21 妹キャラの認定 (2)
「今は休憩中なの?」
武田さんが聞いてくる。
「えぇ」
「昴君は?」
「多分、もうすぐ来ると思います」
そう答えたとき、私の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
「ゆきなぁー!」
ちょっ、昴さん、声大きいです! みんなに聞こえるじゃないですかっ!? は、恥ずかしい……。
私は頬が熱くなるのを感じた。河合さんと武田さんが、声を殺しつつも愉快そうに笑っている。
もぉー。昴さんのバカっ!
昴さんは河合さんの後ろあたりで止まると、ゴーグルを上げた。
「雪奈?」
私は頬を少し膨らませながら、昴さんを上目遣いで睨んだ。でも昴さんは私の側にいる二人を見ている。
その昴さんの表情が、すぐに笑顔になった。昴さんもすぐに、私と一緒に居るのがさっきのお客さんの『河合さん』と『武田さん』だってことに気がついたみたい。
「あぁ、さっきの……。もうゲレンデに来はったんですか?」
「未だ一本目だけどね」
河合さんが昴さんの方を振り返って言った。
「運転で疲れてるんとちゃいますのん?」
「ありがとう。大丈夫だよ。出発前にちゃんと寝ておいたから」
「そうなんや。せやけど、気ぃつけな身体壊しますよ?」
「うん、今日は無理しないようにするよ。それにしても、ペンションからゲレンデまで本当に近いんだね」
昴さんと河合さんが話している。
でも、なんだろう。なんか、昴さんの雰囲気が、変……な気がする。考えすぎかな?
そう言えば、河合さんと武田さんしかいないけど、浅倉さんと永野さんはどうしてるんだろう?
私は二人の会話を眺めがら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「そうやねん。せやから、雪で遊ぶんにはホンマにめっちゃ便利なんですわ」昴さんが言い、その後小首を傾げた。「そう言えば、あとのお二人はどこにいはるんですか?」
あ、昴さんも私と同じこと思ってたんだ。だから、変な感じがしたの、かな……。でも、違う気がする。なんかしっくり来ない。って私、何考えてるんだろう。まだ昴さんと知り合って数日しか経ってないのに。昴さんのこと、何でも知ってるってわけじゃないんだから。そんな偉そうなこと思っちゃいけないよね。
「あの二人なら、未だ下にいるんじゃない?」
隣から聞こえてきた武田さんの声に私は我に返った。武田さんが続けて言う。
「香蓮、今日が初ボードだって言ってたし」
あ、そうなんだ。永野さんは、今日初めてボードするんだ。昨日の私みたい。
「そうだね。まぁ、永野さんならすぐに上達するだろうけどね」
「あぁ、言えてる。今日中にスラロームくらいできるようになるかも」
え? スラロームって、コノハとターンの次に覚えるって昴さんが言ってたやつだよね?
それって、一日でできるようになっちゃうものなの?
頭の上に疑問符を浮かべる私の隣で、武田さんが小さく気合いを入れて立ち上がった。膝を付いたまま私が見上げると、武田さんはにっこりと私に笑いかけてくれて、言った。
「ねぇねぇ、せっかくだし、一緒に滑らない? 香蓮や浅倉君も、きっとその辺で合流できるだろうし」
「確かに、みんなで滑った方が楽しそうだね」
河合さんも言い、ふんわりとした笑顔になる。本当に優しそうに笑うなぁ、この人。
私が見ていると、河合さんはその視線に気付いたのか私の方を向いた。条件反射みたいに、私は慌てて目を逸らして何でもない振りをする。
「ねぇ、どぉ?」
武田さんがそんな私に重ねて尋ねてきた。
私、まだ斜面を下ることしかできないんだけど、そんな実力で他の人と滑ったりしていいのかな?
答えに貧窮した私は、助けを求めるように昴さんの方を見た。昴さんはそんな私を見て苦笑していたけど、私と目が合うと代わりに言ってくれた。
「そやな。大勢の方がきっとおもろいわ。
って言うても、オレたち夕方からまた仕事があるさかい、ちょっと早めに上がらせてもらわなあかんねんけど……」
「あ、そっかぁ。じゃあ、それまでは一緒に滑ろ。ね?」
「あ、はい。あの、よろしくお願いします」
私がそう言うと、武田さんは嬉しそうに笑った。
「雪奈さん」呼ばれた方を向くと、河合さんが私の方に手を差し伸べていた。「立てる?」
えっと……。
私はこくんと頷いた。それを見たはずなのに、河合さんは笑顔で手を差し出したままだ。なんだか、王子様がお姫様にするみたいな仕草。
掴まれって言ってるの、かな?
私が河合さんの手の上にそっと自分の右手を乗せると、河合さんは私の手を優しく握った。その直後、吃驚するくらい強い力で、ぐいと引き上げられる。弾みで、私の膝が伸びた。そのまま、私の身体が立ち上がる。
「雪の上に長く座ってると、身体が冷えるから。女の子は身体冷やしちゃだめだよ。気を付けてね」
河合さんはそう言うと私の手を放した。
「あ、ありがとうございます……」
「それじゃ、私行くねー!」
武田さんが片手でゴーグルを下ろし、もう一方の手を振りながら滑り降りて行く。その後を追いかけるように、ゴーグルを着けた河合さんが滑り始めた。
滑らかな身体の動き、無駄のないフォーム。ターンの度に白い絹の帯ような雪の尾が後方に靡く。
河合さんの滑りを例えるなら、そう、風みたい。爽やかで暖かい、五月の風。
「きれい……」
私は呟いた。
あんな風に、滑れるようになりたい。まだまだ、何年も先の話になっちゃうだろうけど。
「雪奈?」
昴さんに呼ばれて私は我に返った。
「は、はいっ?!」
「何か言うた? なんや、さっきからずっと、ぼぉっとしとるみたいやし……」
いつの間にか、昴さんはゴーグルを下ろしている。
「あ、えっと、たいしたことじゃないんで」
「そうなん?」
「あの、河合さんの滑りが綺麗だなって思って」
「……せやなぁ」
昴さんは呟くように言って、小さくなっていく河合さんの後ろ姿を目で追った。何か考えているみたいな表情。どうしたんだろう? 滑りたい、のかな?
「昴さん、行かないんですか?」
「オレ? オレは最後。雪奈の後からすぐ行くさかい。雪奈、先行ってんか」
「あ、はい」
私は慌ててゴーグルを下げてボードを構えると、スタートした。