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48  冬空の日 (6)

 


 うぅぅ、どうしよう。

 本当に前がよく見えないよ……。

 さっき昴さんが『視界が悪くなる』って言ってたけど、本当にそうだ。ちょっと風と雪が強くなるだけで、こんなになるなんて思ってもみなかった。

 自然ってやっぱりすごい。

 ――って、そんな感心してる場合じゃないんだけど。


 あれからいくばくも行かないうちに、急激に風が強くなって雪の勢いも増してきた。

 今の視界はざっくり言って十五メートルくらい、かな。

 ゴーグルをしないととても前を向いていられないんだけど、そうするとただでさえ暗めの視界がさらに暗くなる。視界が暗いと、コースとコース脇に盛られた雪との区別がつきにくくなるから、どう進めばいいのかわからなくなる。

 人の流れがあるから、どう進めばいいのかは一応わかるんだけど。

 でも、ただでさえよく見えないっていうのに障害は他にもあって、降り積もる雪が邪魔して上手く滑れないの。新雪っていうワケじゃないんだけど、それに近い感じの雪って言うのかな。

 私の脇をスイスイ追い越していくボーダーさんや、ストックを使って上手に前に進んでるスキーヤーさんが、正直羨ましい。

 私を抜いていく人たちの背中が、雲とも雪ともつかない灰色の霧の向こうにすぅっと消えていく。

 その度にこの雪山にたった一人になっちゃうんじゃないかって言う不安が一瞬だけ頭を過ぎるんだけど、すぐ後ろにいる昴さんがときどき「雪奈、ゆっくりでええよ」とか「大丈夫か? 無理せんときや」とか声をかけてくれるから安心できる。でも、一人だったら絶対に耐えられないと思う。


 あぁ、ペンションの暖かいラウンジが恋しいなぁ……。

 帰り着いたら、一番にホットココア飲もう。


 それにしても、不思議なくらいにどっちを向いても向かい風。

 だぶだぶしたデザインのウェアを着て前に進もうとしてるんだから、空気抵抗も発生するし、当たり前と言えば当たり前なんだけど、その風の力がいつもよりも段違いに強い気がする。

 そんなことを考えていたら、ターンのときにバランスを崩した。

「ふゎっ!?」

 うー……えぇい!

 両腕を広げて体を捻らせて、なんとか転ばずに持ち堪えながらカーブを曲がり切る。

「雪奈、大丈夫か?」

 すぐに後ろから昴さんの声が聞こえてきた。

 私はスピードを落としながら後ろをちょっと振り返って手を振ってみせる。

「はい、大丈夫ですー!」

 とは言ったものの、膝に力が入りにくくなってる気がする。気付かないうちに、かなり疲れてきてるみたい。

 確かに、ここ数日はペンションのお客様も多くて、個人的なイベントもたくさんあって、楽しいけど忙しい日々だったもんね。今更ながら、知らず知らずの内にここ数日の間で溜まってた疲労を実感する。

 さっき休んでからしばらく滑ってるし、そろそろちょっと休憩した方がいい、かも。


 私は辺りを見回した。

 いつの間にか、見えるところから人がいなくなってる。

 少なくとも河合さんたちはまだ上にいるだろうし、他にも降りてくる人たちはいるはずなのに。ちょうど人の波の狭間なんだろうな。

 それでも、いつ人が降りて来るかわからないんだし、休憩するならコースの真ん中じゃなくて隅っこに寄らなきゃね。

 私はちょうど視界に入ったまだ若そうな木の方へとボードの先を向けた。

 木に近づくにつれて、雪がふかふかになってくるのがわかる。

 晴れてたら、倒れこみたいくらいにふかふかだ。ばふっ! って、気持ち良いんだろうなぁ……。

「雪奈あかん、そっちは――」

 突然昴さんの声が聞こえてきて、私は振り返ろうとした。

 でも完全に振り返る前に、柔らかい雪に埋もれた私の足元が沈み始める。


 ――え?


 イケナイって思ったときはもう遅かった。

 ちょうど振り返りきった私の眼に、私の方へ飛び込んでくる昴さんの姿が目に入る。

 伸ばされた手が私を掴むのとほぼ同時に、私の身体は崩落した雪の中へと飲み込まれた。

「きゃぁああああああ!!」

 何がなんだかわからない。

 冷たいとか、寒いとか、何も感じない。

 わかるのは、ただ一つ。

 落下してるってことだけ。

 そして、ぼすっ! という柔らかい音と共に墜落した。


 ……。

 何が、起こったの、かな。


 目を開くと、雪に塗れている分厚い手袋に覆われた自分の手が見えた。

 指を動かしてみる。あ、動いた。

 よかった。生きてる……。

 特に痛いところもないし、怪我もない、かな。

 ほっとしながら上体を起こすと、自分の上に降り積もっていた雪が両脇に滑り落ちていった。下半身はまだ雪の中に埋まっちゃってる。それでもまったく重さを感じないから、動かそうと思えば動かせるはず。

 どのくらいの高さから落ちたんだろう?

 多分、あっという間の出来事だったんだと思うんだけど、私にはものすごく長い時間に感じられたせいで、距離感って言うか高低差の感覚がまったくわからない。

 そう、それに、昴さんは?

 そう思ったとき、座り込んだ状態だった私の真下の地面(雪面?)が蠢いた。

 え? まだ落ちるの!?

 はっとして下を見る。

 だけど、その視界に入ったのは、思っても見なかった光景だった。

「ふぅ、なんとか助かったみたいやな」

 倒れた状態の昴さんが、私の下で半分雪に埋もれている。私は、昴さんのお腹の上辺りに座っていた。

「堪忍、雪奈。オレも一緒に落ちてもーた」

 昴さんはそう言うと、私に向かって苦笑いした。


 

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