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1   冬休みのアルバイト (1)

 


「よいしょっ……と」

 私は小さく気合をいれ、両腕に力を入れた。

 海外旅行用のトランクが、両腕に支えられて少しだけ持ち上がる。

 うぅ、重い……。

 それでもなんとか、脚に引っ掛けずに列車を降りた。

 その途端、予想以上の冷気に包まれる。列車の中との温度差に思わず目を瞑ってしまいながらも、両足の前に、トランクを下ろした。

 結構、重くなっちゃったなぁ……。もっと荷物減らしてくればよかった。

 ってゆーか、雪国なんて初めてだから、何を持ってきたらいいのかわかんなかったんだよね。

「ふぅ」

 ようやく、力を抜く。

 うわぁ。息が真っ白。

 私は両手を擦り合わせた後、冷気がコートの中に入って来ないようにしっかりとマフラーを巻き直した。


 ついに来ちゃったんだ。

 もぅ、みんな薄情なんだから……。

 それにしてもこんなに晴れてるのに、なんでこんなに寒いのっ?

 凍えちゃいそう。早く駅の中に入らなきゃ。

 改札口は……あ、あった。あそこね。


 大学生活二年目の冬。

 私、こと、渡辺雪奈わたなべ・ゆきなは、トランクの取っ手をしっかり握ると、真っ白な未知なる世界への第一歩を踏み出した。



 事の発端は三週間近く前。十一月の末。

 私が、冬休みの件でお母さんの携帯電話に電話をかけたことから始まる。

 渡辺家では毎年、年末年始の休暇を実家で過ごす。私は今年ももちろんそのつもりだったから、いつから帰るかだけを電話で伝えるつもりだった。

 今年は講師の先生方の間でインフルエンザが蔓延してしまい、休講が相次いだ。それで急遽、大学は例年よりも一週間ほど早く冬休みが始めることを決定した。

 だから、いつもよりも早い日程で家に帰るよって、お母さんに連絡しておかないとって思って。

 でも、電話に出たお母さんは異常にハイテンションで。

「もしもし、お母さん? 冬休みのことなんだけどね。大学のお休みが――」

「あ、雪奈、ちょうどよかった。母さんも電話しなきゃって思ってたのよ。ねぇねぇ、聞いてよ、雪奈。母さんとお父さんね、年末年始のお休みで旅行に行くことになったのよー♪」

「えっ?」

「それも、海外なのよ、海外」

「えぇっ?!」

「ヨーロッパに行くの。ホラ、母さんたち、今年で結婚して二十五年でしょ? 記念に旅行に行かないかって、お父さんが言ってくれたの。キャー♪」

「ちょっと、そんなの聞いてないよ……」

「だから、今言ってるんじゃない。でね、せっかくだから色々回ろうってお父さんと話して、結局、一ヶ月くらいの長期旅行になったの。イタリアと、スペインと、フランスに行ってくるのよ」

「一ヶ月も?! え? で、えっと、いつから行くの?」

「えーっとねぇ、三週間後の金曜日かしら? うん、そう、その日ね」

 それって、私の冬休み初日と同じ日じゃない。その上、一ヶ月もだなんて。

「だからね」お母さんの声は無常にも続く。「冬休み、帰ってきてもいいけど、あなた一人になっちゃうの。ごめんね。雪奈もどこか旅行に行ったら?」


 私は一人っ子だ。大学進学のため、家を離れて上京している。

 お父さんが転勤族だということもあって、今の実家は高校を卒業したときの実家とは違う都市にある。だから、近所に幼馴染たちが住んでいるわけでもない。

 両親のいない実家に帰るのは、私にとっては全く意味のないことだった。

 それにしても。

 困ったなぁ。

 冬休み、どうやって過ごそう……。


「雪奈、どうしたの? 元気ないね」

 私、よっぽど落ち込んだ顔をしていたのかな。友達の典子ちゃんが肩を叩いた。

「うん……帰るところ、なくなっちゃった」

「えぇっ?」

「雪奈、ちょっと、大丈夫?」

「ご家族に何かあったの?」

 私の言葉に、仲良しグループの他の子たちまで加わってくる。

 私は慌てて顔の前でぶんぶんと両手を振った。

「あっ、ううん、全然違うの。ごめんね、そうじゃなくって、えっと」


 私たちは、大学の同じ学部の仲良し六人グループ。

 典子ちゃん、恵美ちゃん、晶子ちゃん、朋子ちゃん、秋江ちゃん、そして私。

 授業もほとんど同じものを取っているから、一日中一緒だ。

 もともと私は、人見知りが激しくって口下手で、あんまり自分から話す方じゃない。

 その上、お父さんの転勤にくっついて引越しばかりしてきたから、『友達』って呼べる人たちがなかなかできなかった。

 いつも、本や人形が『お友達』だったの。

 大学に入って初めて、同じメンバーで長い時間を過ごすっていう経験をして、ようやく『友達』ができた。

 こうやって普通に同年代の子と話すのは、私にとってごく最近になってようやく手に入れた『普通』なんだ。

 オシャレな子、お話が上手な子、頭のイイ子、いろんな友達ができて、それがとても嬉しくて、楽しい。


「ごめんね、変な言い方になっちゃった」

 私は照れ笑いして、昨日のお母さんとの電話を掻い摘んで説明した。

 何度もつっかえたり言い直したりしちゃったけど、多分、伝わった――と思う。

 せっかくの、いつもより長い冬休みなのに、たった一人っきり。

 何かしないと損だよね?

 お母さんの言うとおり、旅行にでも行こうかなぁ……?

 それにしても、お母さんってば「旅行に行けば?」なんて軽く言ってたけど、誰と行けって言うんだろう。

 みんな、冬休みは、実家で家族と過ごしたり、彼氏と過ごしたりするはずだもの。いまさら私と旅行だなんて無理だよ。誘ってもらうならまだしも、自分から誘わなきゃいけないし、何より気が引けるもの。

 もし、私にも彼氏がいたら、こんなとき一緒に過ごしてもらえるのかな。

 彼氏だなんて、今までに一度もできたことないから、正直よくわからないんだけど。

 一人旅かぁ。ちょっとそれは心細いなぁ。

「なーんだ。『帰る場所がない』なんて言うから、ビックリしたよ」

「雪奈ぁ、元気出しなって」

「ってゆーかさぁ、雪奈のご両親って仲がいいね」

「そーそー。親の仲がいいって、イイ事じゃん」

 みんなが口々に励ましてくれるけど、私の頭の中は、相変わらず『どうしよう』の五文字が支配していた。


 

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