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3   初めての出会い (1)

 


 住み込みバイトなんて、初めて。

 不安でいっぱいだけど、ドキドキもする。

 本当は、ちょっと期待してるんだ。

 この冬休み、自分にとって初めての経験をすることで、自分の中で何かが変われるんじゃないかって。

 引っ込み思案なところや、上手く話せないところが、もしかしたら、変われるんじゃないかって。

 その、きっかけになるんじゃないかって。ううん、そうしたい。

 本当は、いつも羨ましいんだもん。典子ちゃんや恵美ちゃんたちが。

 私も、周りに流されてるだけじゃなくて、もっと自己主張したいし、素敵な恋だってしたい。

 だから、自分に対して、三つの誓約を立てた。

 初めてのことでも挑戦する。弱音を吐かない。それと、笑顔でいる。

 がんばろうね、雪奈。



 雪国なんだから当たり前かもしれないんだけど、見渡す限り真っ白で、お日様が反射して眩しい。

 サングラス、欲しいかもしれない。

 どこかで売ってるかなぁ?


 改札口を出て、ちょっと周りを見渡してみた。

 ほとんど人がいない。

 ペンションから、お迎えの人が来てくれることになってるんだけどな。

 雪で、車が動かなくなっちゃってるのかなぁ?

「もしかして、あんたがワタナベさん?」

 突然、背中越しに声をかけられた。

 振り向くと、私とそう年齢の変わらない感じの男の人。

 えーっ、私、全然、慣れてないんだよ、同年代の男の人って。

 それに、この人金髪だし……。人懐っこい笑顔だけど、ちょっとコワい、かも。

 とりあえずコクコクを頷いた。

「あ、ホンマ? よかったー。遅れてもーて、会えへんかったらどーしょーかと思っとったんや。大介兄チャン、怒るとメッチャ怖いねんもん」

 ぎゃー!

 関西弁なんですけどー!

「あ、あのー、ペンションの方、ですか?」

 恐る恐る聞いてみた。

「ん? あぁ、まぁそんな感じやな。ワタナベさんと一緒や。オレもペンションに働きに来とんねん」

 ですよね。関西弁だもん。

 長野に住んでる人じゃないとは思った。

「大介兄チャン――あ、ペンションのオーナーのことな。大介兄チャンが忙しくて行かれへんなんて言いだすもんやから、急にオレが代わりに迎えに来ることになってしもてん。連絡でけへんくて、ごめんな。心細かったやろ?

 あ、そや。自己紹介が未だやったな。オレ、中野。中野昴なかの・すばるや。まぁ、しばらく一緒におることになるんやし、仲良うしたってや」

 中野さんが、手を差し出してきた。

 慌てて私もそれに倣う。

「渡辺雪奈です……」

「へー、『ゆきな』ちゃん言うんか。かっわええ名前やなぁ。べっぴんさんやし、イメージぴったりやん。ラッキーやわー」

 中野さんはそう言いながら私の手を握り返した。

 うわぁ。初めてかもしれない、男の人と握手するの。

 男の人の手って、大きいんだ。

 私の場合、男の人って言うとお父さんのしか知らないから、なんだか新鮮。

「ほな、行こか。いっつまでもこんなとこにおったら凍えてまうし。車、向こうの駐車場に停めとんねん」

 中野さんは車回しの向こう側にある平面駐車場を指差した。

 中野さんが示した方向には平面の駐車場があって、車がぽつりぽつりと停まっている。

 あそこまで、雪の中歩くんだ。

 実は私、こんなに積ってる雪を見るの、初めてなんだー。なんだか楽しいかも。

 歩き出そうとした私の手から、中野さんがサッとトランクを奪った。

「そうや。渡辺さんて、スキーとかボードとか、やるん?」

「え? あ、い、いいえ……」

「あー。もしかして、雪、初めてなん?」

「はい……」

 あの、トランク……。

 持ってもらっちゃってるんだけど、いいの?

「ほな、気ぃつけて歩きや? 滑ってまうで?」

 え? 滑るの? 平らな場所なのに?

 私はそう思ったけど、歩き始めてすぐに、中野さんがそう注意してくれた意味がわかった。

 何これ、歩きにくい……。両手でバランス取らないと、こ、転ぶ……。

 あ、もしかして。それで中野さん、私のトランク持ってくれたの?

「この辺は暖かいさかい、昼間に雪が解けて、夜になったらまた凍って、それで滑りやすぅなんねん」

 いえ、十分寒いです。

 中野さんは雪の中を歩くのには慣れているらしく、おしゃべりしながらもスイスイと進んでいく。

 それに比べて、私は一歩一歩踏み締めるみたいにして歩いてるから、ちっとも進まない。

 私、運動神経だけは、それなりにある方なのになぁ。

 うー。なんか恨めしいかも。

 中野さんが私の方を振り返ってちょっと笑った。既に間が十メートルくらい離れている。

「――渡辺さん、そこでちょぉ待っといてんか。動いたらあかんよ?」

 中野さんが私に向かって呼びかけ、先に行ってしまった。

 確かに、下手に動くと転んじゃいそうだから、私は言われた通り大人しく待つことにした。

 中野さんの姿が、車の影に隠れて見えなくなる。

 まさか、置いて行ったりしないよね?

 ちょっと不安だったけど、動くとやっぱり倒れちゃいそうで。

 うぅぅ、もどかしい……。

 まさか、バイト始める前に、こんな苦労するとは思わなかったわ。

 しばらくすると、中野さんが手ぶらで戻って来た。

「お待たせ。トランクが邪魔やったし、先置いてきててん。ほら、オレに掴まっとき。ほんなら転ばへんよ」

 中野さんが自分の左腕を差し出してくれた。

「えっと……」

 この腕に掴まれってことだよね?

 でも、いくらこんな非常事態だからって、そんな、男の人の腕とか普通に掴んじゃっていいものなの?

「オレの腕じゃ、あかんか?」

「えっ? いやっ、あの、全然っ、そうじゃないっですっ」

 私は右手でそっと中野さんの腕に触れた。

 中野さんが右の手で私の手を取って、自分の腕にしっかりと絡める。

 うわーっ! うわーっ! 恥ずかしいよぉぉ。

「ほら、もう大丈夫やろ?」

 中野さんの言うとおりだった。

 ぐらぐらしていた私の身体が、途端に安定した。

「ほんとだ……」

「雪の上歩くのってコツがあんねん。すぐ慣れるわ。それまで掴まっとき」

 そして、二人で一緒に、車があるっていう方向へ歩き始めた。


 

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