33 寝坊の目覚まし (1)
ピピピピ! ピピピピ! ピピピピ……
ケータイにセットしていた目覚ましアラームが、今朝もまた鳴り始める。朝が来たんだ。
でも。
うー、眠いよー。もうちょっと寝てたい……。
確実に睡眠不足だ……。
止める人がいないからアラームは相変わらず鳴り続けている。
仕方がなく、私は腕を伸ばしてアラームを止めた。
ふぅ、ようやく静かになった。
もうちょっと眠ってたいけど、起きなきゃ。遊びに来てるわけじゃない、お仕事しに来てるんだもん。働かなきゃ。
寝返りを打って両手で目を擦る。
昨夜、森田さんのお宅から帰ってきたのは、もう日付を越えてからだった。その後お風呂に入ってお布団に入ったところまではいいんだけど、それからが大変だった。
なんだかよくわからないんだけど、なかなか寝付けなくて。
すごく綺麗な星空を見たせいで神経が高ぶっちゃったのかな。でも、本当にすごかったんだもん。降って来そうって思うくらい。
ケータイで時間を確認するのを我慢しつつ、何度も何度も寝返りを打って……、気がついたら目覚ましがなっていた。
多分、少しは眠れた、と思う。うん、眠れたはず。そう思い込もう。
私はようやく身体を起こし、お布団から這い出した。
昨日の朝はあんなにひどかった筋肉痛も、少し和らいでる。少しだけどね。
雪の上で身体を使うのが、ちょっとは上手になったのかもしれない。そうだったらいいな。もうちょっと滑らかにスラロームが滑れるようになればいいなって思うから。
昨日の朝の反省を活かして、今日はちゃんとパーカーを着てから洗面所へと向かった。隣の部屋から音がしないところを見ると、昴さんはもう起きているみたいだ。
身支度をして厨房に行くと、もう調理を始めてるマスターと浩美さんがいた。
「おはようございます」
私が声をかけると、二人が私の方を見てにっこりと微笑んでくれた。
「おはよう、雪奈ちゃん」
「おはよう。昨夜眠れた?」
「それが、あんまり……」
私は苦笑いしながらシンクに立って、サラダ用の野菜を水洗いし始めた。冷たい水に一気に目が覚める。
「やっぱりね。森田さんのお家から帰ってきたとき目がキラキラしてたから、あーこれはなかなか寝付けないだろうなって思ってたの。だから、起きて来てくれて吃驚しちゃった」
浩美さんはそう言って笑った。
えっと、私、そんな風に思われたのかな? 確かにここに来てからずっと、すごく楽しませていただいてるけど、一応、アルバイトしに来てるって自覚はあるんだけどな。
「本当にえらいよ、雪奈ちゃんは。昴なんてまだ起きてないもんな」
え、昴さん、まだ起きてなかったの?
隣からまったく音がしなかったから、とっくに起きたんだと思ってた。
確かにいつもならこの時間は厨房で朝食の仕度を手伝ってるけど、いないのは、別のお仕事をしてるからかなぁって。
「まったく……。アイツの分の朝食作るの止めるか。働かざる者食うべからずって言うしな」
マスターのぼやきに噴き出しそうになりながらも、手はしっかりと動かし続けた。
冷たいのを我慢して、水の張ったボウルに手を突っ込みながら野菜を洗う。真っ赤になった手でザルに上げて水を切って、食べやすい大きさに切ったらサラダボウルに移す。
そういえば、いつの間にか、朝食のサラダ作りは私のお仕事になってる気がする。
『任せてもらえてる』っていう気がして、なんだかちょっと嬉しい。マスターお手製のドレッシングをかけたら、サラダは出来上がりだ。
サラダを作り終えても、昴さんは起きてこなかった。
もしかしたら、身体の具合でも悪くしてるのかな……? まさか、ね。昨日まではあんなに元気だったもんね。
それでも不安を拭いきれない私に、マスターが苦く笑いながら言った。
「雪奈ちゃん、本当に悪いんだけど、昴を起こしてきてくれないかな」
「え? ええ、いいですけど……」
もうちょっとしたらお客様への給仕を始めなきゃいけないんだけど、いいのかな。
そうは思いながらも、手を拭いて厨房の出口へと向かう。
「悪いね。昴が起きたらすぐ戻ってきてね。あ、なかなか起きないようだったら蹴っ飛ばしてくれていいから」
火のついたコンロの前で、マスターが脚で蹴る真似をする。浩美さんはその隣でくすくす笑っていた。
相変わらず手厳しいなぁ。
私は苦笑しながら頷いて、昴さんの部屋へと向かった。
私の使ってる部屋のお隣が、昴さんが寝泊りしている部屋だ。
寝泊りと言うのは本当にそのままで、寝るとき以外、昴さんはペンションのお仕事を手伝っているか雪山にいるかのどちらかしかないって言えるくらいに、あんまり部屋を利用していない。
部屋の前に立つと、私は扉をノックした。
「昴さーん、起きてください。朝ですよ?」
予想はしていたけど、中から返事はない。
私はもう一度ノックした。やっぱり返事どころか人の動く気配すらない。
うーん……やっぱり直接起こさなきゃだめかなぁ。もちろん蹴り飛ばしたりはしないけど。でも、起きてもらわなきゃ困るし……。
「昴さーん」
ずーっとノックしてるのにやっぱり何も反応がない。
ちょっと虚しくなってきちゃった、かも。
「開けちゃいますよー」
私はノブを回して、昴さんの部屋のドアを開けた。