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18  四人組との出会い (3)

 


 私はマスターが昴さんを呼びに行っている間に、河合さんにチェックイン用の書類を書いていただくことにした。

 河合さんにボールペンを手渡しながら書類を見せ、どこに何を記入して欲しいかを簡単に説明する。そんな私たちを見て、もう一人の男の人が外に出て行った。

「あ、あの……」

 私が引きとめようとしたら、河合さんが顔を上げた。ふんわりと笑う。

「浅倉なら、放っておいて大丈夫だよ。きっと、車で待ってる二人を呼びに行っただけだから」

 すぐ目の前で、本当に優しそうな笑顔を見せる河合さんに、私は思わず見惚れた。

 ――って、私、何考えてるの?! 今、仕事中なのに。

「ここに、全員の名前を書けばいいんだね?」

 河合さんはそう言って、明らかに変なはずの私を気にする様子もなく、書類を記入し書き始めた。

 ……こんな笑顔の男の人、初めて、かも。マスターとも、昴さんとも違う。もちろん、二人ともとっても優しい人なんだけど。大人の余裕って言うのかな? あ、でもマスターも大人の男の人だよね。

「へー、ここ?」

「かわいー」

 女性の声と共に、またペンションの扉が開いた。

「お前ら、そんなトコで止まんな。さみぃ。早く入れって」

 入って来たのは、髪が長くて背の高い女の人と、可愛らしい女の人。それと、さっき河合さんが『浅倉』って呼んだ男の人。その両手には荷物を持っている。

「何よ、浅倉。随分眠そうね」

 背の高い女の人が、浅倉さんに声をかけた。

「うるせーな。誰かさんがすぐ隣でグーグー鼾掻いてたせいで、うるさくて眠れなかったんだよ」

「嘘?!」

「もー、浅倉君ってば。冗談でも女の子にそんなこと言っちゃダメよー。香蓮、大丈夫。鼾なんて掻いてないから」

 河合さんの後ろでは楽しげな会話が繰り広げられている。

 さり気なく河合さんの記入する書類を覗き見ると、想像通りの綺麗な字が並んでいた。既に宿泊する四名全員分の氏名は既に書き終えて、今は住所を書いている。

 私は書かれている名前とさっきの会話を頼りに、誰が誰なのかを当て嵌めてみた。

 書類を書いてくださっているのが河合正紀さん、眠そうだと言われていたのが浅倉大地さん、そして、背の高い女性が永野香蓮さん、可愛らしい方は武田真由子さんっていう名前らしい。

 随分仲良さそうだな……。社会人っぽいけど、どんな関係の人たちなんだろう? もしかしたら、ダブルデート、かも。


「雪奈、お客さん来たんやって?」

 河合さんがチェックインの手続きを終える頃、昴さんの声が近づいてきた。

「あ、はい。お部屋にご案内してくれってマスターが……」

 昴さんに答えつつ振り返る。昴さんはお客様方に会釈して言った。

「荷物はオレが運びますさかいそこに置いといてくれてええんで、先に、この子に部屋まで案内してもろうてください」

「そんじゃ頼もうかな。でも、全部は大変だろ。オレと正紀は自分で運ぶからいいや。こいつらの分だけ頼むわ」

 浅倉さんがそう言いながら、永野さんと武田さんの方を示した。

「そうですか? ほな、女性の分だけですね?」

 昴さんが永野さんと武田さんの側に行く。

「これでいいかな?」

 目の前で声がした。河合さんが、ボールペンと書類を私の方にすっと差し出してくれている。その笑顔がなんか素敵で、私は河合さんが書類を書き終えたんだって気付くのに、数秒かかってしまった。

 いけない。私、また、ぼぉっとしてた。

「あ、ありがとうございます」

 私はそれを受け取り、カウンターの影にあるキーボックスから部屋の鍵を二つ取り出す。

 顔を上げると、浅倉さんと河合さん、それと昴さんが、荷物からボードやブーツをより分けてホールの隅の方に固めて置いていた。

「じゃあ、お部屋はこちらですので」

 私がそう声をかけると、男性陣は荷物を持って、女性陣はそのまま、こちらを向く。私はそれを確認してから客室に向かって歩き始めた。そのすぐ後ろにお客様四名、しんがりに、荷物を一つだけ持った昴さんが続く。

 廊下は広くないから二人が横に並ぶといっぱいだ。先頭を歩く私の後ろから、河合さんと武田さん、浅倉さんと永野さんがそれぞれ隣同士に並んで話している声が聞こえてくる。

「ありがと、河合君。結局ずっと運転してもらっちゃって、ごめんね」

「いいえ、どういたしまして。でも、その分僕は、出発前にちゃんと寝かせてもらったからね。みんなみたく残業しなかったから」

「ったくさ、お前もうちょっと行儀よく眠れねぇの?」

「大きなお世話よ」

「昨日早く帰れたんだ。そっかぁ。じゃあ、未だ体力ある?」

「もちろん。今日もこの後、着替えたらすぐにでも滑りに行こうって思ってるよ」

「お前、寝てる間にごそごそ動くもんだから、気になって眠れなかったじゃねーか。オレ昨日の夜、残業ですげぇ遅かったってのに」

「そんなの知らないわよ」

「賛成♪ 私に教えてくれるって言う約束、覚えてる?」

「もちろん」

「ったく、この後滑りに行くっつーのによー……」

「そう言えば、浅倉ってボードやるの?」

 そんな仲の良さげな会話を聞いていたら、いつの間にか私まで笑顔になっていた。すごく、賑やかだ。


 皆さんの部屋の前に着いた。お隣同士のツインルーム。まったく同じ間取りのお部屋が二つ。

 私が部屋の扉を開けると、永野さんと武田さんが歓声を上げながら入って行った。少し遅れて、河合さんと浅倉さん。

 昴さんが、部屋の入り口近くに、持って来ていた荷物を置いた。

「じゃあ、オレ、もう一つの荷物を持って来ますんで」

 昴さんはそう言い残して、小走りで廊下を駆けて行った。

 私はとりあえず今開けた方の客室に入らせていただいて、簡単に部屋の設備の使い方とお風呂やお食事のことを説明する。

「もう一部屋は、お隣のお部屋を取っておりますので」

 そう言って私が部屋を出たら、後から河合さんと浅倉さんがついて来た。

 ――あれ?

 少し不思議に思いながらもう一つの部屋を開けると、やっぱり河合さんと浅倉さんが入って行く。

 女性のお部屋と男性のお部屋になるの、かな? ダブルカップルなのかなって思ってたけど、違ったのかな。

「あの、鍵を……」

 私が部屋の鍵を渡そうとしたら、二人が同時に振り返った。

 大人の男の人二人に注目されて、私の身体が急に緊張し始める。

「あぁ、忘れてた」

「ごめんね。ありがとう」

 手前にいた河合さんが苦笑しながら言い、私に手を差し出してくれる。私は中途半端に前に差し出していたルーム・キーを、その大きな手の上に置いた。

 間近で見る河合さんは、想像していたよりもすごく逞しくて、なのにそれに不釣り合いなくらいに、優しく微笑んでくれている。

 そのとき、階段の方から足音が聞こえて来た。我に返る。

 私、また、見惚れてた……かも。

 なんか、私、変だ。

 なんだか、すごくいけないことをしてしまったような気がして来て、私は恥ずかしくなった。

 うぅ、なんか頬が熱い、かも。気のせいでありますように。


 

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