31 星空の鑑賞会 (5)
私は晴人さんに渡されたブランケットを手に、一人部屋の壁際に座る。
床が暖かい。腰を降ろしてようやくそのことに気が付いた。
絨毯を撫でながら、私が呟く。
「あったかい……」
それが聞こえたみたいに、森田さんがにこにこしながら昴さんにクッションを渡して言った。
「君たちが来る前に床暖房をつけておいたから。そろそろ効いてくる頃だと思うよ」
それを聞いて、みなが口々に森田さんにお礼を言う。
本当に、いい人だな。
そんなことを思っていたら、階段から女性の声が聞こえてきた。
「ちょっといいかしら? 飲み物を持ってきたのだけど」
森田さんの奥さんだ。階段を上ってきた奥さんは、大きなお盆にたくさんのマグを載せている。とっても重そう。
「ありがとうございます」
それを見た武田さんが素早く立ち上がって奥さんの方へと寄っていく。
私も立ち上がってブランケットを足元に置いた。
「晴人、母さんを手伝え」
森田さんに言われた晴人さんが、「はーい」と返事しながら奥さんの下へと寄り、奥さんからお盆を受け取った。身軽になった奥さんがほっとしたように微笑む。
飲み物を持った晴人さんのところへ向かう途中、クッションを抱えた昴さんとすれ違った。
「雪奈、オレのんも頼むわー」
「あ、ハイ。何にします?」
「ココア」
「わかりました」
意外。昴さんって、甘いもの、大丈夫なんだ。
私もココアにしようかな。
こんな素敵な部屋で、暖かくて美味しいココアを飲みながら、星空を観るなんて、なんだかすごく贅沢してる感じがする。
そんなことを考えながら両手でお盆を持つ晴人さんの前に立つと、晴人さんがにこにこと上機嫌で声をかけてきてくれた。
「雪奈ちゃん、どれにする?」
「あ、えっと、ココアにしようかな、って……」
「じゃあ、雪奈ちゃんから見て右にあるマグだよ」
私はお盆の上からココアのマグを二つ受け取ると、次の人のためにとりあえず立っている場所をずらした。
昴さん、どこかな。
部屋の中を見回すと、人がいっぱいにもかかわらず、すぐに見つかった。さっき私がブランケットを置いた場所の、すぐ隣にいる。
もうすっかりくつろいだ様子で、クッションを背に床に座っていた。
ほこほこと湯気の出るマグを両手に、その場所へと戻る。そして床に膝を着くと、片方のマグをすっかり昴さんに差し出した。
「ありがとぉ、雪奈」
「熱いですから、気をつけてくださいね?」
私がマグの取っ手を持っちゃってるから、昴さんが手にするところは熱いはず。
「ん」
昴さんは右手を伸ばし、慎重な顔つきでマグを受け取った。
片手が空になったところで、私は自分の分のココアを床の隅の方に置くと、昴さんの右隣に腰を下ろす。そして、ブランケットを膝に被せ、またマグを手に取った。
「……言うてくれたら、オレが持ってたのに」
「え?」
昴さんが何か呟いた気がして、私は聞き返した。
「なんでもない。気にせんといて」
昴さんが苦笑する。
なんだか腑に落ちない。
だけど、そんなもやっとした気分は、聞こえてきた別の声に掻き消された。
「雪奈ちゃん、隣、いい?」
声のした方を見上げると、笑顔の晴人さんが立っていた。飲み物を配り終えたんだ。私の右隣を指差している。
「ええ」
私が答えると、晴人さんは一瞬だけ昴さんの方に視線を走らせながら、例の嬉しさを前面に押し出した子犬のような表情で、私の隣に腰を下ろした。
「――さて、そろそろ電気消すよ?」
今度は森田さんの声が聞こえてくる。いつの間にか、森田さんは電気スイッチの脇に立っていて、部屋の中の様子を確認していた。
私と昴さんと晴人さん、河合さんに武田さんに、永野さんに浅倉さん、そして奥さん。みんながめいめいの場所に落ち着いたことを確認してから、森田さんが部屋の照明を消す。
当たり前だけど、急に、真っ暗になった。
さっきまで明るかったから、目が慣れなくて。
何度か瞬きしているうちに、だんだんと馴染んでくる。
朧気に、闇の中をうごめくみんなの姿が影のように見えてきた。
左肩をとんとんと叩かれ、耳元に昴さんのささやき声が聞こえてくる。
「雪奈、上、見てみ?」
上?
言われて見上げた私の口から、ため息が漏れた。
「うわぁ……」
ガラスでできたとんがり屋根の向こうに、文字通りの、満天の星空が広がっていた。
数え切れないくらいに、すごくたくさんの星々がきらめいている。
こんなにたくさんの星、見たことがない……。
本当に、見惚れる。
「きれい……」
「だろ?」
晴人さんが、また自慢げに言った。
他の人たちも空の様子に気付いたみたいで、部屋の中が少しざわつき始める。
私が星空に見入っていると、昴さんが隣で少し動いた。
その拍子に私の肩に昴さんの身体がとんっと当たる。反射的に、昴さんの方に顔を向けた。
いつの間にか、この暗さにも随分慣れてきていたから、昴さんの表情がうっすらと見える。
「あ、すまん」
昴さんは私の方を見て謝ると、また身体を動かしてぶつからない程度の位置に落ち着いた。
私はまた、空を仰ぎ見る。すると、天井のガラスに、赤い光の点が映った。
「みなさん、これ、見えます?」
森田さんの声に合わせるように、赤い点がガラスに円を描くように動く。
レーザーポインターだ。大学の授業で、先生がときどき使ってるのと同じだ。
「ええ」
「見えますー」
「はーい」
口々にみなが肯定の言葉を発する。
「じゃあ、今見えてる星の説明をするね。知ってると、また違う楽しみ方もできると思うから」
森田さんはそう言い、ポインタを動かし始めた。