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32  星空の鑑賞会 (6)

 


 森田さんの声に呼応して、ポインタが、私たちのよく知ってる星座を囲むように動いた。

 次いで、森田さんの声が聞こえてくる。

「あれはすぐわかるよね。オリオン座。ベルトとそれを囲むように四つの星がある。右手に棍棒、左手に毛皮を持っているから、本当はもう少し大きいけどね。

 それと、その左下がおおいぬ座。その左上のこれがこいぬ座。この二匹の犬は、オリオンの猟犬って言われているんだ。

 オリオンの右肩のベテルギウスと、おおいぬ座のシリウス、それとこいぬ座のプロキオンを結ぶ三角形が冬の大三角だね」

 説明と共に、ポインタが的確に動く。


 私はその動きを見ながら、星と星を繋ぐ線を頭の中で描いた。それと一緒に、昔読んだ星座の本を思い出していた。

 こんな風に、星を見上げるのって久しぶりだ。最後に見たの、いつだったかなぁ。


 森田さんは本当に星が好きみたいで、星座にも星の名前にもそれらにまつわる話にも詳しかった。

「オリオン座のベテルギウスはね、近い将来に超新星爆発を起こすって言われてるんだよ」

 森田さんの言葉に、そこここで「えっ?」という声が上がる。

「そうなんスか?」

 浅倉さんが尋ねる。河合さんも興味深げに言う。

「そういえば、そんな話、聞いたことあるなぁ」

「星自体がここ十五年で十五パーセントも収縮しているっていう観測結果が出ているし、形も変わってきているらしくてね。早ければ二年以内に爆発するだろうって予測している学者もいるんだよ」

 そうなんだ。へぇ……。

「爆発したら、どうなるんです?」

 昴さんが言った。

 そうだ。そう言えばそうだ。どうなるんだろう? 気になる。

 森田さんは、ふふふっと笑いながら答えた。

「さぁて、どうなるんだろうねぇ? それは僕も知りたいところでね。ちょっと調べたら、いろんな説があったんだよ。爆発して数週間は夜も明るくなるとか、昼間は太陽が二つあるように見えるとか……」

「へぇ」

「この件は、世界中の学者が注目してることは確かだよ。肉眼で確認できるところでの大規模な超新星爆発なんて、生きているうちにお目にかかれる方が奇跡なくらいだからね。僕も楽しみにしているんだ」

 森田さんはとっても楽しそうだ。

 生きている間に超新星爆発が観測できるかもしれないっていうのは、きっとすごいことなんだと思う。だけど。

 うーん、私としては、オリオン座がオリオン座じゃなくなっちゃうのは、ちょっと寂しいかな……。

「親父、星の話してるときは本当に楽しそうだよなぁ」

 私の右隣から、晴人さんのぼやきが聞こえてきた。

 その言い方がなんだかおかしくて、私は声を出さないように気をつけつつ微笑んだ。

 晴人さんの声は昴さんにも聞こえたみたいで、昴さんもくすりと笑う。

 それと同時に、私が体重を預けるようにして床に付いていた左腕に、トンっと何かが触れた。

 多分、昴さんの肩、だと思うんだけど。

 さっきと同じですぐに離れていくだろうと思った私は、そのままにする。

 でも。

 ……あれ? 離れない?

 気付いてないのかな。

 どうしよう、なんだか、落ち着かないんです、けど。


 そんな私をよそに、森田さんの説明はなおも途切れることなく続く。

「オリオンの左膝の星はリゲル。そして左手の先にある明るい星がアルデバラン。おうし座の一部だよ。おうし座の隅にぼぉっと見えるのがプレヤデス星団だね」

「オレの星や」

 隣で、昴さんが呟いた。

「え?」

 思わず、昴さんの方を向く。

 昴さんは、首だけをこちらに向けていた。微笑んでいるのがわかる。

 それくらい近くに、つまり私が思っていた以上に近くに昴さんの顔があったのに驚いて、私の身体が強張った。

 でも、昴さんは私のそんな状態には気付かなかったみたいだ。

「プレヤデス星団の和名、『すばる』やろ?」

 そう言うと、また星空を仰いだ。

 ちょっと、ほっとする。

 はぁ、ビックリした。心臓に悪い……。

 暗がりの中だけど、昴さんの表情がはっきり見えたもの。相当、近かったんだよね?

 今さらだけど、頬に熱を感じてくる。

 うー。部屋が暗くてよかった。明るかったら、またからかわれちゃうもの。


 それにしても、そうだ。そういえば、そうだ。

 プレヤデス星団って、すばるだ。

 昴さんの名前、もしかして、プレヤデス星団から取ったのかな。

 だけど、『オレの星』って。ちょっと言いすぎ、かも……。

 昴さんの横顔をちらりと見て、私もまた、視線を夜空へ向けた。


 なおも丁寧に説明を続けてくれる森田さんに向けてか、河合さんの声がする。

「大三角の上の二つある明るい星は何ですか?」

「あれはふたご座だよ。それぞれ、カストルとポルックスって言うんだ」

 また赤いポインターが動き、二つの星の位置を教えてくれる。

「俺、ふたご座なんだよねー」

 右隣から晴人さんの声が聞こえてきた。

「晴人って、何月生まれなん?」

 今度は、私を挟んで左側からの声。この関西弁はもちろん昴さんだ。

「六月」

 晴人さんの答えに、私は目を丸くする。

 星座が見える時期と、誕生星座って、全然関連性がないんだ。ふぅん。

「へー。星座が見える月ってわけじゃないのね」

 同じことを思ったらしい武田さんの声が聞こえてくる。

 森田さんが少し笑って言った。

「誕生星座っていうのは、元々はその人が生まれた時期に『太陽が存在している位置の星座』なんだよ」

「あ、そうなんですか」

「まぁ、地球の公転が正確に三百六十五日ってわけじゃないから、それもだんだんずれてきてしまっているだろうけどね。

 あぁ、ちょうどふたご座の星も紹介できたし、冬のダイヤモンドを教えておこうか」

 森田さんはそう言いながら、またポインタを動かした。

「冬のダイヤモンド?」

「初めて聞きます」

「大三角ほど有名じゃないからねぇ。でも、覚えてしまえば見つけるのは簡単だよ。

 おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のポルックスとカストル、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン、オリオン座のリゲル。この七つの星を線で結ぶとダイヤモンドの形になるだろう?」

「あ、ホントだ!」

 武田さんが嬉しそうに言った。


 そんな風にして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 その間ずっと、昴さんの肩は、優しく暖かく私に触れたままだった。


 

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