28 星空の鑑賞会 (2)
そのとき、勢いよくラウンジのドアが開いた。
「いやー、まさかフロントガラス凍るとは思わへんかった。油断したわー」
「まったく、だから影に置いておけって朝言ったじゃないか」
入ってきたのは、もちろん昴さん。それと、その後ろにはマスターまでいる。
「雪奈、おまたせー! って、あれ?」
昴さんがラウンジの中に私を見つけて声をかけてくれる。
「昴さん」
私は思わずソファから立ち上がった。
昴さんは私と、その周りにいる河合さんたちを見てキョトンとし、次に目を細めて笑った。
「なんや、えらい賑やかやなぁ」
そんなことを言いながら、昴さんとマスターが私たちの方まで歩いてくる。
「いいなー、星見に行くんですって?」
武田さんが昴さんに言うと、昴さんが答える。
「ええ、そうです。大介兄チャンと仲良うしてるご近所さんが、ご好意で毎年見せてくれはるんですわ」
「毎年?」
武田さんの質問に昴さんは頷き、マスターに「な?」と視線を投げかけた。マスターもにこにこしながら頷く。そして口を開いた。
「そうだ。みなさんも行かれますか?」
武田さんの目が輝いた。
「えっ、いいんですか?」
「森田さんなら大丈夫。大歓迎だよ。あの人、人をもてなすのが大好きな人だから」
マスターはそう言って笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
河合さんが言い、軽くお辞儀する。他の三人もそれに習って頭を下げた。
「いやいや、それは森田さんにやって。俺は森田さんに『お願いします』って電話するだけだから」
なんだかマスターの方が恐縮しちゃってる。
でも、今日のゲレンデに引き続いて、この素敵な人たちと一緒に過ごせるって思うと、私は嬉しくなった。
「ほな、車ん中、寒いさかい、ジャケットかコート持ってきてください」
昴さんが言い、河合さんたちは急いで自分たちの部屋に戻って行った。
その間に、マスターが森田さんに電話する。マスターが電話しながら笑ってる。マスターの言うとおり、森田さんは人が増えても全然気にしないみたい。
やっぱり、いい人の周りにはいい人が集まるんだろうな。
私と昴さんは先に車に向かうことにした。
「行ってらっしゃい、楽しんでおいで」
受話器の口を手で押さえながらそう言って見送ってくれたマスターに手を振って、私たちは外に出た。
雪は降ってないけど、やっぱり外はすごく寒い。って言うか、冷たい。
息を吐いたら、その白さが綺麗に見えた。
その霧のような靄が、なんか、きらきら輝く。
――ん? 輝く? なんでだろう?
私は、立ち止まってその光源の方を見た。
「うわぁ……」
ペンションのエントランスのすぐ脇。
そこにあったのは、白銀の、クリスマスツリーだった。
もともとペンションの敷地にある木だ。葉っぱはないけど、枝や幹に雪が積もって、真っ白になっている。その木に、温かみのある黄色の小さなライトが蒔きつけられていて、天辺から地面までは円錐を形作るみたいに垂れ下がっていた。
とっても幻想的なクリスマスツリーだ。
いつも、この木の隣を通ってるのに、全然気付かなかった……。
「きれい……」
そう呟いた私の声が聞こえたのか、前を歩いていた昴さんが振り返ったのが、目の隅っこで見えた。
「ん? あぁ、これか?」
しゃくしゃくという雪を踏み締める音で、昴さんが私の方に近づいてきているのがわかる。そのまま、すぐ隣に立った。
私は昴さんを見た。昴さんの方が背が高いから、当然見上げなきゃいけないんだけど。
その昴さんの顔が、ライトに照らされていた。
「お庭に、こんな素敵なクリスマスツリーがあったんですね」
「今朝、大介兄チャンと作ったんやで。綺麗やろ」
「ええ、とっても」
私は頷いて、またツリーに視線を戻した。
そう言えば、朝ごはん食べた後、なんか外で作業するって言ってたような気がする。
これ、作ってたんだ。
「いつもやったら、オレがこっち来てすぐ作るんやけど、今年はいろいろとあったさかいになぁ。作んの遅うなってん」
クリスマスツリーを飾るライトが、ランダムに点滅を繰り返す。そのまましばらく、私と昴さんは、二人並んでツリーを見つめていた。
やがて、ペンションの出入り口の扉が開いて賑やかな声が聞こえてくる。
「あぁ、やっとみんな来はった」
昴さんが言い、ペンションの方を見る。河合さんたち四人が、身を寄せ合いつつもわいわい言いながら、私と昂さんのいる方へと歩いてきた。
「ごめんね。我が侭言った上にお待たせしちゃって」
河合さんが私たちに向かって言う。
「ええですよ。気にせんといてください」
昴さんが答えるのが、背中越しに聞こえてくる。
武田さんが、私たちの身体の向きに気付いて、ツリーを見上げた。
「あぁ、ツリー見てたのかぁ」
「このツリー綺麗だよね。今日ゲレンデから帰って来たときに、私たちも見てたんだ」
永野さんも言う。
みなさん知ってたんだ。気付かなかったの、私だけかぁ。
「私、こんなところにツリーがあるなんて全然気付きませんでした」
私が言うと、昴さんが苦笑する。
「雪奈はツリーが光うてる時間に外に出えへんのやし、それもしゃーないと思うねんけど」
確かにペンションの扉とかそこに続く道からは数メートル離れてるから、それはそうかもしれないんだけど。それでも、普通は気付くよねぇ?
……私、典子ちゃんたちが言うように、自分で思っている以上に天然ボケさんなのかしら?
そんなことを考えていたから、きっと、納得いかないって顔をしていたんだと思う。昴さんが、あやすみたいに私の頭の上に手を置いた。
「ほな、そろそろ行きましょか。森田さん、きっと、待っててくれたはるし」
あ、そうだ。一応、約束の時間があるんだったっけ。
私たちは昴さんが門の辺りに回しておいてくれた車に向かって歩き出した。