13 初挑戦のスノーボード (3)
「リフトに乗るときは、焦らんと、椅子を待つんや。椅子の方から膝の裏にぶつかってくるさかい、そしたら座ればええ。雪奈が上手く乗ったら、オレも座るな」
リフトはいよいよ私たちの番。
私が右で、昴さんが左。
私は身体を半回転させて、大きな滑車に沿ってこちらに向かってくる椅子を待った。
昴さんの言ったとおり、膝の裏に当たる。それを感じてから、腰を下ろした。
乗れたー。
隣で、昴さんも座る。弾みでリフトが軽くバウンドした。
リフトに運ばれ、足が宙に浮いていく。同時に、左足が板の重さで下に引っ張られる。
うぅ、重い……かも。
「落ちたらあかんし、セーフティ・バー降ろすな」
昴さんが、上からセーフティ・バーと呼ばれた金属の棒を降ろした。
あ、これで落っこちないようにするのか。
それにしても、リフトに乗ると板の重さを感じる。さっきまで全然そんなこと思わなかったのに。
「雪奈? こうしたら、楽やで」
昴さんが自分の足下を指差した。足を持ち上げて、私が身を乗り出さなくても見えるようにしてくれている。
昴さんは、右足に固定された板の半分を、左足の足首に乗せていた。
ああすると楽なの? 私もやってみよう。
「よいしょっ」
板が重くて、声が出てしまった。
左足にぶら下がっていた板を、右足に乗せる。
あ。確かに、楽になった。重さが分散されたのかぁ。
リフトは、地面よりも随分高いところを通っていた。下を滑走する人たちが小さく見える。
今は、スキーヤーさんもボーダーさんもたくさんいるんだ。
あ、あの人転んだ。うわぁ痛そう……。
あっちの人は、上手だなぁ。雪の上に波線を描いてるみたい。
あれ? あそこにあるのって、オリンピックとかでやってる『ハーフパイプ』っていうやつだよね?
その隣は、ジャンプ台?!
ふわぁあっ、跳んだ! すごぉい……。
「ん? 雪奈、ああいうんに興味あるんか?」
昴さん、私の見ているものに気づいたみたい。
「興味、って言うか、みんなすごいなぁって思って。怖くないのかなぁ」
「そやなぁ。初めは誰でも怖いんとちゃうの? でも、途中でいっぺんでも『怖い』って思ってしもたら失敗するさかい、思い切らなかん。あ、ホラ、落ちた。うわー背中から真っ逆さまや。かわいそ。めっちゃ痛そうな落ち方しはったなぁ。……でもな、不思議なもんで、技が一回決まると、病み付きになんねんなぁ」
昴さんも、あんなこと、やるのかな?
きっと、技が成功したら、気持ちいいんだろうなぁ……。
「あ、雪奈、もうすぐ頂上に着くで。バー、上げるな」
また、緊張してきました……。
胸の辺りをぎゅっと掴む。
あー地面が近づいてきたよぉ。
ふんわりと、腰に何かが当たる。
え?
「すっ、昴さんっ?!」
「オレが雪奈を支えてるさかい、雪奈は何も考えんと、右足を板の上に乗せてスケーティングな。転びそうやって思ったらオレにしがみついとき? な?」
って、あのっ、それどころじゃないです!
私の右腰に昴さんの右腕が回ってて、左肩には左手が当てられて、ぎゅっ…て、ぎゅってされてる!
これって、どー考えても、抱き寄せられてるよね? ね? ね?
そんな風にされたら、私、身体起こしてられないじゃないですかー!
自然と、しがみつくしかないじゃないですかー!!
そんなの、恥ずかしすぎて、無理―――ッ!!!
どっどうしよう?
「雪奈、板立てて」
板の裏が雪に覆われた地面に当たる。
うわぁぁぁ!
もぉ着いちゃったの?
待ってっ! 未だ、心の準備がッ!!
「ほら、立つで? せーのっ!」
昴さんの腕に力が込められたのを感じ、思わず目を瞑ってしまう。
そして、思い切って立ち上がった。
昴さんのウェアのしゃりしゃりした感覚が頬に伝わってくる。
ひゃぁぁ……。
顔にふわりとした涼しい風を感じ、止まった。
目を開ける。
無事だ。ってゆーか、私ってば、いつの間にか昴さんのジャケット、しっかり掴んでるし。
ジャケットをそっと放すと、昴さんが私を立たせてくれた。
「な? 別にリフトってゆうても、たいしたことなかったやろ?」
イイエ。そんなことは、ナイです。
リフトじゃなくて、別のことに意識を奪われてたのは確かだけど、とっても、たいしたコト、あります。
うーあー。早く一人で降りられるようにならないと、別の意味で、心臓が持たない、かも。
「ま、次乗るときには、今よりももっと上手く乗れるはずやし、あんまり気にせんとき」
そう言いながら、昴さんは私の頭にぽんぽんと手を置いた。
「ん? どしたん?」
「昴さん、よく私の頭、叩きますよね?」
なんか、小さい子を相手にしてるみたいな仕草。
昴さんの手、安心するんだけど……私って、そんなに子供っぽい? 昴さん、私と同じ年だって言ってたよね?
「あー……そう言えば、そーかもしれへんな」昴さんはまた私の頭をぽんぽんってする。「ちょうどええねん。高さが。なんか、雪奈見とると、やりたなんねん」
そんな理由?!
「嫌なんやったら、やめるで?」
「そういうわけじゃ、ないんですけど」
ただ。ただね。そうされる度に、なんか、なんだか、ちょっと、切なくなるの。
「ならええやん。急にそんなこと言いだすさかい、嫌なんかと思た」昴さんが私の背中を押す。「さ、滑ろぉな。まずは板、履かなな」
昴さんが隅に寄ってしゃがむ。そして、自分の隣の雪の上をぽふぽふと叩いた。
「雪奈も、早ぉ。ここ座りぃや」
「はっ、ハイ!」
あーもぉ。もしかして、私、昴さんに振り回されっぱなし?