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24  笑顔の裏側 (1)

 


 二人掛けのリフトは、いつもの通り昴さんと並んで座る。

 だけどいつもと違うこともある。私たちの前には、河合さんと浅倉さんの座るリフトと、永野さんと武田さんの座るリフトがいる。本当に仲がいいみたいで、リフトの上でもそれぞれずっとお話しているのが見えた。

 私も昴さんとさっきの反省会をする。やっぱり、裏コノハから表コノハへのターンの方が難しいらしい。

「ま、焦らんでも、今日か明日にはできるようになるやろ」

 昴さんはそう言うと自分の足元のさらに下を見下ろした。

 私もセーフティバー越しにすっかり見慣れた雪景色を眺める。そのとき、ふと、またハーフパイプとジャンプ台に近づいてきたのに気がついた。そっと隣の昴さんを窺うと、予想通り、やっぱりそこをじっと眺めていた。

 きっと、やりたいんだろうな。あれ。すっごく、喰い入るみたいに見つめてるもん。

 昨日と今日、我慢して私に付き合ってくれてるんだもんね。

 そのときふと、ハーフパイプの隣にコースがあるのに気づいた。

 あ、あそこ、私たちが今日ずっと滑ってた中級者コースだ。すぐ隣だったんだ。間に木々があるとはいえ、全然気付かなかった。中級者コースと林道で繋がってるみたい。

 下から、歓声が上がった。

 見ると、ハーフパイプの中を飛んだり空中で回転したりしながら滑ってる人がいた。その人が宙を舞うたびに、歓声が起こってるんだ。

「あいつ、めちゃめちゃ上手いなぁ」

 昴さんが呟いたのが聞こえて来た。

 私は、なんだかとっても申し訳なくなって、昴さんから視線を外した。


 やがて、リフトの頂上が見えてくる。未だ、一人でリフトを降りるのはちょっぴり自信がないけど、でも随分怖くなくなった……と思う。

 そんなことを考えていたら、昴さんがセーフティーバーを上げながら私に尋ねてきた。

「雪奈、そろそろ一人で降りられそうか?」

 ちょうど、それを考えてたところだったんだけどな。

「えっと……多分」

 自信はないけど私はそう言ってしまった。

 私は、リフトの上で、左足が前に出やすいように身体が少し斜めになるように座り直した。そんな私を見て、昴さんがにっこりと笑う。

「よっしゃ。じゃあ、降りんでー」

 ボードの裏を雪につける。そのままリフトに押されるように前に進む。

 大丈夫。できる! ……はず。きっと。

 私は右足をボードの後ろに乗せて、立ち上がった。そのまま真っ直ぐに前に進む。リフトを降りた直後は短い下り坂になっているから、それだけで前に進んだ。

 そのまま目の前にそびえる雪の壁に突っ込む前に右足を降ろして止まる。

 ――できた。私、一人でリフト降りられた!

 私は嬉しくなって昴さんを探す。昴さんは私のいる場所よりも少し後ろで、苦笑していた。

「できたやん、雪奈」

「はいっ!」

 私は大きく頷き、昴さんと一緒にスケーティングしながら先に頂上へ着いていた他の四人の下へと向かった。

「お、来た来た」浅倉さんは私たちの方に手を振ると、隣でケータイを翳している河合さんの方を向く。「おい、正紀、写真撮ってる場合じゃねぇよ」

「あぁ、ごめん。すごく綺麗な景色だったから」

 そう言って、河合さんは携帯電話を胸ポケットにしまった。

 私たちはコースの隅に寄って、足をボードに固定するために雪の上に座り込んだ。がちゃがちゃと金属音が鳴る。

「よっと」

 真っ先に立ち上がったのは浅倉さんだった。そのまま上に伸びたり上半身を左右に回転させたりしている。身体を温めているみたい。それに続いて、昴さんも立ち上がる。私も、早く履かなきゃ。

「ゆっくりでいいよ」

 優しい声が聞こえてきた。間違いなく、河合さんだ。

 そう言ってくれるのはとっても嬉しいけど、でもやっぱりみんなに待ってもらっちゃってるって思うと気が引ける。

「あ、ありがとうございます……」

 私はお礼だけ言って、ビンディングをできるだけ急いで締める。

 ようやくできた。うん、ばっちり。

 立ち上がってお尻に付いた雪を払い落としていたら、武田さんの声が聞こえてきた。

「ねぇねぇ、昴君」

「ん? なんです?」

 顔を上げた私の目に映ったのは、昴さんに話しかけている武田さんの姿だった。

「昴君って、エアーできるの?」

「エアーってボードのですか? まぁ一応は、少しやったらできますけど……」

「ホント? どんな技できるの?」

「どんな……? すんません、オレ、技の名前あんま知らんのですわ。オーソドックスなんしかでけへんし。スピンとかジャンプとかって言うんかなぁ? このゲレンデ、ハーフパイプとかジャンプ台とかもあるさかいに、そこでそないな技やりますよ」

「そりゃすげぇな。そんだけできりゃ十分じゃん」

 昴さんの言葉を聞いて、口を挟んだのは浅倉さん。すっごく興味津々っていう表情をしている。

「なんでそないなこと聞かはるんです?」

「うん。いつかね、インディグラブをね、やってみたいなって思ってて」

 そう言った武田さんに、昴さんは少し驚いたように目を見開いた。

「マジで? 武田さんが? 永野が言うならわかるけど……」

「武田さんて、意外とアクティブなんですねぇ。女性って見かけによらんもんやなぁ」

 昴さんはそう言って、肘を張るようにして頭の後ろに両手を置いた。

 それにしても、『エアー』って何だろう? それに『インディグラブ』って?

 多分、って言うかもちろんスノーボードに関するお話なんだろうけど、さっぱりわからないなぁ。

「ねぇ、何そのエアーって?」

 永野さんが、わいわいと楽しそうに会話する三人の中に入っていく。私の代わりに聞いてくれたみたいで、なんか変な感じだ。

「オリンピックのハーフパイプとかで空中ですげぇ技するだろ? それのこと」

 浅倉さんが永野さんにそう説明する。

「あぁ、あれ? ウソ、昴君、できるの? 私もやりたい!」

 永野さんが目をきらきらさせてそう言っているのを聞いて、浅倉さんがため息混じりの苦笑を漏らした。でも、当の永野さんはそれに気づいていないみたいだ。

「ねぇ昴君、ちょっとだけ教えてもらってもいい? 本当は河合君に教えてもらうつもりだったんだけど、河合君、夜通し運転してて、今日は無理そうだから」

 武田さんが、胸の前で両手を合わせて昴さんにお願いする。ちょっとした仕草なのに、すごく可愛らしい。って年上の女の人に失礼かもしれないんだけど。

 そして私は。それを自然にできる武田さんのことを、ちょっと羨ましいなって思った。

「あぁ、確かにそんな状態でエアー教えるんは難しいやろなぁ」

 昴さんはそう言いながら首をちょっと動かす。

 あ、私のこと見てるんだ。

 昴さんが武田さんを教えるっていうことは、私が一人になっちゃうってことだから。それを気にしてくれてるんだ。


 

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