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44  冬空の日 (2)

 


 よ、よかった! もう少しで起きてくれるかも?

 私は「ごめんなさいっ」と心の中で謝りつつ、もう一回だけ結構強い力で昴さんの胸を叩いてみた。

「昴さんってばっ!!」

「ぐっ…っぅ……な、なんや……?」

 あっ、やっと起きてくれたかな?

「あの、昴さん」

 私が呼びかけると、もぞもぞ動いていた昴さんの動きが止まった。と言うよりも、固まった。

 布団の中から、こっちを向いていない昴さんの顔をじっと見つめていると、昴さんがまさに『恐る恐る』という言葉がぴったりなゆっくりした動きで私の方を覗き見る。

「えっと……あの、おはようございます」

 挨拶した私の視線を捕らえた昴さんの目が真ん丸に見開かれた直後、昴さんは私を突き放して布団から飛び出すと、壁にガンッと後頭部を打ち付けるまで後退った。

 だ、大丈夫かな? 今、かなり大きな音がしたけど……。

 ようやく開放された私が、布団から這い出して服の皺を払いながら昴さんの方に手を伸ばそうとすると、昴さんは片手で頭を押さえ、もう片手で私を制しながらしどろもどろになって口を開いた。

「ゆ、雪奈? え? なっ、なんで? こんなトコいるん!?」

 なんでって……。

「マスターに頼まれて、昴さんを起こしに来たんですけど……」

「いや、そうじゃのーて! なんで布団の中にいたん?」

「それは、昴さんに引っ張られて……」

 記憶が曖昧だけど、それで合ってるよね? う~ん。曖昧と言うか、あっという間でよくわからなかったって感じだけど。

 まぁ、昴さんも完全に寝てたみたいだし、覚えてなくて当たり前だと思うんだけど……。

 どう説明したらわかってもらえるかと考えていたら、昴さんの呟きが聞こえてきた。

「うわ、サイアクや……」

 え? 最悪って……どういう意味?

 昴さんの顔を窺うと、心なしか血の気の失せてる気がする。

 泳いでいた目が私を捉えると、昴さんは言った。

「オレ、雪奈に何もしてへんよね?」

「何も?」

 って何だろう?

 引っ張られたっていうのは昴さんの言う『何も』の内に入るのかな。

 私が答えられずにいると、昴さんは落ち着きなく手や視線を動かしながら続けた。

「え? あ、せやから……ホラ、な? アレや、アレ」

 昴さんは最後に「わかるやろ?」と付け足すと、私の視線から逃れるように顔を背けつつもしきりにこちらを気にする素振りをする。

 何か、言葉に出しにくいこと? だよね。

 もしかして……。

 冷静さをまったく欠いた昴さんを見ているうちに、ようやく昴さんの言う『アレ』の内容がなんとなく想像できてくる。みんなに鈍いって言われる私だけど、一応、保健の授業はちゃんと真面目に受けてたから。

 つまり。えっと、男女の……ごにょごにょ……のことだよね?

 ――って言うか、朝っぱらから何考えてるんですか!?

 昴さんの不潔ッ!!

「おっ、教えませんっ!」

 私はがばっと立ち上がると、昴さんに背を向けて部屋を出て行こうとした。

 だけど手首を掴まれて振り返る。昴さんが膝をついたまま私を捕まえていた。

「ち、ちょお待ち、雪奈。ホンマ教えて」

 すがるようにそう言った昴さんを見た瞬間、私の胸の辺りがずんと重くなった。身体が一瞬でぼっと熱くなって、次いで急激に冷えていく。


 そんなに、イヤ、なのかな。

 私と『何か』あるなんて、考えられないってことかな。

 昴さんにとっての私は、アルバイトの同僚さんっていうだけで、それ以上の感情はないってことなんだね。


 私はふっと笑った。

「……そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。何もされてませんから。そりゃ、まぁ、驚きましたけど、でも、大丈夫です」

「ほんま、ごめんな。オレ、完全に寝ぼけててん」

「だから、大丈夫ですってば」

「ほな、許してくれるん?」

「許すって……」

 そういう問題なのかな? って思ったけど、昴さんはものすごく真剣だ。

「雪奈がそう言ってくれな、安心でけへん」

「じゃあ、『許してあげます』」

「ほんまに?」

「ええ、本当です」

 私は頷くと、まだ掴まれていた手をそっと解いて昴さんから一歩離れた。

「じゃあ、先に行ってますから、早く厨房の方に来てくださいね」

 私はそう言い残すと、逃げるように昴さんの部屋を出た。



 厨房へと廊下を歩いていたら、大きな溜め息が出た。

 わかってはいたし、期待もしてなかったけど、やっぱり昴さんにとってはあくまで私は『妹』なんだって思い知らされた気がして。

 初恋は実らないって言うけど、もう失恋してるようなもの、かも。

 ただ好きってだけで、恋にもなってなかった気がするけど。

 視界が僅かに滲んだのに気が付いて、慌ててぺちぺちと自分の両頬を叩く。

 ダメよ、雪奈。笑顔でいるって自分で決めたんでしょ?

 ペンションに来る前に自分自身に誓約立てたじゃない。これくらいでへこんでどうするの。

「大丈夫」

 自分を勇気付けようと言い聞かせるように呟く。

「がんばれるよね」

 うん、と一つ頷く。

 そうよ、アルバイトと自分の気持ちは関係ないもの。そんなことでお仕事に影響が出ないようにしなきゃ。

 そうだ、お客様の朝ご飯作るの手伝わなきゃ。

 昨日よりも昴さんを起こすのに時間かかっちゃったから、きっとマスターも浩美さんも大忙しになってるはずだ。浩美さんは身体も大事にしなきゃいけないのに。

 急いで戻らなきゃ。

 私は足音を立てないように気を付けつつ、厨房へと向かう足を小走りへと変えた。


 

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