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47  冬空の日 (5)

 


「くしゅん!」

 リフトの上、昴さんと隣同士で座りながら話していると、くしゃみが出た。

「雪奈、寒いんか?」

「寒くはないんですけど……。ちょっと身体が冷えちゃった、かな」

 そう答えて初めて、周りの空気が随分冷えてきてることに気が付いた。だから、リフトに乗ってる間に身体が冷えちゃうんだ、きっと。

 でも、おかしいなぁ。いつもはこんな風にならないんだけど。やっぱり太陽が出てないせいかな。

 そういえば、今日って何本滑ったんだっけ? みんなで滑ってたら時間が経つのなんてあっという間だからあんまり覚えてないんだけど、もう随分長いこと滑ってる気がする。

 今、何時なんだろう?

 そう思ってケータイで時間を確認したら、もう夕方の時刻だった。

 って、え? もうそんな時間? そろそろペンションに戻って夕食の準備しないと。

「昴さん、そろそろ時間です」

 そう言いながら、昴さんにケータイの待ち受け画面に映る時計を見せると、昴さんは「お?」と小さく声を漏らした。

「もぉそんな時間なんか」

「ええ。そろそろ帰らないとですね」

「そやな。これ以上遅刻できひんさかいなぁ……。ほんなら、このリフトが最後やな。上に着いたら、先上がらせてもらうって言わなな」

 昴さんは一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに帰ると決めてにっこり微笑んだ。


 ペアリフトは、永野さんと武田さんを先頭に、次に河合さんと浅倉さんが乗っている。私たちのリフトは一番最後だった。

 だから私たちがリフトを降りる頃には、河合さんたちはもう板を履くために隅の方に寄っていた。でも誰も雪の上に座ったりせずに、輪になって立ってる。四人で何か相談してるのかな。

 リフトを降りた私たちが河合さんたちの方に近付いていくと、それに気付いた浅倉さんが隣に立っていた河合さんを肘で小突いた。他の人たちがその意味を察してか私たちの方を振り向く。

 四人が一斉にこっちを見たから、私はなんか焦ってしまった。

「お待たせですー」

 昴さんはそんな視線なんてものともせずにスケーティングで進んでいく。

 あっ、待ってっ。置いて行かないでくださいよっ!

 ますます焦りながら、私も昴さんの後に続いた。

「あのね、そろそろちょっと休憩入れようかと思って」河合さんが言った。「お昼食べた後、ずーっと滑り通しだから。昴君と雪奈さんはどうする?」

「あ、ホンマですか。一緒に休みたいところやけど、そろそろペンションに戻らなあかん時間なんですわ」

「あ、そうか」

「せやから、オレと雪奈はこのままペンションまで帰りますわ」

 昴さんが小さく頭を下げたのに続いて、私も真似っこする。

「りょうかーい」

「じゃあ、僕らはロッジに行こうか」

「そうだな」

「二人とも今夜も美味しい夕食をお願いねー」

「はい」

「それじゃ、また後で~」

 四人が山頂のロッジの方へとスケーティングで去っていく。殿しんがりの武田さんが途中で私たちの方を振り返って、いたずらっぽくウィンクしながら手を振り、少し離れてしまった三人を追いかけていった。

「ほな、行こか」

「はい」

 私たちはその場に座り込むと板を足に固定し始めた。


 山頂から一番下まではコース上の距離で三千メートルくらいあるらしい。

 いつもは一気に頂上まで登ってから中腹まで降りて、そこからまた頂上へのリフトに乗って、を繰り返してるからそこまで長い距離を滑ることはないんだよね。

 だけど、このラスト一本だけは一番下まで降りるから、その三千メートル分を滑り降りなきゃいけないのね。高低差はきっとそこまでないんだろうけど、距離があるからそれなりに時間はかかるワケで。そして、ラスト一本というときだから、実はもう体力を結構消耗した後なワケで。

 だから、途中何回も休み休み進まないといけなかったりする。

 きっと昴さん一人ならノンストップで行けるんだろうなぁ。私といるからこまめに休憩を取ってくれてるだけで、一人なら半分くらいの時間で……ううん、滑るスピードも速くなるだろうから、もっと短い時間でペンションまで戻れるはずだもの。

 はぁ、やっぱりダメだな、私。昴さんに迷惑ばっかりかけちゃってる。

 滑りながら、ちょっとだけ自己嫌悪に陥る。

 そんな私の気持ちを敏感に感じ取ったみたいに、ついに雪がハラハラと舞い始めた。風も強くなってきた気がする。

 コースをしばらく下ったところで、昴さんが私をさっと追い越して少し下のコースの隅で止まった。ちょっと休もうって言ってるんだ。私もその後に続く。

「降って来おったなぁ」

 昴さんがゴーグルを上げて空を仰いだ。私もそれに倣って見上げる。いつの間にか空は雲が落ちてきそうなくらいに、どんよりとしていた。

 降ってきた雪が目に入りそうになって思わずびくりと動くと、昴さんが隣で笑う。

 もうっ! ちょっとびっくりしただけじゃないですか。

 私は昴さんを軽く睨んでみたけど、昴さんはいつもみたい私の頭をぽんぽんと撫でた。

「堪忍。今の驚いたリスみたいで可愛かったさかい」

 リス!? 『妹』はまだ人間だったのに、今度は動物?

 ちょっとショック、かも。

「ま、それよりも、こりゃ雪がひどぉなる前に下に着かなな」

 そう言って私の方を向いてニッと笑った昴さんに、私は何か違和感を覚えた。

 なんだろう?

 ――あ、わかった。隈だ。昴さん、目の下にうっすらと隈ができてるんだ。ずっとゴーグルしてたから気付かなかった。

 昨夜、そんなに遅くまで飲んでたのかな。今朝も寝坊してたけど……。

「行けそうか?」

 私は昴さんの寝不足が心配だったけど、ゴーグルを着ける昴さんを見たら頷くしかない。

「雪が降ってるときは視界が悪うなるさかい、ゆっくりでええよ」

 もう一度頷いて進み始めた私は、それから十分も経たない間にその言葉の意味を身を持って実感することになった。


 

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