20 妹キャラの認定 (1)
玄関掃除の続きをしにホール行くと、マスターが箒を片付けようとしてるところだった。
「あっ、すみません。未だ終わってないんです」
私が駆け寄ると、マスターはにっこり笑った。
「いいよ、俺がやっておいたから」
「ご…ごめんなさい……」
私は頭を下げて謝った。
玄関掃除、私の仕事なのに。マスターにやってもらうことになっちゃうなんて……。
顔を上げると、マスターはちょっと困った顔で微笑んでいた。
「いや、謝られると俺が困るんだけどな。お客様を案内してって頼んだの、俺だし。
それよりも、他の仕事は終わった?」
「はい」
「今日もボード行くんだろう?」
私は頷く。マスターはまた苦笑し、掃除用具入れを開けて箒をその中に入れた。
「昴が待ってるだろうから、早く行ってやって。アイツがペンションの中にいると、うるさくて叶わない」
口は少し悪いけど、マスターの言い方には不思議と昴さんへの思いやりが込められているように感じた。やっぱり、仲良しなんだな、この二人。
「ありがとうございます」
私はそう言いながら礼をして、部屋に向かった。
* * *
「雪奈、上手ぁなったなぁ」
真っ白い雪の上。裏コノハで滑り降りた私に、昴さんが言った。
「昴さんが教えてくれたからですよ」
私がゴーグルを上げて答えると、昴さんはニヤリと笑って鼻を擦った。
「せやろ? 先生がちゃうと、上達も早いねん」
マスターが玄関掃除をしていてくれたおかげで、あれからすぐにスキー場へ繰り出すことができた。
昨日、重いなぁって思ってたボードも、歩きにくいなぁって思ってたブーツも、今日は全然そんな風に感じないから不思議。
それってきっと、ボードをするのが面白いからだよね?
私と昴さんは、準備運動をして、また一日券を買って、すぐにリフトに乗った。今は、そこから下っている途中の二本目。
滑りながら気がついたんだけど。私、昨日よりも明らかに長い距離を、苦痛なく、むしろ楽しい気持ちで滑れるようになってる……気がする。そんな気がするだけかもしれないけど。
それに、相変わらず、コノハ滑りって言う滑り方しかできないけど。
でも、表コノハも裏コノハも普通に滑れるようになったし、昨日初めて滑ったときにはあんなに怖いと思った中級者コースを、怖いって全然思わなくなった。それって、ちょっとは上手くなったってコトでいい、よね?
うん、本格的にハマりそうです、ボード。
すごく、楽しい。
私自身、こんな風に何かにハマるってことが今まであんまりなかったから、なんだか余計に新鮮。
今なら、昴さんがボードにのめり込んだ気持ちがちょっとわかる、かな。
「ほな、続き行こか。今日二本目で未だ身体が温まってへんはずやさかい、無理せぇへんようにな」
昴さんが私に言う。私は頷いて、ボードを斜めに構えた。
コノハ滑りの角度も、昨日よりも傾斜をつけられるようになってきてる。
この辺りなら人も少ないし、もうちょっとスピード出しても大丈夫かな?
そう思って、私は今までよりもちょっとだけ角度をつけてボードを傾けた。今度は、表のコノハで。
――顔に当たる風が変わった。今までは頬を撫でるみたいな風だったのが、ちょっとぶつかって来るみたいな感じ。ゴーグルをかけてないと、きっと目を開けてられない。
でも。うわ……気持ちいい。
表コノハで斜面を下りながら真正面を見ると、目の前に広大なパノラマが展開する。それを眺めながら、心地いい風を身体全体で受け止めていると、なんだかそのまま浮いていきそうな、この澄んだ空気に身体が溶けていきそうな、そんな気さえする。
つい一週間前まで、ううん、一昨日まで、こんな世界知らなかったのに。夢みたい。
適度に進んで折り返しのターンをする。
少しずつ、角度が変わっていく景色を見ながら、私は知らず微笑んでいた。
そのまま何度も何度もターンして、ふと気付く。
そう言えば、私、しばらく止まってない。昴さんが追いついて来ないけど、もしかしてはぐれちゃったのかな? いったん止まって、昴さんを待った方がいいかもしれない。
私はボードの角度を甘くしてスピードを落とした。
「ぅわっ!?」
――え?!
背後で声がした。振り向く。すぐ目の前に人がいる。
いけないっ、ぶつかっちゃう――!!
私の身体が強張った。ボードが止まる。そのすぐ脇をギリギリのコースで、カーキ色の影が風のようにすり抜けていく。
カーキ色のウェアを着たその人は、私の脇を通り抜けると左手を雪に着いてブレーキをかけた。真っ白い雪煙が舞い上がる。
び…びっくりしたぁ……。
脚から力が抜けていき、私はその場に膝を付いた。
「ごめん、大丈夫?」
カーキ色のウェアの人は、そう言いながらスノーボードを金具を片方外す。そして片足で器用に歩いて、私の方へ近づいて来た。声が低い。どうやら、男の人みたい。
「はい、なんとか……。あ、あの、すみません、でした……」
今のは多分、周りに注意してなかった私が悪いよね。急にブレーキ掛けたりして。
「いや、今のは僕の方が悪いんだよ。滑ってるときは後ろまで見えないからね。驚かせてごめんね」
そう言いながら、カーキ色のウェアの男の人は私の目の前で止まった。
そこまで近づいて気が付いた。この声、それに背格好。この人、もしかして――
「ちょっと、河合君っ!?」
甲高い声とともに、小柄な女性ボーダーが私の隣辺りで止まった。
今、『河合』って呼ばれてた。ってことは、この人、やっぱり……。
「今の、ホント危なかったわよ?」
「うん、反省してる」
カーキ色のウェアの人が、女性ボーダーさんに向かって苦笑しつつゴーグルを取った。やっぱり、『河合さん』だ。ってことは、この女性ボーダーさんは、武田さん?
「こんな可愛らしい子――ってあれ? あなた、ペンションの……?」
武田さんも私に気づいたらしい。ゴーグルを取って膝をつき、身を乗り出すようにして私を覗き込んでくる。そして、両手を伸ばして私のゴーグルを額に上げた。
え、えっと……。あの……。
「やっぱり! ね、そうよね?」
重ねて聞かれた私は、小さく「はい」と返事をしつつ頷いた。
「ちょっと武田さん、そんなに覗きこんだら雪奈さんに失礼だよ」
河合さんが私の名前を口にした。
武田さんが、それもそうねと乗り出していた上半身を起こす。
あれ? 河合さん、なんで私の名前知ってるの? 私、名乗ったっけ?
「あぁ、勝手に名前で呼んじゃってごめんね。昴君って言ったっけ、あの男の子がそう呼んでいたから」
私が驚いたのがわかったらしく、河合さんは私の名前を知っている理由を説明してくれた。