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17  四人組との出会い (2)

 


 今日から、ペンションのお仕事が一気に忙しくなる。今日はチェックアウトのお客様が一組、入れ替わりで新しいお客様が二組六名いらっしゃる。そして、明後日からは予約で満室だ。

 私は身支度を終えると、厨房へ向かった。お客様への朝ごはんを作るマスターと浩美さんのお手伝いをするためだ。野菜を切ったり、卵を焼いたり、食器を並べたり。

 いつもはすごく楽しい作業だけど、今日は腕と脚が痛くって何かと苦労する。

 それでも、そんなこと微塵も顔に出さないように気を付けなきゃね。身体が痛いのは自分の運動不足のせいだもん。しかめっ面のスタッフじゃあ、お客様だけじゃなくて、マスターや浩美さんにまで嫌な思いさせちゃう。

 笑顔でいるって、バイトする前に誓約も立てたし。

 お客様の朝ご飯が終わって、後片付けをして、そうしたらようやく私と昴さんの朝ご飯。

 マスターと浩美さんはいつも、お客様の食事を準備する前に食べ終えているから、二人っきりで隣同士に座っての食事だ。

 でも、気まずさとかは全くなくて、たいていは昴さんがずっと話してくれてる。


「そう言えば、雪奈、身体は痛うないか?」

「痛いです……」

 私は苦笑しつつ答えた。なんだか、朝起きたばっかりのときよりも、今の方が痛みが大きくなってる気がする。気のせいであって欲しいなぁ。

「今日の仕事、あんまり無理したらアカンよ。重いもん持つときは、必ずオレ呼びや」

「ありがとうございます」

 それにしても、昴さんってすごくよく食べる。私の三倍くらい食べてる。だから体力あるのかなぁ。

 そうじゃなきゃ、あんな上手に滑れないよね。

 私の視線に気づいたのか、昴さんはパンを銜えたまま「ん?」という視線を投げかけて来た。

「雪奈、どしたん?」

「あ、えっと。あの、よく食べるなって思って」

「そおか? こんくらい普通やろ。雪奈が食わなさ過ぎやねん。せやから、そんな細っこいんや」

 そう言って、昴さんはおもむろに私の腕を取った。もちろん、私は昴さんの方へ引っ張られることになる。

「ほれ、やっぱり細すぎ。骨と皮しかないみたいやん」

 私の肘の下あたりをガッチリと掴んだまま、昴さんは私を覗き見た。私の身体が知らず強張る。

 あっあの、近いです、顔……。

 もうちょっと距離がないと、なんかドキドキして、だめなんです。

 でも昴さんは離してくれなくて。私は、ちょっと困った顔で、無言のまま、昴さんを見つめ返した。

「――ま、そう言うても、いきなりは食われへんもんなんやろなぁ」

 昴さんが、ふぅ、とため息をつき、腕を放した。そして、上に大きく伸びをする。

「あー食った食った。ほな、オレ仕事行くわ。さっき、大介兄ちゃんが外で何かやっててん。それ手伝うてくるわ。雪奈は浩美さんの方お願いな」

 昴さんは椅子から立ち上がると、食器を流し台に置き、ダイニングを出て行った。

 私は、自分と昴さんの朝食分の食器を洗ってから、浩美さんを探しにお洗濯の部屋へと向かう。この時間はいつもそこにいるはず。

 浩美さんを手伝いつつ、出掛けられたりチェックアウトされたりしたお客様の客室に行き、空気を入れ替え、掃除し、シーツを取り替える。これがなかなか重労働。満身創痍の今の身体には少し堪えた。

 それが終わったら、共用スペースのお掃除。ラウンジとか、エントランスとか。

 マスターはこのペンションはあまり大きくないよって言ってたけど、私にとっては十分過ぎるくらいに大きい。


 ラウンジの鐘時計が鳴った。

 いつの間にか十一時。もうちょっとで、午前中のお仕事が終わる。あとは玄関の掃き掃除だけ。

 私は箒を手に取り、玄関に降りた。


 そのとき、ペンションの扉が開いた。外から見たことのない二人の男性が入って来る。誰、かな。

「すみません、今日からここに予約している河合と申しますが……」

 先に入って来た男の人が私に向かって言った。

 育ちのよさそうな、物腰の柔らかい人だ。未だ若そうだけど、すごく落ち着いてて、大人の男の人って雰囲気がする。優しそうな笑顔が、安心させてくれた。

 その後ろにいるのは、河合と名乗った人よりも背の高い男の人。ペンションの中を物珍しそうに見回している。ちょっとワイルドな感じで、昴さんとは質の違うヤンチャさを感じた。恵美ちゃんや朋子ちゃんがいたら、さぞうるさくはしゃぐんだろうなぁ。

「河合様、ですか?」

 私はそう答えながら、昨夜確認しておいた宿泊予定者の名前を思い出す。

 確か、今日から三泊四日で宿泊することになっている四名様の、代表者さんのお名前が『河合』だった。きっとこの方がその、『河合』さんなんだ。

「ようこそおいでくださいました」

 私はそう言って礼をする。

 河合さんは会釈を返してくれた後、私に尋ねてきた。

「チェックインは十五時以降でしたよね? すみませんが、荷物だけ預かっていただけませんか? それと、できれば着替えもしたいんですが」

 えっと、荷物を預かるのはできるけど、着替えとなると……私が勝手に決められないことなんだけどな。

 うーん、どうしよう?

「雪奈ちゃん、どこだい?」

 ちょうどタイミングよく、廊下の奥の方からマスターの声が聞こえて来た。

 私は窺うようにして、河合さんともう一人の男の人の方を見た。二人とも、目が「どうぞ」って言ってくれてる。それを確認すると、私はマスターの声がした方に向かって声をかけた。

「あっ、あのっ、マスター! 私、ここです」

「なんだ、そっちか」

 マスターがそう言いながら、パタパタと玄関の方へ歩んできて、私の目の前に立つ二人に目を止めた。

「おや、お客様?」

「あの、マスター。今日から宿泊されるご予定の河合様です。お荷物預かりと着替えをされたいっていうことなんですけど」

 私が言うと、河合さんはマスターに向かってにこやかに軽く頭を下げた。

 マスターが私の隣まで来て、小声で尋ねて来た。

「雪奈ちゃん、今日からのお客様のお部屋ってもう準備終わってたよね?」

「えぇ」

「じゃあ、もうチェックインしてもらっていいよ。僕は荷物持ちに昴を連れて来るから」

 マスターはそう言うと、二人の方を向き直った。

「ようこそおいでくださいました。もうお部屋をご用意できますので、どうぞチェックインなさってください。お着替えもお部屋でどうぞ。チェックインの手続きは、この子が行いますので」

 マスターに言われて私は急いでカウンターに入った。宿泊者の管理帳簿を出す。

 河合さんがカウンター越しに寄って来た。

「どうもありがとう」

 笑顔でそう言った河合さんに、私の心臓が、とくん、と鳴った。


 

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