23 妹キャラの認定 (4)
突然聞こえてきた関西弁に驚いたのか、その場にいた全員の視線が、自然と昴さんに集まる。でも、昴さんは全然そんなこと気にしてないみたいだ。
「嘘やん! ホンマに今日初めてなん?」
そう続けた昴さんを、永野さんが訝しげに覗き込む。その後、その目と口が、真ん丸に開かれた。手をぽんと打ち、次に昴さんを指差す。
「あぁ! あなた、ペンションにいた元気な子?」
一瞬の間。
そして昴さんがぷっと噴き出し爆笑し始めた。隣にいた武田さんも一緒になって笑いだす。
「ちょっ、香蓮、元気な子って……」
「あははっ、あはっ、小学生やん! あははは」
昴さんのその言葉に、浅倉さんも噴き出した。河合さんは控え目に笑う。私もみんなにつられて笑顔になった。
そんな中、永野さんだけが「私、変なこと言った?」と一人困惑した表情で首を傾げていた。
「それにしても、ホンマにお上手ですねぇ。初めてやとはとても思えへん。そんじょそこらの経験者よりもずっとかっこええわ」
ひとしきり笑った後、昴さんが言う。浅倉さんも同意するように腕を組みながら頷いた。
「教えろって言われても、オレが教えられることなんて全然ねぇよ。多分、その辺の上手い奴らの技見てりゃ、永野なら勝手に覚えるだろ。
ホントお前、女にしておくのもったいねぇよな」
「わかるー。テニスしてるときもいっつも思うけど、香蓮って本当にカッコイイよね。もし香蓮が男だったら、私、今の彼と別れて香蓮にアタックしてたと思うもん」
武田さんが言うと、河合さんが苦笑した。
「それは穏やかじゃないね」
「確かに」
永野さんも笑った。そして、膝を曲げ、えいっと片足を上げて、下ろしている脚を軸にその場で百八十度回転する。
何でもない風にやってみせたけど、私には未だできない技だ。多分、それなりに難しい技だろうっていうのは私でもわかる。みんなも驚いてるもの。だけど永野さんはそんなことには全く気づかなかったみたいで、歯を見せて笑いながら言った。
「昔スケードボードでよく遊んでたんだけど、よく似てるね」
「あぁ、それでか」
浅倉さんが合点がいった、とばかりに頷く。そして腕を解くと右腕で永野さんの足下を指した。さっき回転するときに、軸足にした方の脚だ。
「お前たまに後ろ足に体重かけてるだろ? スノーボードは常に前足に体重かける。後ろ足は基本的に舵取りだけ。技使うときは別だけどな。後ろ足に体重かけると、ボードが反れてスピードが出ちまうんだ。ま、お前ならそれでも制御できるんだろうけど」
永野さんが途端に真剣な表情になる。自分の左右の足下を見ながら、片足を上げたり下げたりし、次に左右それぞれの脚に体重を移動させながらその感触を確認した。そして何かに納得したように頷き、笑顔をこぼす。
「あぁ、なるほどねー。そっかぁ。そこはスケードボードじゃなくて、スキーと同じなわけね」
「そうなのか? オレはスキーやったことないからわかんねぇけど」
「うん。スキーもね、前に体重かけるんだ。ありがと、やってみる。よし、じゃあ先にリフト行くよ?」
永野さんは楽しくてたまらないみたいだ。ボードを傾けると私たちの間を縫うように抜け、あっと言う間に斜面を滑り降りていく。
あれ? でも、あれじゃあ、ボードの向きが反対じゃないかな。永野さんはレギュラーのはずなのに、グーフィーみたいに右足が前になってる。
私がそう思ったとき、永野さんの体が後ろ足側に沈み、次の瞬間には伸び上がりつつ横に半回転した。そのままレギュラーのポジションになると、一気にリフト乗り場の方へ向かって降りて行く。
私はその永野さんの滑りに目を奪われた。
「うっわ。すご……」
「ねぇ、今の見た?」
昴さんと武田さんが同時に声を漏らす。
「うん、すごいね」
河合さんのため息混じりの呟きも聞こえてくる。
「ったく。アイツ、いきなりワン・エイティかよ……」
浅倉さんはそう言うと、自分も永野さんの後を追って滑り始める。
うわ、浅倉さんも上手だ。なんか、滑り方が昴さんに似てる、かも。綺麗なフォームって言うよりも力強い感じがする。そんな浅倉さんの後から、武田さんも滑り始める。河合さんも下る準備を始める。ボードの角度を変えつつ、優しく微笑みながら私の方を見た。
「ゆっくりでいいからね」
そして、河合さんも滑り始めた。
あ、そうか。この中でスラロームできないの、私だけなんだ……。
「ほな、雪奈、オレらも行こか」
昴さんが私の頭にぽんと手を置く。私はそんな昴さんを見上げて頷いた。ボードを斜面に沿わせるようにして、表コノハの形で斜めに角度を変える。
リフトまではあと二百メートルほど。もう傾斜も全然急じゃない。
スラローム、ここでなら、できるかもしれない。
私は前にある左足に体重をさらに乗せる。重心を落とす。右に曲がりたい、そう思いながら、行きたい方向を見据えつつ、つま先側に体重を移動させる。
――あ。
体が、雪の上に大きく弧を描くように回った。
ひょっとして、私、今、ターンできた?
うん、できてる。できてるよ。だって、今、裏コノハのポジションになってるもの。
じゃあ、もう一回。今度は右から左、裏コノハから表コノハに……。
もう一度前足に体重をかける。行きたい方向を見ようとしたとき、ボードを雪に取られた。バランスが崩れる。
あ……っ、転ぶっ!
とっさに腕を前に出す。その途端、全身をどんっという衝撃が走り、顔に冷たいものが当たる。そのまま私の身体は雪の上をずるずると滑り、止まった。
うぅ…痛い……。久しぶりに大胆に転んじゃったなぁ。
倒れている私のすぐ横に誰かが来た。いけない、起きなきゃ。こんなところで寝てたらみんなが迷惑しちゃう。
「雪奈、大丈夫か?」
上体を起こすと、そこにいたのは昴さんだった。私の隣で膝をついてしゃがみ込むと、私の身体に付いた雪を払い落としてくれる。
「あ、ありがとうございます……」
私も自分で身体を叩きながらお礼を言った。
「頭打ってへんか?」
「ええ、大丈夫です」
「ほなよかった」昴さんはニッと笑うと立ち上がった。「すごいやん、雪奈。まさかターンするとは思わへんかった」
私が昴さんの差し出してくれた手を取ると、身体が引き上げられた。
「でも、失敗しちゃいました」
下半身に付いていた雪を払いながら私が言うと、頭の上にまた昴さんの手が置かれる。
「ボード二日目でこれだけできるようになったら十分や」
「でも、永野さんは今日初めてボードするって……」
私が昴さんを上目遣いで見上げながら言うと、昴さんはちょっと笑った。
「あの人は特別や。雪奈があんなんなったら、オレ困ってまう」
ちょっと! それって、どういう意味ですか?
「ま、雪奈も今日中にはスラロームできるようになるんとちゃうかな。次リフト乗ったら教えたるさかい、はよ行こ。みんな待っててくれたはんで」
昴さんの指し示す方に視線を移すと、さっきの四人がリフト乗り場の入り口でこっちを見ているのがわかった。
昴さんが私の背中を押す。私はリフト乗り場に向かって滑り始めた。