15 初挑戦のスノーボード (5)
古人は偉大だ。
油断大敵。本当にその通り。
ちょっと斜面を進めるようになって油断してたから、盛大に転んじゃったんだろうなぁ。
反省しなきゃね、雪奈。
昴さんにも、ものすごく心配されちゃったし。今でさえ迷惑かけっぱなしなのに、これ以上迷惑かけたら、嫌われちゃうよ。
私はボードに右足を固定すると立ち上がった。
昴さんはとっくにボードを履き終えていて、数メートル程下まで滑って私が追いかけて行くのを待っている。
今は、今日三回目のリフトを降りたところだ。
さっき結構派手に転んだことで、逆に転ぶことへの恐怖心がなくなった、かな。何事も、失敗しないと覚えないんだって、改めて身を以って理解した気がする。
リフトは相変わらず怖くって、未だ昴さんの助けがないと上手く降りられないんだけど。でも、別の意味でドキドキするから、本当に、早く慣れなきゃって思う。
「雪奈ー、はよぉ!」
昴さんが両手をメガホンみたいにして私に向かって叫んだ。
「今行きますー!」
私は手を振ってそれに応えて、左足を前にし、斜面に対してボードが斜めになるようにすると、左足に体重をかけた。
重力に従って、ボードがスイーっと斜面をほとんど真横に滑る。まずは左方向へ。
そのまま勢いを失って止まりかけたとき、今度は右足に体重をかける。斜面の下の方を向いたまま、今度は右横の方へとボードが滑り始めた。ある程度行ってまた止まりかけたら、今度はまた左足……。
ボードのエッジの描く軌跡が、左右にギザギザとした線になる。
これが昴さんが言っていた『コノハ』って言う滑り方らしい。木の葉が左右に揺れながらひらひら落ちる感じに似てるから、この名前なんだって。
さっきのずりずり斜面を滑り落ちて行くのよりもずっと、スノーボードをしてるって気持ちになれる。
ずりずり斜面を滑り落ちるのと同じく、この滑り方にも表と裏があって、それが上手く滑れるようになったらようやく、左右のターン。そこまでできるようになったら、普通のスノーボーダーが滑ってる波々した軌跡のスラロームって滑り方ができるようになるんだって。
私はようやく、コノハの表ができるようになったところ。
昴さんが待っていてくれたところに追いつくと、昴さんはにっこり笑って、私の頭をぽふぽふと叩いた。
「雪奈、ホンマに上達早いな。教えがいあるわー」
「そう、ですか?」
結構体力消耗してるなぁ。普段、運動なんてほとんどしないから。身体動かすのなんて、通学のときの自転車くらいだもの。きっと明日は筋肉痛だろうなぁ。
「そぉやって。ホレ、あっち見てみ?」
私は昴さんの指さした方向を見た。
ちょっとした谷を隔てて五十メートル程離れたところに、初心者向けらしきコースが見える。そこにはボードを付けたまま上手に立てずにすぐに転んでる人や子供たちが大勢いた。
「な?」
確かに、すぐに立てるようになったし、あの人たちよりは上手、かも。
でも、それはきっと、私の上達が早いからじゃなくて。
「先生がいいからですよ、きっと」
「あぁ確かに、それもあるやろなぁ」
昴さんが納得したように腕を組んでうんうんと頷く。私は堪え切れなくなってクスクスと笑ってしまった。
「なんやの、雪奈が言い出したんやん」
「そうですけど……昴さんってば、すごく納得するから」
「えぇねん。褒められたときは素直に受け取っとけば。
せやけど、ホンマに雪奈、オレの予想以上や。まさか今日、お昼食べる前にコノハが滑れるようになるとは思わへんかった」
「でも、まだ表だけですし」
「大丈夫、雪奈やったら、すぐに裏もできるようになるわ。表コノハかて、さっき始めたばっかりやのに、もう滑れるんやから。
じゃあ、今から裏コノハで下まで降りて、もう一回リフト乗ったら、頂上でメシ喰お。もぉ二時や。腹減ったわー」
「えっ?!」
昴さんに言われて初めて、まだお昼ごはんすら食べていないことに気がついた。
私、そんなに熱中してやってたの?!
「あ、ごめんなさい……」
「え? なんで雪奈が謝るん?」
「時間、全然気付かなくって」
「時間わからんようなるくらい一生懸命やってたってことやろ? オレも嬉しいわ。面白いやろ、ボード」
うん、面白い。
私は頷いた。昴さんが満足そうににっこりと微笑んだ。
「ほな、行こか。今度は雪奈が先な。後から追いかけるさかい、好きなトコまで行って止まっといてんか。一気に下まで降りれるんやったらそれでもええし」
いや、それは無理です。だってまだ、コースの半分も滑ってないもの。
私は裏コノハに切り替えるため、一度雪の上に座って身体を反転させると立ち上がった。
「じゃあ、先に行きますね」
そう言って私は裏コノハで滑り始めた。
右……左……右……左……
単調だけど、すごく楽しい。冷たいはずの風も、全然そう思わない。
滑っている内に、コノハのコツもつかめて来た。
まず、進行方向を向く。目線が落ちないように、遠くを見る。裏コノハの場合は足首と膝をちゃんと使って、エッジを立てる。
初めはほとんど真横に進んでは切り返していたけど、だんだんと角度をつけて斜面を下れるようにもなって来た、かな。未だスピードが出過ぎると怖いけど。
しばらくそのまま滑って、コースが大きくカーブする少し手前で私は止まった。斜面の方を向いたまま、膝を雪に着く。
昴さん、どこかなぁ?
斜面の上を見上げて、昴さんを探す。でも、みんなスノーウェアを着て、帽子を被って、しかもゴーグルしてるから、誰が誰かわからないなぁ。
昴さんのウェアってどんなのだっけ? えっと、確か、グレーと赤だったよね。
――あ、あれかな?
コースの中央を滑り降りてくる、スノーボーダー。ウェアの色が、昴さんと同じ。すごく綺麗なフォームで、コースのこぶの間を細かいターンで抜けながら滑り降りて来る。
そのボーダーさんがエッジを立てるたびに、粉雪が舞う……。
え?
ボードがこぶに乗り上げた。今までの勢いで身体が宙に浮く。その人はそのまま空中でしゃがむように膝を抱え、また雪に着地する前に膝を伸ばす。そのまま大きく急ターンして私の方へと進行方向を曲げると、真っ直ぐ進んできた。
あのボーダーさん、やっぱり、昴さんだ。すごく、上手い。
本当はあんなに滑れるのに、きっと滑りたいんだろうに、今日は私に付き合って我慢してくれてるんだ……。
昴さんは私の目の前まで来ると身体を捻り、ブレーキをかけた。
ざざぁあっ……
大きく雪が舞い、私の身体にかかる。
私は首を振って顔や髪に着いた雪を払い落すと、大笑いしている昴さんを見上げた。
「あははは、すまん」
「もぉ! 悪戯しないでくださいよっ!」