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25  笑顔の裏側 (2)

 


「あ、教えてくれるならオレも参加ー」

「私も!」

 次々と上がった浅倉さんと永野さんの声に、昴さんがそちらの方を向く。右腕を上げて、頭を掻いた。

「あー……そないに言われても、オレ教えられるほど上手ないねんけど……」

 昴さんが言葉を濁しつつまた私の方をちらりと見た。

 やっぱり。

 もしかしたら、くらいの勘が確信に変わる。

 私がいるせいで、昴さん、『エアー』できないんだ……。

 さっきリフトの上でハーフパイプを見ていたときの昴さんが思い出される。あのときの昴さんは、じっと、真剣に、滑ってる人を見つめてた。瞬きすらしないで。

 教える、教えないは別にして、きっと昴さんはその『エアー』っていうの、やりたいんだ。だけど、自分から私を誘った手前、きっとそれができないんだ。

 かと言って、私に『エアー』ができるはずないし。

 未だ一人で滑るのは自信があるわけじゃないけど、だけど、きっと私、昴さんがいなくても大丈夫。滑れる。未だ完璧じゃないけどターンも少しできるようになったし。

 うん、決めた。昴さんとは別に滑ろう。

 私が決心して、昴さんに声をかけようと口を開く。

「あ、あのっ。昴さん、私のことは気にしないでくださいね? 私は一人で大丈夫ですから……」

 私が胸の前で小さく手を振りながら言うと、昴さんの表情が険しくなる。

「それはあかん。雪奈は未だ一人で滑るんには危ないさかい」

 噛み付くようにそう言った昴さんに私は肩を竦める。

「でも……」

 それじゃあ、昴さん、本当にボード楽しめないじゃないですか。すごく好きで、そのためにマスターのペンションでタダ働きまでしてるって言ってたじゃないですか。

 反論しようとしたそのとき、河合さんの、澄んだ声に先を越されてしまった。

「じゃあ代わりに、僕が雪奈さんと一緒に滑らせてもらうってことで、いいかな?」

 え……? か、河合さんっ?

 私が驚いて河合さんの方を向く。河合さんは私と昴さんの方に優しげな微笑みを返してくれていた。

「どのみち僕は、今日はエアーとか激しい技をやるのは難しいからね。下手にやって捻挫してもいけないし。昴君も、それだったら、文句ないだろう?」

 重ねて言う河合さんを、昴さんはまっすぐに見つめた。立っている位置関係のせいで、昴さんの表情が私からは見えなくなる。

 ん? なんだろう? 昴さん、何で黙るの?

「――ほな、そうしましょか」

 昴さんが言う。

 多分、黙ってたのは一瞬だったんだろうけど、私にはたっぷり一分ほどはあったように感じられた。

「じゃあ、教えてくれるの決定って事で、いい?」

 武田さんがぽんと両手を合わせながら言う。

「ええですよ」

 昴さんが頷きながら言い、私も笑顔で頷いた。

「やった♪」

 武田さんや永野さんの嬉しそうな表情を見て私まで嬉しくなる。

 よかった。思いっきりってわけには行かないだろうけど、これで昴さんもエアーができる。きっと私といるよりも楽しめるはずだよね。

 じゃれ合うという言葉がぴったりな武田さんと永野さんを眺めていたら、昴さんがケータイを片手に寄って来た。

「ほな、雪奈、ケータイの番号教えてんか。ペンションに帰るときに電話するさかい」

「あっ、ハイ!」

 私は手袋を取ると胸ポケットのファスナーを開けて、ケータイを出す。

 そうか。そう言えば私、まだ昴さんとケータイ番号もメアドも交換してなかったっけ。もう何日も一緒にいるのに。

 それとも、何日も一緒にいるから、かなぁ? ケータイ交換しておいた方がよさそうだなんて、思いつきもしなかった。

「あ、キャリア一緒やな。ほな赤外線で交換しよ」

 私のケータイを見て、昴さんが言う。

 見ただけでよくわかるなぁ。

 私はそんなことを思いながら、ケータイを操作して赤外線データ受信のモードにする。

 昴さんとお互いに自分のデータをやり取りしていたら、河合さんや他の人たちも寄って来た。

「あ、じゃあ僕も二人のケータイ番号とメアド聞いておこうかな。一応、お互いに連絡取れるようにしておきたいし」

 そう言いながら、河合さんが取り出したケータイは、昴さんのと色違いのケータイだった。昴さんが赤で、河合さんが黒。なんだか二人のイメージ通りだ。

「あ、一緒やん」

「本当だ。なんか縁があるね」

 にっこりと笑う河合さん。だけど、昴さんはちょっと複雑な表情だ。


 そのままわいわいと、皆でケータイ番号を交換し合う。


 全員の交換が終わると、河合さんはボードを履いたまま私のところにスッと器用に寄って来た。そしてその手を私の両方にぽんと置き、昴さんに声をかける。

「じゃあ、昴君。『妹』さん、お預かりするね」

 昴さんは一瞬目を見開き、口を開く。そのまま何かを言いかけて、思い留まったようにいったん口を噤んだ。そして改めて口を開く。

「ホンマに大事にしたってくださいね、河合さん」

「もちろん、そうするよ」

 昴さんと河合さんとのその会話に、ちょっとだけがっかりした。なんか完全に『妹』っていう立場が確定しちゃった気がする。

 なんか、変な感じ、かも。

 昴さんは私と河合さんを流し目で見つつ、武田さん、永野さん、浅倉さんの方を向き直った。

「ほな、行きましょか。せやなぁ、ちょぉ、オーリーからやりたいさかいに、なだらかなトコまでとりあえず移動しますわ」

 両手を広げて振りながら、ほら行った行ったと昴さんが三人の生徒(?)を追い立てる。

 昴さんたちの姿が、斜面の下の方へと滑り、やがて見えなくなった。


「それじゃ、僕たちも行こうか?」

 河合さんの声がした方を向いた私は、思わず声が出そうになるのを必死で堪える羽目になった。

 だって、目の前に河合さんの顔があったんだものー!

 でも、考えてみれば当然だ。河合さんは私の肩に手を置いたままなんだから。その状態で私を覗き込むみたいにして話しかけてきたんだから、そりゃあ、近い場所に顔があって当然なんだけど。

 でも、でもね?

 なんだかとっても、昴さんよりも心臓に悪い気がします。


 

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