16 四人組との出会い (1)
「――あ、雪奈。どぉ? 元気でやってる?」
「うん、元気だよ」
夜、典子ちゃんからケータイに電話がかかってきた。
夕食の後片付けも終えて、お風呂にも入って、歯も磨いて、ちょっとみんなで雑談して、後は寝るだけ。ボードで疲れた身体を布団に横たえた状態で話す。
「そ? 泣いてない? バイト先の方々に迷惑かけてない?」
「だぁいじょうぶだってば」
私は苦笑しつつ答えた。
典子ちゃんは、ときどきお母さんみたいだ。どんなときでも、何をやるにも、いっつも一番最後になる私を忘れずに待っていてくれる。今日の電話も、きっと私のことを心配してかけてきてくれてるんだ。
「そっちは寒いでしょ?」
「うん。でも、雪がすごく綺麗なの」
「へぇ……いいなぁ。私も今度、彼氏にボード連れて行ってもらおうっと」
「あ、そうだ。あのね、私も今日、ボードやってみたよ」
私がそう言うと、典子ちゃんはすごく大きな驚きの声を上げた。耳がキーンってなる。
「ウッソ、雪奈が?! できたの?」
「うん…まぁまぁ、かな。コノハって言うのができるようになった」
「本当? すごいじゃん」
「でもたくさん転んで、アオアザいっぱい」
お風呂に入ったとき、鏡見て驚いたもん。膝とか、腕とか、アオアザって言うよりなんかグロテスクな紫色になってた。
「それでもすごいよ。雪奈のことだから、ボード履いて立つのがやっとかと思ったのに」
「先生が、よかったから……かな」
昴さんが、丁寧に教えてくれたから。だからきっと、今日が初めてのボードだったのに、一日でコノハまで滑れるようになったんだと思う。
「――先生?」
訝しげな典子ちゃんの声が聞こえた。
「うん。えっと、ペンションのオーナーさんの甥っ子さん。同じ歳なの」
「ふーん……」
典子ちゃんはそう言ったけど、なんか、納得してないみたい。別に嘘は言ってないんだけどな。
なんだかケータイの電波を通して私のことを探られてるような気がして、なんだかすごく恥ずかしくなってくる。
典子ちゃんお願い、何か話して。
私の願いが届いたのか、典子ちゃんの声が聞こえてきた。
「雪奈、あのね……」
「ん? 何?」
「……いいや、やっぱやめとく」
「そうなの?」
「うん。あ、もうこんな時間じゃない。明日の朝、早いんでしょう? そろそろ切るね」
典子ちゃんに言われて時計を見たら、いつの間にかビックリする時間になってた。今からすぐ寝ても、六時間くらいしか眠れないなぁ。疲れてるから、八時間くらい眠りたいけど。
「うん。典子ちゃん、電話ありがとう」
「また電話するよ。じゃあね、おやすみ」
「おやすみ」
ケータイを閉じて枕元に置くと、私は目を閉じた。
* * *
ケータイにセットしていた目覚ましアラームが鳴り始めた。
私はそれを止めようと腕を伸ばした。その途端、痺れるような違和感が腕を走る。
うぅ、痛い……。
我慢して、とりあえずアラームを止めた。
二の腕を擦りながら寝返りをうとうとしたら、身体中が筋肉痛になっているのがわかった。脚も腹筋も痛い。
やっぱりなっちゃった、筋肉痛……。なるよね、そりゃ。普段全然運動してないんだもん。でも、一日で来たんだからヨシとしておこう。
ぎしぎし言う身体を叱咤して、私はなんとか布団から這い出した。
屋内は暖房施設が完備されてるから、部屋の中はむしろ大学の下宿先よりも暖かい。
頭がぼーっとする。私、低血圧だから、朝、弱いんだよね。
眠い目を擦り擦り顔を上げると、側に置いている姿見に、大きめの薄い桃色のパジャマを着た自分が映っているのが見えた。寝起きっていうのもあって、なんだかすごく情けない感じだ。
あ、寝癖が出てる……。
さすがにそんな状態でみんなの前に顔を出すわけに行かないから、私はとりあえず、顔を洗いに洗面所に行くことにした。ついでに、寝癖も直そう。
「よっと」
立ち上がって、部屋のドアに手を掛ける。
欠伸しながら外に出ると、ちょうどタイミングよく、隣の部屋のドアも開いた。
出てきた昴さんと目が合う。私は慌てて欠伸の口を閉じた。見られちゃった、かも。
「あぁ、雪奈。おはようさん」
昴さんが言った。
「お、おはようございます……」
私が俯き加減で言うと、昴さんはくすりと笑った。
「昨日がんばったし、未だ身体が疲れとるんやな。欠伸も出るはずや」
あぁ、やっぱり、見られちゃってたんだ。恥ずかしいなぁ。昴さんの方、向けないよ。
待ってたら、先に行ってくれるかな。
私は俯いて昴さんのつま先を見つつそのままちょっと待ってみたけど、昴さんは全然動かない。不思議に思って様子を見ようとしたとき、昴さんの手が私の頭にぽんと乗った。今度はそのせいで、前を向けなくなる。
「あの、昴さん……?」
ちょっと困って私が声をかけると、昴さんが言った。
「雪奈、その格好のまんま、あんま部屋の外に出えへん方がええよ」
頭の上から、昴さんの手が離れた。重さがなくなって、ようやく前を向けるようになる。
昴さんを見ると、悪戯っぽく笑っていた。
「ま、オレとしては、パジャマ姿の色っぽいネエちゃんやったら、いつでも何人でも大歓迎やけどな♪」
そう言われて初めて、自分の状態を意識する。
私、パジャマ一枚だ。パーカーも着てない。それに、寝起きだし、寝癖も立ってるし。
嘘――――っ!?
は、恥ずかしすぎる……っ。
「あはははは、雪奈、また顔が、真っ赤っ赤ぁや。そのまんまやと冷えるさかい、風邪引かんようにしぃや」
昴さんはそのまま、手をひらひらと振って廊下の向こうへと歩いて行く。
私は、その後姿を複雑な思いで眺めていた。