46 冬空の日 (4)
「えっ?」
何? 何??
パニックになりかけたとき、目の辺りを何かが柔らかく押さえているのに気が付いて、ようやく誰かに手で目隠しされたんだってわかった。
それにしても、誰? 昴さんはすぐ隣にいたはずだし。
「だーれだ?」
ちょうど背後から可愛らしい女性の声が聞こえてくる。
この声は……
「武田さん、ですか?」
私が答えると視界を覆っていた手が離れて行き、眩しい光が目に差し込む。
「惜しいっ!」
という声で私が振り向くと、そこにいたのはにこにこ笑っている永野さんだった。その後ろから武田さんもひょこんと顔を出している。
「あ、それはずるいです」
目隠ししてたのは永野さんなのに、声を出したのは武田さんとか、ずるいっ。
私が抗議の目を向けると、永野さんが相変わらず笑いながら昴さんみたいに私の頭をぽんぽんと撫でた。
「そんな不貞腐れないの。可愛い顔が台無しよ?」
「そうそう」
二人にそう言われると、なんだか自分が怒るのが間違ってるかもって思えちゃうから変な気分だ。
「こないに人多いのに、よぉ見つけはりましたね」
ボードを装着し終えた昴さんが後ろを振り返りながら言う。
確かに山頂のロッジ前だし、リフトの終点だし、人がたくさんいる中でちょうど私たちを見つけるってすごい確率かも。
「あぁ、本当にたまたまよ? そこのロッジで早めのお昼食べて出てきたら、ちょうど昴君と雪奈ちゃんがリフトから降りて来るのが見えたから『これはチャンスでしょっ!』って思って」
永野さん。チャンスって、私へのイタズラのことですか。
ついしょっぱい顔をしちゃう私とは対照的に、昴さんは楽しそうに笑った。
「そりゃ確かにチャンスやわ」
昴さんまでっ!
私の溜め息なんてお構いなしで、昴さんは永野さんや武田さんとの会話を続けている。
「それはそうと、他のお二人はどないしはったんです?」
「あ、それならあそこ」
武田さんが指差す方向にはもちろん、河合さんと浅倉さんがいる。コースの入り口でもうすっかり準備が整ってるみたいだ。イタズラが成功して喜んでる女性二人を、呆れの混じった笑顔で眺めていた。
「ねぇ、せっかく会えたんだし、今日も一緒に滑らない?」
突然の武田さんの申し出にちょっと驚いた。
一緒に滑れたらきっと今日みたいな曇りの日でもとっても楽しくなるだろうけど、みなさんは明日の朝にチェックアウトされるはずなのに。友人水入らずって言うか、仲間内だけで滑りたいとか思わないのかな。
そっと隣の昴さんを見上げて様子を窺ってみると、ちょうど昴さんも私の方を見てたみたいでバッチリと目が合う。
だけどすぐに昴さんは「えっと……」と言いながら武田さんたちの方に視線を戻した。
「オレらは別に、前みたいに早めに上がらせてもらわなあかんって以外は全然構いませんけど……でも、ええんですか? 会社休んでまでここに来はったんやし、みなさんだけで滑りたいんとちゃいます?」
気遣うように昴さんが言ったけど、言われた永野さんはあっけらかんと答えた。
「いーのよ。私たちはいっつも一緒にいるんだし。ねぇ、真由子?」
「そうそう。それに、せっかく仲良くなったんだし、みんなで滑った方が楽しいじゃない」
武田さんも頷く。
結局、武田さんと永野さんの勢いに負けて、私たちは今日もご一緒させていただくことにした。
初めて武田さんたちに会ったのって確か一昨日だったと思うんだけど、もうずっと前からの知り合いみたい。
みなさんとっても優しくて話しやすいし、私の人見知りも全然出てないし。
知り合って間もない人と一緒にいるときは、いつもだったら緊張して声も出せないのにな。
なんでだろう?
多分、二日前とは違って私もスラロームできるようになってるから、みなさんのペースを乱してるんかないかなっていう引け目をほとんど意識せずに済んでるっていうのもあると思うんだけど、それ以上に私が昴さんに影響されてるからっていうこともあると思う。
太陽みたいな昴さんの光を受けて、私もお月様みたいに明るくなれてるのかな。
だから、空はだんだんとどんより曇ってきたけど、それに反比例するみたいにすごく楽しく滑った。
「みんなどいてんか! 危ないで!」
斜面の途中、昴さんの声に振り向いてみたら、ボードの上にしゃがんだままの昴さんが喜色満面の表情で私たちの間をすり抜けて低く飛ぶ弾丸みたいに斜面を滑り降りて行った。
え? 何あの滑り方!?
「目線が低いとスピードって速く感じるんだよね」
いつもの微笑を浮かべた河合さんが、昴さんの後姿を眺めながらのんびりと言う。
「へぇ、楽しそう」
「オレもやろ」
すぐに浅倉さんや永野さんが昴さんの真似をしたフォームになると、その後を追うようにして滑り降りて行く。
私はただ唖然とその様子を見ていた。
何て言うか……二人とも、子供? 本当に社会人さん?
「まったくもー、本当に二人ともやんちゃなんだから。香蓮も黙って座ってれば美人なんだから、もうちょっとおしとやかにしてればいいのに」
武田さんが呆れたように言った。
でも武田さんも河合さんも顔は笑ってるから、楽しんでるんだってわかった。
なんとなくだけど、あの二人はいつもこんな調子なのかなって想像できるし。
スラロームで三人の後を追って滑り始めた武田さんに続いて、私もボードを傾ける。あの滑り方は真似できないけど(どうやって止まるのかわからないし)、こうやって滑ってるだけで十分楽しい。
楽しんでいる人と一緒にいると、それだけで気分が上向いて楽しくなるものだよね。
大学でもそうだもの。典子ちゃんや恵美ちゃんと一緒にいると、それだけで楽しいし、自然と笑顔になれる。
私も、自分と一緒に過ごしてくれる人にそう思ってもらえるようになりたいな。
こうやって、昴さんや河合さんたちと滑ってるのがとっても楽しくて。
だから私は、この後にあんなことが起こるだなんて夢にも思ってなかったの――