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29  星空の鑑賞会 (3)

 


 私たちが乗り込んだのは白いワゴン。私がここに初めて来たときに昴さんと乗った、あの車だ。

 この車は、普段、電車でいらっしゃるお客様を駅まで送迎したり、食材の買出しに行くのに使われている。もともととっても大きな車だから、昴さんと私、それと河合さん、浅倉さん、永野さん、武田さんが乗っても、まだまだ広さとしては余裕だった。

 もちろん、昴さんが運転席。私は助手席だ。後ろのシートを覗くと、例によって女性が真ん中の列、後ろの列には男性二人が座っている。

「みなさん、シートベルト締めはった? ほんなら、車出しまっせー」

 昴さんはバックミラーで後ろの席を確認すると、ギアをドライブに入れた。



     *   *   *



 森田さんのお家は、車で十分とかからないところにあった。

 って言っても、雪の上を危なくないようにゆっくりと進んでの十分だから、雪のない時期なら数分で着いちゃうと思う。そんな距離。

 昴さんはもう何度も来ているみたいで、森田さんが空けておいてくれた家のガレージに切り替えし一回だけで駐車を終えた。

 みんなで車を降りて、ガレージから家の入り口まで移動する。インターフォンを鳴らしてしばらく待っていると、「はーい」と反応が返ってきた。

「中野ですー。遅くなってもーて、えらいすんません」

 あ、そういえば、昴さんって『ナカノ』って苗字だったっけ。もうすっかり、名前で呼ぶのに慣れ切っちゃってるなぁ。

 そんなことを考えている内に、森田さんの家の玄関扉が開く。中から出てきたのは、中年の、優しそうなおじ様だった。多分、マスターの一回りくらい上だと思う。

「おぉ、昴君。待ってたよ」

 昴さんを見てそう言った後、森田さんは私たちの方を向いた。

「君たちのことも中野さんから聞いてるよ。あまり広くない家だけど、どうぞ。外は寒いから、早く中に入って入って」

 森田さんに追い立てられるようにして、私たちはとりあえず家の中に上がらせていただいた。

 通されたリビングで、私たちは改めて森田さんにご挨拶する。

 奥からは奥様も出てきてくれた。これまたおっとりした雰囲気の奥様だ。

「あの、誘っていただいて、ありがとうございました」

「突然、ご無理言って僕たちまでついて来てしまって、すみません」

「いや、いいんだよ。ただの趣味でやってることだからね。それに、息子からは全然相手にされないんだ。昴君や、他の興味があるって言ってくれる子たちが来てくれて、本当に嬉しいよ」

 森田さんは、ちょっと出ているお腹を楽しそうに揺すった。


 森田さんのお家のリビングは、多分二十畳くらい。白い壁にフローリング、その上にムートンの絨毯が敷いてあってとっても暖かい。

 壁際にはテレビとオーディオセット。それに、写真がたくさん飾られていた。


「ちょっと待っててね。今、暖かい飲み物出すから。コーヒーがいいかしら? それとも紅茶? ココアも緑茶もあるわよ」

 奥様は明るい声でそう言ってキッチンの方へと歩いて行く。

「あ、気にせんといてくれてええよ、おばちゃん。お構いなくー」

 昴さんが声をかける。

 そのとき、だだだだだっと言う音が近づいてきた。明らかに階段を駆け下りてくる音。その音の主は、最後にどんっ! と一際大きな音を鳴らすと、リビングのドアをバタンと開けた。

「昴!」

 大きな声と共にリビングに突進して来たのは、私や昴さんよりもちょっとだけ若そうな男の子……。

 多分、背は昴さんと同じくらいか、少しだけ低い。ちょっと長めの茶色い髪と、冬なのに日焼けしたままの肌の、すごく活発そうなイマドキの男の子だ。

「おう、晴人はるとやん。久しぶりやなぁ」

 昴さんが破顔した。

 晴人と呼ばれた男の子が昴さんに近づく。そして、二人で笑い合いながら、腕と腕をぶつけてじゃれ合った。

「夏以来だろ?」

「ほな、半年振りかぁ」

 そんな二人を見ながら、私はなんとなく、後ずさりしちゃう。

 怖い、わけじゃないんだけど。まだまだ、初対面の男の人には、すぐに慣れられないんだなぁ、私。

 そういえば、河合さんにはすぐ慣れたのに、ね。今日、いっぱいおしゃべりもしたし。

 不思議だ。

 浅倉さんとは、一対一での会話なんて絶対にできないのに。

 そんな風に遠巻きに二人を見ていたら、晴人さんと目が合った。


 晴人さんの目が、真ん丸になった。

 そして目は私を捉えたまま、昴さんの胸倉を掴んでガクガク揺らす。

「なぁ、おい、昴。あの子、誰?」

「ち、ちょぉ、晴人。やめぇや」

 その声が届いたのか、晴人さんが手を離して昴さんを解放する。それでもずっと私の方を見たままだ。


 え? え、え? 私、なんか変?


 ようやく自由になった昴さんは、ほっとしたようにため息をつくと、晴人さんの凝視する方――つまり、私と、その後ろの河合さんたちを見た。

「ああ、手前の子がペンションにバイト来てくれてる子で、後ろの四人はペンションのお客さん。森田さんがええよって言うてくれたさかい、つれて来てん」

 晴人さんは昴さんが言い終わる前に歩き始めた。

 私を見たまま。

 まっすぐに。

 私の方へ。


 え? 何? 私……何かした? してない、よね?

 後ろへ後ずさりたくても、後ろには河合さんたちがいるし……。

 困ってうろたえている間に、晴人さんは私の真正面まで来た。

 そして、晴人さんは、うろたえる私の両手を取って、私を真っ直ぐに見つめて、言った。


「やっべぇ。お姉さん、すっげー可愛い。超俺好み。ストライクゾーン、ど真ん中! ねぇねぇ、俺と友達になってくれる? 名前聞いてもいい? 今、彼氏いる? 俺と付き合わない? ケータイ教えて?」


 え…っと……。

 はい?

 え? え? え?

 状況が、よく、飲みこめないんです、けど。


「こら!」

 すぱぁん!

「いでっ!」

 『こら』は森田さんの台詞、『すぱぁん』は森田さんが晴人さんの頭を軽く叩いた音。『いでっ』はもちろん晴人さん。

 晴人さんは私の手を離し、叩かれたところを摩っている。

「まったくお前は……」

 森田さんはため息をつくと、晴人さんの腕を掴んだ。


 

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