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45  冬空の日 (3)

 


 昴さんが厨房へとやって来たのは、もうほとんど朝食の準備が終わる頃だった。マスターがそんな昴さんを厳しく叱り、昴さんは悄気しょげた様子で大人しくそれを聞いていた。

 どうも、二日連続での寝坊は初めてだったみたい。

 そのせいなのかわからないけど、昴さんはその後もずっと元気がない気がする。

 今はもうもうすぐ各部屋の掃除とかベッドメイクが終わる頃だっていうのに、口数が少ない。その上、なんか遠い目をしていたり小さく溜め息をついていたり。いつもならこのくらいの時間帯になると、もうすぐゲレンデに行けるって浮き足立ってるのに。

 大丈夫かな……。


 玄関の掃除をしているとき、エントランスを通った昴さんに思い切って声をかけてみた。

「昴さん」

 昴さんが立ち止まってなんだか覇気のない表情で振り返る。

 本当に、どうしちゃったんだろう?

 昴さんが私の方に寄って来てくれた。

 私は掃除のために玄関の下に、昴さんは一段高いエントランスにいるから、もともとの背丈差もあってかなり見上げる形になる。

「あの、今日もこの後ゲレンデ行きますよね? 一緒に行きませんか?」

 昴さんは一瞬だけ驚いた顔をしたけど、すぐにいつも私に見せてくれていたニッという笑顔になった。

「もちろん、行くつもりやで。雪奈から誘ってくれたん、初めてやな」

 え…っと、あれ? そうだったかな?

 あんまり意識してなかったけど、そう言われると確かにそう、かも。

 思い出せなくて私が首をかしげていると、一瞬だけ昴さんの腕が上がりかけた――ように見えた。でも、結局ポケットの中に手を入れただけ。

 いつもみたいに、頭をぽんぽんってされるのかと思ったけど、違ったみたい。それにしては不自然な動きだったような気がするけど、きっと気のせいね。

「ほな、オレも仕事さっさと終わらすわ。大介兄ちゃんのトコにいるさかい、そっち終わったら呼んでんか」

「ええ、わかりました」

「あ、そや。今日はお天道てんとさん出てへんさかいいつもよりもずっとずっと寒いで。あったかい格好しときや」

 昴さんはそう言うと、腕を上げてひらひらと振りながら「ほな後で」とペンションの奥の方へと行ってしまった。

 ボードには行くつもり満々だったみたいだし、やっぱりいつもと変わらない昴さんのようにも思えるなぁ。

 元気がないって思ったのは、私の思い過ごしかなぁ。そうだといいんだけどな。



     *   *   *



 それにしても、今日は本っ当に寒い。

 初めてここに来た日はかなり寒いって思ったけど、いつの間にかすっかり慣れてたのに。雪国って暖房設備がしっかりしてるから、むしろ屋内にいる分には下宿してるマンションにいるときよりも快適なんだもの。

 だけどゲレンデに出てみたら、今日は今までと全然違うの。

 昴さんに寒いよって言われてたから、今日はいつもよりも一枚厚着してるし、ウェアの隙間から冷気が入ってこないようにネックウォーマーも捲いてるんだけど、それでも顔に当たる空気が冷たい。

 太陽が出てないって言っても薄曇りってだけで雪が降ってるわけでもないのに。こんなに違うもの?

「そんだけお天道てんとさんがスゴイっちゅーこっちゃ」

 二人リフトに乗って山頂を目指しているとき、昴さんが当たり前だとばかりに言った。

 昴さんが頭上へとかざす手の先に、薄い雲に隠れた太陽が白く丸く浮いている。

「地球からめっちゃ遠ぉて、あんなっこうしか見えへんのに、あの光で地球の半分が明るくあったこうなるんやさかいなぁ。今かて曇ってんのに、電気要らんほど明るいやろ?」

「ええ、そうですね」

 確かにその通りだって思えたから頷いたけど、私にはそう言ってる昴さんが、太陽みたいに明るく輝いて見えるんだけどな。

 昴さんが私の世界を明るく照らしてくれてるおかげで、今まで見えてなかった楽しいことや嬉しいことがいっぱい見えてきてるんだけどな。

 恥ずかしいから、そんなこと言えないけど。

 ぼぉっと昴さんを見ていたら、私の視線に気が付いたのか昴さんが私の方を見る。その表情をちょっと困ったように歪ませた直後、昴さんは私のウェアのフードに手を伸ばすと私の頭に被せてきた。

「ふわっ!? ちょ、何するんですか!」

 突然前が見えなくなった私は、慌てて被せられたばかりのフードを跳ね上げると、けらけらと笑っている昴さんを軽く睨んでみせた。

「変な目ぇでオレの方見てる雪奈が悪いねん」

「変って、普通に昴さんのこと見ただけじゃないですか」

「ちゃうねん。ほれ、今の目ぇは変ちゃうもん」

「それは睨んでるからですっ! 睨んでるよりも変な目ってどんな目ですか?」

「何っちゅうんやろ……。うーん、ちょっかい出したなるような目?」

「何ですかそれ!」

 本当にもうっ!

 頬を膨らませると昴さんはますます笑う。

 昴さんが、いつものように私を宥めるかのように頭をぽんぽんと撫でる。

 ずるい。それされると、不思議と怒っていられなくなっちゃう。

 ずっと思ってたことだけど、やっぱり昴さんってば私をからかって楽しんでるよね?

 よく考えてみたら、いっつも同じパターンなんだもの。

 だけどちょっとホッとしてる自分もいる。今朝、なんだかちょっと気まずくなっちゃった空気がなくなってるように感じたから。

「雪奈、もうちょっとで上に着くさかいセーフティー・バー上げるで」

 昴さんの言葉に驚いて周りを見渡す。

 あれ? いつの間に頂上まで来てたんだろう?

 昴さんといると時間経つのが早いなぁ。こんなんじゃ私、あっという間におばあちゃんになっちゃいそう。

「リフト降りたら右のコースな」

 バーを上げてくれた昴さんがそう言ってにっと笑う。私は頷くとリフトの上で身体を少し斜めにして降りやすい体勢をとる。

 ボードの裏で雪山の感触を確認してから立ち上がると、そのまま右へカーブしながらスケーティングでコースの隅に寄った。

 昴さんと隣に並んで座り、板を脚に固定する。

 締まり具合をみながらビンディングをいじっていたら、急に目の前が真っ暗になった。


 

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