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52  冬空の日 (10)

 


 一番考えたくない言葉が、頭をぎる。


 ――嘘……ですよね?

 嫌ですよ、こんなところで。

 死ぬ、とか。

 悪い冗談ですよね?

 冗談ならすぐやめてくださいよ、ただでさえ大変なときなのに。

 すぐにいつもみたいに「驚いたやろ」って笑いながら起き上がってくれますよね?

 ……。

 ――ねぇ、昴さんってば。

 ゴキブリ並みの生命力じゃなかったんですか?

 マスターにそう言われてたじゃないですか。

 こんな吹雪くらい、笑い飛ばしてくださいよ。

「昴さんってば!!」

 言いながら、昴さんに掛かる雪を手で払い始める。

 そうしていないと、不安で、怖くて、辛くて。

 後から後から雪が降るけど、そうせずにはいられなかった。

「起きて、くださいよ……ッ!」

 目を閉じたままの昴さんに堪らなくなった私が頬をぺちぺちと叩いても何度も呼びかけても、昴さんからの反応は相変わらず薄い。

「昴さんっ!! こんなところで寝ちゃダメです! 一緒に、ペンションに戻るんですから!」

 自分自身をも励ますためにも声に出していいながら、雪に突き刺していたボードを、昴さんのすぐ隣にもう一度立て直した。

 そして昴さんがこれ以上冷えないように、上から覆い被さるようにして頭を抱く。


 あぁ、神様……お願いします。

 もしいらっしゃるなら、私たちのことを見てくださっているなら、どうか、昴さんを助けてください。

 お願いします。

 お願いします。

 お願いします――






   ♪~ ♪♪♪~~ ♪~


 空耳、かな。

 風の間に、聞き覚えのある音色が聞こえてくる。少し前に放送してたドラマの主題歌。私がケータイの着信音に設定してる曲だ。


   ♪~ ♪♪♪~~


 まだ聞こえる。私ってば、こんなときに。ケータイだなんて……。

 ――ケータイ?

 弾かれたように身体が動いた。ウェアの内ポケットからケータイを取り出す。温まったケータイが私に誰かからの着信を告げていた。

 河合さんだ……!!

 夢中でケータイを耳に当てると、いつもの落ち着いた声が聞こえてくる。

「あ、ようやく繋がった。もしもし?」

「河合さ……ッ!」

 我慢してたのに、知ってる人の声を聞くだけで涙が出てくる。視界が滲む。

 胸が詰まって声が出なくなる。私の中から出て来れなくなった言葉が、泣きしゃっくりに替わった。

「雪奈さん、どうしたの? 泣いてるの?」

「か、河合さ……どうし……。す、昴さんが……死んじゃう……!」

 涙が止まらない。

 だって怖いもん。怖いんだもん。

 昴さんが死んじゃうかもしれないって考えるだけで、怖くて死にそうになるんだもん。

 河合さんは驚いたのか一瞬だけ黙ったけど、すぐに優しく声を掛けてくれた。

「雪奈さん、落ち着いて。今どこにいるの?」

「ゲレンデ、です」

 なんとか息を整えて伝える。

 そうだ、泣いてる場合じゃない。

 あまり時間はないはずだ。ケータイを外に出してるから、冷えてまた繋がらなくなっちゃうかもしれない。

「コースから…落ちちゃったんです、私。それを、昴さんが庇って…くれて……」

「昴君、怪我してるの? 出血してる?」

「外傷は…ないみたい……。でも、脚を傷めた、みたいで、動けない、ん、です」

 また込み上げそうになる涙を我慢する。

 私がしっかりしなきゃ。二人とも助からない。

「昴君に替われる?」

「それが…昴さん、さっきから意識が……」

 言葉に出そうとして、吹雪とは違う寒さに襲われた。

 嘘、私、膝まで震えてる。

 河合さんは私の気持ちを察してくれたのか、それ以上昴さんのことを尋ねようとしなかった。

 私が河合さんに聞かれて、落ちる直前まで滑っていたコースの名前を告げると、河合さんは真剣な声で言ってくれた。

「みんなで探してるんだ。マスターも一緒だよ。すぐ行くから、それまでがんばって。電話はこのまま切らないでいいから」

「でも……」

 きっと、すぐ、電源が切れちゃう。

 もう耳に触れるケータイが冷たいもの。

「うん、わかってる。でも、君は今少しでも長い時間、誰かと話してなきゃいけない」

 その言葉に、昴さんを抱く片手に力が籠もる。

 私が心細くならないように気遣ってくれてるんだ。


 電話の向こうで、河合さんは移動してるみたいだったけれど、河合さんはそのままずっと私に話しかけてくれた。

 本当に心配してくれてるんだってわかる。会って間もないような、旅行が終わったらそれきりになっちゃうようなペンションのアルバイトの子相手に。

 河合さんには、何の得にもならないのに。


 思ったとおり、しばらくしたらケータイの音が途切れ途切れになってきた。

「…きなさん、もうちょっとだか――」

 そして、切れた。

 耳からケータイを離す。画面は真っ暗だ。

 周囲も暗くなってきた。ナイター設備のあるゲレンデだけど、こんな雪の日は夜営業もしないから明かりもついてない。

 私はケータイをポケットにしまうとまた昴さんを抱きしめた。

 暖かい。

 昴さんの鼓動。

 生きてる。

 絶対、死なせたりしませんから。




 それから、本当にすぐだったと思う。

 強い光が私たちの方に向かって当てられた。眩しくて目を開けると、光源となってるスノーモービルらしき乗り物の影が、私たちが転がり落ちたあたりに停まっているのが見えた。

 逆光だからよく見えない。

 だけど、何人かがロープみたいなものを手繰りながら、斜面を降りてくるのが見える。男の人たちの声も聞こえる。

 助かった、みたいですよ。昴さん。

 相変わらず目を瞑ったままの昴さんに心の中で伝えた――


 

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