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50  冬空の日 (8)

 


 昴さんは両脚を投げ出すようにして座っている脚を曲げて木の根元に座っている。

 さっき立ち上がろうとしていたときに左脚を庇うようにしてたのを思い出して、私は聞いてみた。

「左脚ですか?」

「そやねん。多分、ただの捻挫やとは思うんやけど。骨折まではしてへんはずやさかい、まったく歩けへんこともないで」

 そう昴さんは明るく言ったけど、万が一ってこともある。変に動かしちゃって取り返しの付かないことになったら嫌だもの。昴さんが歩かなくても済む方法を考えなくちゃ。

 えっと……そうだ。とにかくまず、マスターに連絡しよう。

 昴さんが怪我したってことを伝えなくちゃいけないし、今動けないって言ったらどうしたらいいか教えてくれるはずだ。それに、もしわかるようならゲレンデの救急隊の連絡先を教えてもらいたいし。

 思いついたら即実行。迷ってる暇はない。

 胸のポケットからケータイを取り出す。電池は十分あるし電波も一応二本立ってるから、問題なくかかるはず。マスターのケータイを聞いておけばよかったって後悔しながら、ペンションの固定電話をダイヤルした。

 何回かのコール音の後、女性の声が聞こえてくる。浩美さんだ!

「お電話ありがとうございます。ペンションソフトライムです」

「もしもし? 浩美さんですか?」

「え? ……あ、雪奈ちゃん? どうしたの?」

「あの、今ゲレンデで、昴さんが大変で……」

 あぁ、上手く伝えられない。なんでこう、私って話すのが下手なんだろう?

 昴さんが私を庇って怪我しちゃったんです。その上、私のせいでコースから外れちゃって動けないんです。

 そう伝えたいだけなのに、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 ダメだよ、雪奈。落ち着いて。そうしないとちゃんと伝わらない。

「す――く――が? 何か――たの?」

 え? 浩美さんの声がなんか遠い……?

 確認しようと思って耳元から離したケータイを見る。

 今の今まで光っていたケータイの液晶画面が、私の目の前で、真っ黒になった。

 電源ボタンを押してみても反応がない。

 ――嘘、電池切れ? なんで?

 まだ充電あったよね? ちゃんと確認したよ?

 パニックになる私の耳に、昴さんの声が届いた。

「雪奈、どないしたん?」

「ケータイが……」

「ひょっとして、電池切れか?」

 涙をこらえて、私は昴さんの方を向いて頷いた。

「オレもや」

 昴さんの手には、やはり液晶画面が真っ暗になったケータイが握られている。

「なんで……? 充電、ちゃんとしたのに」

 いつもなら、夜中に充電したら次の日の寝る時間になってもまだ余裕で電池残ってるはずなのに。

「今日、寒いさかいなぁ。気温が低いと、導電率が悪うなんねん。せやから、充電は残っててもケータイの中で電気が回らんようになって、電源が落ちたりするんやな」

 そう教えてくれながら、昴さんが私を手招きする。側によると、私の手を取った。

「ホンマ、堪忍な。こんなことになってしもて……」

 謝る昴さんに首を振る。

 違います。昴さんは悪くないです。もとはと言えば、私が落ちそうになっちゃったことが原因じゃないですか。昴さんはそれを庇ってくれただけじゃないですか。なのに、何で昴さんが謝るんですか。

 目の前が滲む。溢れそうになった熱い涙が、吹き付けた風に一気に冷やされた。おかげで我に返った私は、また雪が降り始めているのを見た。

 少し収まってた風も、また強くなってる気がする。


 落ち込んでる場合じゃない。がんばらなきゃ。

 こんなところで泣いても、何も変わらない。むしろ昴さんを困らせるだけだ。

 冷静に。考えるのよ、雪奈。

 ――そうだ、まず、今わかってることをまとめよう。

 私たちがコースを外れたこと。天気が悪いこと。だから滑ってる人が私たちを見つけてくれる確率は低いこと。そして、昴さんが動けないこと。

 一瞬だけ、私一人で麓まで歩いて助けを呼びに行こうかとも思ったけど、この天気じゃ迷うかもしれないと思って提案するのをやめた。

 どちらにしても、私たちが帰らなかったらマスターが動くはずだ。最後の一本を滑る直前まで河合さんたちと一緒にいたんだし、頂上から下に降りる最短コースは一つしかないから、私たちが滑ったコースも推定できるはず。探す場所が絞れれば、私たちの発見も早くなる。

 だから、私たちは見つけてくれるまでがんばればいいんだ。


 私は放ってあった私と昴さん二人分のボードを拾い集めて、昴さんのすぐ脇、風上側に二つ並べて雪に刺し立てた。

 これでちょっとは風と雪を防げるはずだ。

 ボードとは反対側の昴さんの隣に座ると、昴さんが訝しげな表情を向けた。

「雪奈?」

「気温が低いと導電率が落ちるってことは、暖めたら一時的にでも繋がるかもしれないってことですよね?」

 私はできるだけ元気な声で昴さんに尋ねた。昴さんが頷いたのを見て、ケータイを今度はウェアの内側にあるポケットに入れる。外ポケットに入れておくよりも、内ポケットに入れておく方が暖まるはずだから。

「この雪の中、私たちが帰らなかったら絶対にマスターが心配して助けてくれるはずですから、それまでがんばりましょ?」

 私が笑いかけると、昴さんもようやくふっと肩の力を抜いて優しげな笑顔を向けた。

「雪奈、強いんやなぁ」

 頭をぽんぽんと撫でてくれる昴さんに、心の中だけで返事をする。

 全然強くないですよ、私。昴さんの隣にいるから、強くなろうって思えるんです。昴さんの太陽みたいなパワーを、私もちょっとだけ分けてもらってるだけなんです。だから、強いのは私じゃなくて、昴さんなんですよ。

 そして、そんな昴さんだから、私は好きになっちゃったんです。

 頭の上にあった昴さんの手が、私の肩を抱くようにして降りてきた。びっくりして身体がこわばる。

「雪奈、こっち」

 空いている方の手で昴さんがぽんぽんと示したのは、自身の腿の上だった。

 ん?

「ホレ、ここに座り」

 え? えぇえええっ!?

 ここって、昴さんの上じゃないですか!!

「そんなとこ座ってたらあかんよ。お尻冷えるさかい」

 絶句している私に昴さんは容赦なく言い、私を引っ張り上げようとする。

「えっ、いや、でも」

「『でも』ちゃう。それに、ひっついてた方があったかいやろ?」

 有無を言わせぬ物言いに、私は仕方なく昴さんの膝の上にちょこんと座った。背筋を伸ばして、できるだけ昴さんの負担にならないように――っていう気遣いは無駄に終わった。

「ふぇっ!?」

 昴さんの両腕が私を包むと、一気に抱き寄せられる。私は抵抗もできないまま、気が付いたら昴さんの胸の中にいた。


 

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