27 星空の鑑賞会 (1)
あれからもうしばらく河合さんと滑った後、昴さんから電話があった。
河合さんと滑っているとなんだかほっこりしちゃって、時間が経つの忘れてたから、電話が来たときは吃驚した。え、もうそんな時間? って。
ゲレンデ下のロッジところで昴さんや他の方々と待ち合わせて、私と昴さんだけ、ペンションへと戻った。
「なんや、ご機嫌やな」
ボードを担いで二人でペンションに向かって歩いている途中、昴さんが私に言った。
「そうですか?」
「ああ。なんか、イキナリ歌いだしそうな感じやで」
「あぁ、それはきっと、スラロームがちょっと滑れるようになったからです」
「え、ホンマ?」
「ええ。河合さんが教えてくださって。なだらかなところなら、なんとか」
「ふぅん……。そぉなんか。がんばったやん、雪奈」
昴さんは優しく微笑みながら、また私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
ペンションに着いたらすぐにマスターや浩美さんのお仕事を手伝う。ある意味、一日の中で一番大切なお仕事、食事の仕度だ。
一応時間には余裕を持って戻ってきたつもりだったけど、お客様の人数が増えたせいか、すごく忙しかった。
作り終えた頃には、お客様が食堂に食べにいらっしゃる。休むまもなく今度は給仕。
そして、皆様のお食事が終わってから、ようやく私たちもお食事。
その後、食器を洗って、厨房をお掃除して、ようやくペンションでの一日のお仕事が終わる。
と言うわけで、今はもうそういったお仕事も終わった、夜の自由時間。
今夜は、昴さんと一緒にご近所の『森田さん』のお家にお邪魔して星空鑑賞会をすることになっている。近所だから歩いていくのかなって思ってたけど、車で行くらしい。昴さんが運転してくれるって。
昴さんと部屋に戻りがてら、集合時間を確かめる。十分後にエントランス集合ってことで落ち着いた。
「あぁ、そうや。エアコンが効き始める前に着くさかいに、暖かい格好しときや」
自室に入ろうとしたとき、顔だけをドアから出した状態で昴さんが言った。
私は自分の部屋に入って鏡の前に立つ。コートに腕を通すと、ボタンをきっちりと締めた。マフラーを髪の毛ごと首に巻きつけ、解けないように前で結び、最後に手袋をはめる。
よし、ばっちり。これで寒くない、はず。
さっきマフラーを巻いてるとき、隣の部屋のドアが動く音がしてた。昴さんは先に行っちゃってるはずだ。車を玄関に回しておくって言ってたから。
約束の時間まではあと五分ほどある。
だけど私はなんだか落ち着かなくて、自分の部屋を出た。
やっぱり、早すぎ、だよね。
エントランスには着いたけど、誰もいない。それに、館内は暖房が効いてはいるけど、それでもエントランスはちょっぴり寒い。
うぅ、どうしよう。
視線を走らせた先に、ラウンジの扉がある。
そうだ、昴さんが来るまでここで待ってよう。
私はラウンジに入ると、心地のいいソファに座った。
そういえば、初めてこのペンションに来た日、ここでマスターと面接(?)したなぁ。
まだあれから数日しか経ってないのに、随分前なことのような気がする。それだけ、ここに馴染んだってことかなぁ。
そんなことを考えていたら、賑やかな声や笑い声と共にラウンジのドアが開いた。
「――だから、あそこはもうちょっとさぁ」
「えー。いいじゃない、別に。できたんだし」
「香蓮すごい上手だったよね」
「そうなんだ。それは僕も見たかったな」
「ホント、お前、女にしとくのもったいねぇよな」
「うるさいなー」
聞き知った声。見知った顔。
もちろんそれは、河合さんたち四人で。
私が気付くのと同時に、河合さんも私に気が付いた。
「あれ? 雪奈さん?」
「あ、こんばんは……」
私はソファに座ったまま会釈した。
武田さんがくすくすと笑う。
「そんな改まらなくっても。さっきまで一緒にいたじゃない」
四人がラウンジに入ってくる。
浅倉さんの手に、小さな箱が見えた。一瞬タバコかなって思ったけど、多分違う。館内は禁煙だもの。
「このラウンジ、使わせてもらってもいいのかな?」
河合さんが私に聞いてきた。
数日前までいたお客様にも同じことを聞かれたっけ。確かそのとき、マスターはいいよって言ってたはず。
今他に誰もいないし、ここなら客室とも少し離れてるから他のお客様の迷惑にもならないし。
「ええ、大丈夫です」
「よかった。みんなでトランプやろうと思って。きっとうるさくしちゃうだろうから、僕たちの部屋だと隣の部屋の人に迷惑をかけちゃいそうでね」
なんとなく『うるさくしちゃう』の想像がついて、私は苦笑した。
それにしても。
屋内にいるのに厚着の私。ただでさえちょっと変なのに、普通の服を着てる皆さんに囲まれるから余計に変です……。
「どこか行くの?」
私の服装を見て、永野さんが言う。
「ええ」
「一人で?」
「んなわけねぇだろ」
永野さんの言葉に浅倉さんが突っ込んだ。
「あ、昴さんを待っているんです。車を取ってきてくれることになってて」
私が答えると、武田さんがにんまりと笑う。
「もしかして、デート?」
「ちっ、違います!」
私は慌てて否定する。
もぉ、河合さんも武田さんも、なんでそういうこと言うのかなぁ? 違うのに。本当に、そんなわけないのに。
私はちょっと拗ねた気分で、昴さんと何処に出かけるか告げた。
「マスターのお知り合いの方が、星空鑑賞会を開くからおいでって言ってくださって、それで……」
途端に武田さんが目を輝かせた。
「うわぁ、なんか素敵! いいな、私も行きたい!」
「だめだよ、武田さん。先方様に迷惑かけちゃうから」
「……だよね」
河合さんに優しくたしなめられて、えへへと武田さんが苦笑いする。
やっぱり、武田さんってなんか可愛いなぁ。
いつもにこにこしてて、だけど表情はくるくる変わって。男の人が放っておかない気がする。
私も、あんな風になれたら、そうしたら――