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49  冬空の日 (7)

 


「すっ、昴さん、大丈夫ですかっ!?」

 私は慌てて昴さんの上から身体をずらすと、雪の上に膝をついて昴さんを覗き見る。

 昴さんが私を庇ってくれたんだ。

 だから、落ちても痛くなかったんだ。

「あ、あの、すみませんっ! ……ありがとう、ございます」

 上半身を起こした昴さんに向かって慌てて頭を下げる。昴さんは声を出して笑いながら私の頭をぽんぽんって撫でた。

「ええって。お礼も謝罪も要らんよ」

「でも……」

「こんくらい、どうってことない。もっとひどい転び方何度もしてるさかいな」

 顔を上げた私に昴さんは優しく笑いかけてくれ、そしてふるふると頭を振った。

 身体や頭に着いていた雪がはらはらと落ちる。帽子の上に、新しい雪が、ふわりふわりと舞い落ちる。

 そこでようやく、私は雪の降る量が少し落ち着いていることに気が付いた。風もあるけど、さっきほどひどくは感じない。

「あー……見事に雪(まみ)れやなぁ。雪だるまになった気分やわ」

 頭を振るだけじゃ落としきれなかった雪を手で払いながら、昴さんが言った。

 そうだ、私も払わなきゃ。雪が付いたまま放っておくと身体が冷えちゃう。

 私も昴さん同じように雪を身体から払い落としながら、周りを見回した。


 どうもここは、ちょっとした谷の底みたい。春になると小川ができるようなところなのかもしれない。

 一面真っ白な中、ところどころ木の幹の一部が積もった雪の間から覗いている。

 すぐ脇にも木があった。さっき私が寄ろうとした木だ。実はかなり大きな木で、私には上の方しか見えていなかったんだってわかった。

 その木を下から辿るようにして自分たちが落ちてきたはずの上の方を仰ぎ見る。

 真下に落ちたように感じたけど、実際には傾斜の急な坂を転げ落ちたってだけだったんだ。

 落ちてきたところまでは、五メートルあるかないかくらいかな? 転げ落ちたあとを辿った頂上の雪がこそげ落ちてる箇所まで、思ってたよりも高さはなかった。

 だけど、這い登れるかって言ったら、答えは考えなくても「無理」だと思う。

 まず、斜面が急すぎるし、歩こうにも斜面に積もった雪が深くて歩けないと思うし。

 だからって、いつまでもここにいるわけに行かないよね。

 ペンションに戻らなくちゃ。

 この谷底に沿って進めば麓に着くまでのどこかでコースと合流できると思うんだけど……。


 とにかくまず立ち上がろうと膝に力を入れて――前につんのめる。

 そうだ、忘れてた! ボード履いたままだったんだ。

「わっ!?」

 手をついたから顔面から転ぶことはなかったものの、新雪に思ったよりも深く手が沈んで鼻の頭が雪に着いてしまった。

「雪奈、大丈夫か?」

 昴さんの本当に心配そうな声が聞こえてきて、慌てて起き上がった。

 照れ笑いしながら昴さんの方を見ると、なんだか焦ったてるみたいな硬い表情をしてる。

「へ、平気です。ちょっと吃驚したけど」

 私は、これ以上昴さんを心配させないようにそう言った。

 それにしても、雪がこんなに深いなんて思わなかった。それに、やわらかい。コースの雪とは随分違うみたい。

 多分そのせいだと思うんだけど、足に固定されたボードのせいですごく動きにくい。とにかく、外しちゃおう。

 身体を反転させて雪の上に座ると、脚を持ち上げてボードを埋もれた雪から引き上げる。そして膝を曲げてビンディングを引き寄せると、両手で一気に緩めて足を抜き取った。勝手に滑って行っちゃったり、また雪の中に埋もれちゃったりしないように、ボードを縦に持って立ち上がる。

 板を雪に刺すように衝いて固定してから、昴さんの方を振り替えると――昴さんはまださっきと同じ硬い表情のままだ。まだ半分雪に埋もれた状態の脚を眺めている。

 昴さん、ちょっと変、かも。さっき上半身を起こしてから全然動かない。ボードを外そうともしないし、立ち上がろうともしない。

 私がさっきから無遠慮に見詰めてるのに、それにすら気が付いてないみたいだし。

 昴さんっていっつも笑っててばかりでそんな表情を見せるのは初めてだったから、私にはなんだか知らない人みたいに思えた。

 なんか、変だ。

「――昴さん?」

 私が声をかけると、昴さんはハッとしたように私の方を見、いつもの笑顔を見せた。

「昴さんこそ、大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、ホッとしてぼぉっとしてたわ。オレもボード取ろかな」

 そう言って昴さんは手を後ろについて膝を曲げ――顔をしかめた。口の端から小さな声が漏れる。

「昴さん?」

 昴さんは何も言わない。動かない。

 私は咄嗟に昴さんの足下にしゃがみ込むと、その上にかかっている雪を払い始めた。

 昴さんが動かないのは、今のせいで脚を怪我をしたんだって、直感的にわかったから。動かないんじゃなくて、動けないんだ。

「ほんまゴメン……」

 昴さんの声の調子で、直感が確信に変わる。

「どこか具合が悪いんですよね? なんですぐに言ってくれないんですか!」

「今の今まで、ホンマに大丈夫やと思っててん……」

 急に重くなった気持ちを払い除けるみたいに、私は半ば怒りながら、雪に埋もれた昴さんの脚を掘り起こす。

 平気な顔して怪我のことを言ってくれなかった昴さんに対してよりも、すぐにその考えに思い至らなかった自分に対して、無性に腹が立った。

 ちょっと考えたらわかりそうなものなのに。

 両足が固定された状態で私を庇うようにして転げ落ちたんだもの、いくら雪の上だとはいえ怪我してない方がおかしいじゃない。

 両脚とボードを掘り起こすと、まずビンディングに手をかけて昴さんの脚を動かさないように注意しながら足を板から外す。

「ふぅ」

 ようやく昴さんの両脚が自由になる。

 振り返ると、昴さんが右脚を曲げて左脚を伸ばしたまま立ち上がろうとしているのが見えたから、私は慌ててそれを止めた。

「ちょっ、昴さん! 動いちゃダメですってば!」

「せやけど、いつまでもこんなトコにいれへんやろ? 帰らなかんさかい」

「そうですけど、闇雲に動いてもダメです。ちょっと落ち着いて考えなきゃ。その脚でこの雪の中を歩くのは無謀ですってば。ね?」

 私はなんとか立ち上がった昴さんの肩を支え、とりあえず近くの木の幹に背を凭せ掛けて座らせた。


 でも。

 さっき昴さんには偉そうなこと言ったものの……どうしよう? どうしたらいいんだろう?


 

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