19 四人組との出会い (4)
焦りを誤魔化したくて、足音の聞こえた方を向いた。階段の奥から、昴さんがやって来るのが見えた。
「雪奈、施設案内終わった?」
「え? あ、はい。――えっと、お疲れ様です」
「疲れてへんよ。こんなんどってことないわ」
昴さんはそのまま私の目の前――つまり、河合さんと浅倉さんの部屋の前までやって来た。その表情が、僅かに曇る。
「雪奈、どしたん? 顔赤いで?」
ウソっ?!
両手を頬に当てる。やっぱり、熱い? え、わかっちゃう?
「風邪ひいたんか?」
昴さんが小声で私に聞いてくれる。私は小さく首を横に振った。
「ほんならええけど……気いつけや?」
昴さんは私にちょっと笑い掛けてくれた。そして、持って来た荷物をまた部屋の入口に置く。
「荷物、ここに置いときますさかい」
「ありがとう」
河合さんがお礼を言った。
顔を上げて河合さんたちの方を向いた昴さんが、不思議そうな表情になる。
「あれ? 男部屋と女部屋なんですか? オレ、カップルで部屋割りするんやと思うとった」
「は?」
「ぷっ……あはははは」
「ち、ちょっ……!」
私は思わず昴さんの腕を掴んだ。
そーいうことは、思ったとしても、口に出しちゃダメですよっ!!
昴さんは別段悪びれている様子もない。それどころか、私に「なぁ、雪奈もそう思わへんかった?」なんて小声で聞いてくるから、もぉ、私は焦ってしまった。
ますます、頬が熱くなる。
私は恐る恐る二人の方を見た。でも、私の心配を余所に、河合さんは愉快そうに笑っているし、浅倉さんは唖然とした状態で固まっている。
「――だってさ」
ようやく息が整って、普通に話せるようになった河合さんが、浅倉さんにそう言うと、浅倉さんは不機嫌そうに河合さんを睨んだ。
「なんでオレに話振るんだよ、正紀」
「いや、なんとなく?」河合さんは意味ありげに言って、私たちの方を見た。「残念ながら、僕たちはただの会社の同僚。僕たち四人の間では、カップルはいないよ。今のところは。――だよね、浅倉?」
「いちいちオレに確認すんなっての」
浅倉さんは、なんか不貞腐れてるのか照れているのかわからない表情でそっぽを向いてしまった。
きっと、何か事情があるんだろうなぁ。
「なんや、そうやったんですか」
昴さんはそう言って少し嘆息した。そしてすぐに、表情が明るく切り替わる。
「どないします? すぐ滑りに行かはるんですか?」
「正紀、どーする?」
浅倉さんがまた河合さんの方を向いて話しかけた。
「そうだね、武田さんや永野さんにも聞いてみないとね。ここから一番近いゲレンデってどう行けばいいのかな?」
「それやったら、ペンション出て、東に五分くらい歩いたトコです。コースもぎょうさんありますさかい」
「マジで? 近ッ!」
と言ったのは浅倉さん。その声が、すごく嬉しそうだった。きっと浅倉さんも昴さんと同じで雪遊びが大好きなんだろうなぁ。
「ほんなら、道具はあのまま下に置いときますんで。夕食は六時半でええですか?」
「うん、ありがとう」
「スキー場はナイター設備もあるんで、食べ終わってからでもなんぼでも滑れます。使い終わった道具はドライルームに入れといてください。あ、盗まれんようにだけ気ぃ付けてくださいね」
昴さんはそう言うと、私にだけわかるように、軽く私の背中を叩いた。
あ、そうだ。案内の最後の言葉、言わなきゃ。
「えっと、それでは、お寛ぎください」
私は未だ少し熱く感じる頬を隠すように失礼しますと礼をして、部屋の扉を閉めた。
「お前、さっきのぜってーワザとだろ?」
完全に扉が閉まる直前、部屋の中から浅倉さんの声が聞こえて来て、私はクスリと笑みを零した。そして昴さんと一緒に階段の方へと向かった。
廊下の突き当たりに階段がある。階段の幅があまり広くないから、一人ずつ歩いた方が安全だ。昴さんが先に階段を降り始めた。私もその後を追うようにして歩きながら言った。
「なんか、素敵な人たちですね」
「せやなぁ。……社会人かな? 若そうやけど。ゲレンデで会うかもしれへんなぁ。ま、どっちにせよ、あの二人よりオレの方がええ男やろ?」
「え? あ、えっと……」
突然そんなこと聞かれても……。なんて答えればいいのかな?
さっき会ったばっかりのひとたちなのに、そんなこと考えて見てないよ。確かに、河合さんのことを素敵だなって思ったけど。
だいたい、昴さんも、河合さんも、浅倉さんも、全然違うタイプの人に見えるんだけどなぁ? それって、比較できないよね?
答えに困る私の目の前で、昴さんが大袈裟に肩を落とした。
「ホンマにもー、雪奈は……。こーゆー時は、ウソでも『そうです』って言うとくもんや」
そういうものなんですか?
でもそれって、なんか少し違いません?
昴さんが、踊り場で立ち止まって振り返った。いつもの明るい笑顔で私を見上げる。
「そーや、雪奈。今朝の仕事、もぉ終わった?」
「あ、あと、玄関掃除だけ……」
「ホンマ? それやったら、それ終わったら今日も一緒にボード行かへん?」
行きたいです! と言いかけて、躊躇した。
すごく、行きたい。昨日すごく楽しかったし。だけどきっと、私に付き合ってたら、昴さんは今日も楽しめないよね。
「えっと……今日は、遠慮しようかなって……」
「え? なんで? 昨日、面白うなかった?」
「いいえ! すごく面白かったです」
身体中が痛いけど、もっともっと上手に滑れるようになりたいって思うし。
「ほんなら、なんで? もしかして、脚傷めたんか?」
昴さんが階段を上って来て、私のすぐ目の前――私が立つ段の一段下――に立った。頭の位置がほとんど同じ高さになる。
ち、近いですってば……。
硬直する私とは逆に、昴さんすごく心配そうに私の顔を覗き込んで来た。
「いえ、あの、大丈夫です、けど」
「けど?」
「今日は、一人で滑ろうかな…って……」
窺うように言った私を見て、昴さんは口を一文字に閉じると少し目を細くした。その目が、完全に据わってる。
「……あかん」
「はい?」
「それは許されへん」
「えっ、あの……」
「却下や。雪奈には、まだまだぎょうさん覚えてもらわなあかんことがあんねん。せやから、一人で滑るんは許さへん」
「でも……」
「『でも』も『だって』もない。さっさと掃除終わらし!」
「は、はいっ」
思わず直立して返事した。だって、それくらい迫力があったんだもの、昴さんの言い方。
途端に昴さんはふっと笑い、私の頭に手を置いた。また、ぽんぽんと叩く。
「ええ返事や」
そう言い残して、昴さんは階段を降りて行った。