱいあるけど、やっぱり言葉にならなくて、私はただ首を振った。

「そんなこと……。それより、昴さんの方こそ大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、この通りや。ただ、脚はやっぱり捻挫してるんやって」

 言いながらめくった布団から、包帯でぐるぐる巻きにされた脚を見せてくれた。二周りくらい太くなった脚にそっと触れると、硬いギプスに覆われているのがわかった。

「ホンマ、かっこ悪いわ……」

 頭を掻く昴さんの顔に視線を戻したとき、その頬が赤くなってるのを認めた。

 片側の頬だけだから、照れとかそういうのじゃなさそうだ。昨日は全然気が付かなかったけど、落ちたときにどこかでぶったのかな。

 私の表情の陰りを目ざとく見つけたたらしい昴さんが、頬に手を当てながらにやりと笑う。

「あぁ、コレは落ちたときとちゃうで」

「そうなんですか?」

「さっき、大介兄チャンに殴られてん」

「ええっ!?」

 思わず隣に立つマスターを見上げる。マスターは苦笑して「本当だよ」と言った。

「なんで……?」

「雪奈ちゃんを危ない目に合わせたんだ。これくらい当たり前だろう。怪我してなかったらもっと思いっきり殴ってただろうから、むしろ軽い方だ。肝心なときに頼りにならない甥っ子ですまなかったね」

「いえ、そんな……。昴さんがいなかったら、私、がんばれませんでした。お礼を言いたいのは私の方なのに」

「雪奈ちゃん、コイツに礼なんてもったいないよ。昴はね、あの雪の――」

「わ―――――!!」

 マスターが何かを言いかけたとき、昴さんが大声を出しながらマスターの言葉を遮ろうと腕をぶんぶん振り回す。

「大介兄チャン、ちょぉ待ち! 言うたらあかん!」

「こら、昴。ここ病院だぞ。静かにしなさい」

 脚を動かせない昴さんより、マスターの方が圧倒的に優勢だ。昴さんはあっという間に動きを封じられ、ついでに口を手で抑えられてもごもごと抗議の声を上げ続けている。かなり元気そうだ。

 マスターはそんな昴さんをニヤニヤしながら眺め、私に向かって驚愕の事実を述べた。「コイツね、あのとき、本当に寝てたんだよ」

 ――へ?

「あの、どういう……」

「遭難してたとき、雪奈ちゃん電話で昴の意識がないって言ってただろう? あのときね、昴、低体温になってたから意識がなくなりかけてたわけじゃないんだ。もともと睡眠不足で、本気で眠りそうになってただけらしいんだよね」

 え?

 あの状況下で?

 えぇええええええ――!?


 

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