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30  星空の鑑賞会 (4)

 


「すみませんね、こいつ、本当にバカで」

 森田さんが、晴人さんの腕を引っ張って私から引き剥がす。そしてそのまま晴人さんをヘッドロックしながら私に向かって言った。晴人さんは苦しいらしく、手をばたばたとさせ始める。

「あ、いえ……」

 私は慌てて手を胸の前で小さく振った。

 そんな私の隣に、昴さんがため息をつきながら戻ってくる。

「雪奈、大丈夫か?」

 小声で聞いてきてくれた昴さんに、私は苦笑しつつも頷いた。

 確かにびっくりした。けど、多分、平気。うん。

 気持ちを落ち着かせてから森田さんに視線を戻す。その腕の中で、晴人さんが相変わらず手をばたつかせていた。

「ちょっ、親父っ、オトーサマッ、苦し…、マジ苦しいって!」

 晴人さんの声に、森田さんは「おっと」と言いながら腕を放した。晴人さんが深呼吸する。

 森田さんがこほんと咳払いした。

「えー。みっともない恥ずかしいヤツですが、うちの息子です」

「森田晴人。大学二年です」

 森田さんが紹介すると、晴人さんはふざけた態度から一変して、ぴしっと礼をした。

 その急変っぷりにもびっくりしたけど、年齢にはもっと驚いてしまった。

 晴人さんって私と同じ年齢なんだ。もっと下かと思った。高校生とか、それくらい。なんか、ちょっと、いや、とっても、ヤンチャそうだし。

 それにしても、なんだか森田さん親子って、昴さんとマスターの関係に似てる、かも。いい親子だけど、同時にお友達でもある、みたいな素敵な関係。

 私は微笑ましく思いながら、森田さん親子を眺めた。

 昴さんが代表して、簡単に私たちを紹介する。昴さんが手で私たちを示すのに合わせて、私たちは会釈した。

「こちらは河合さんと浅倉さん。それと、永野さんと武田さん。四人はペンションのお客さんやねん」

 最後に、昴さんはいつものように、私の頭をぽんぽんと抑えるように触れながら言った。

「で、この子は雪奈。浩美さんがアレでペンションの人手が足りひんさかい、アルバイトとして来てもろてんねん」

 にっこりと笑いながら晴人さんの方を見る。

 晴人さんはすっごく嬉しそうな笑顔を浮かべて、私たちの方を見返した。

 その表情が、私には、なんだか恵美ちゃん家のワンコみたいに見えた。前に、お家に遊びに行ったときに会ったワンコ。「お散歩行こうか」って恵美ちゃんが言ったときの、あのとっても嬉しそうな「本当? ねぇねぇ、早く行こうよぉ」ってじゃれてくる、あの表情にそっくりだったから。

 それを思い出して、私は知らず微笑んだ。

「つまり、昴のカノジョってわけじゃないんだよな?」

「なんやねん、晴人、イキナリ……」

 晴人さんの問いに、昴さんが訝しげに言うのが聞こえてきた。

「雪奈ちゃん」

 昴さんの言葉を遮るように、晴人さんに名前を呼ばれて我に返る。気がつくと、私はまた晴人さんに腕を取られていた。

「え?」

「展望室、三階なんだ。先に行こうぜ」

「えっ、あ、あの……」

 私が返事をする前に、晴人さんは私の腕に引っ張る。それに引き摺られるように私の脚が動いた。

 歩きながら、みんなのいる後ろを振り返る。

 苦笑しながら私たちを見送る森田さんと河合さんたちに混じって、とっても、とってもとっても珍しく、仏頂面をする昴さんがいた。



 晴人さんに腕を掴まれたまま、とりあえず二階に上がらせていただく。そこにあったのは、廊下といくつかの扉。さらに上に続く階段は、どこにもない。

 どうやって上るんだろう?

 そう思っていたら、晴人さんが廊下をずいずいと進み、一番隅っこにある扉を開けた。

 狭い上に、真っ暗……。

 晴人さんが扉の脇にある電気のスイッチを入れると、上に続く階段が見えるようになった。

 あ、ここが、展望室への入り口なんだ。

 私が納得するまもなく、そのまま、晴人さんは当たり前のように私を引っ張りながら上っていく。

 階段を上り切ったところで、晴人さんはようやく私の腕を離した。そして、振り返りながら言った。

「はい、着いた」

「うわぁ……」

 ため息のような声が漏れ、私はその部屋を見回す。


 晴人さんに案内された『展望室』は、私が想像していたものとはまったく違っていた。


 廊下も扉も何もなく、もうそこは、部屋の中だった。十畳くらいの部屋だ。

 展望室とは言うものの、造り自体は屋根裏部屋って言った方が近い。床は絨毯が隙間なく敷かれているし、空調もちゃんと設えられている。クッションやブランケットが部屋の隅に綺麗に並べられ、小さめの丸いカフェテーブルが部屋の中央に置かれていた。

 ただ、普通の部屋とは違う点も多い。

 まず、一番目に付くのは部屋の形。八角形だ。四角い部屋の角を削ぎ落としたような形をしている。

 それに壁と天井。壁って言える部分は、床から五十センチ分くらいしかない。そこから上は、八角錐の天井だ。東西南北の方位をわざと外した部分だけが(斜めにはなってるけど)普通の天井で、残りは全部ガラス張り。壁や天井のガラスじゃない部分は、ログハウスみたいに板の目がそのままになっていた。

 床暖房も完備されているみたいで、足の裏が暖かい。天井までの高さはあまりないけど、その分、保温がしっかりされる感じがする。

 私は部屋を見回しながら、その場で一周してみた。

「すごい、ですね」

「だろ?」

 晴人さんはどこか自慢気だ。

 森田さんは、息子さんからは相手にされてないって言ってたけど……それは黙っておいた方がいい、よね。

 私が晴人さんの言動に苦笑していると、階段の方から賑やかな声が聞こえてきた。わざわざ確かめなくても、昴さんやみんながこの展望室に上ってきたんだとわかる。

 そして私の予測どおり、森田さんを先頭に、昴さんや河合さん、武田さん、永野さん、浅倉さんが部屋に入ってきた。

「天井が低いから、さすがにこの人数だと窮屈だね」

 そう言いながらも、森田さんは嬉しそうににこにこと笑いながら、私たちにブランケットやクッションを配る。

 私たちはそれを受け取って、それぞれ適当な場所に散った。


 

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