12 初挑戦のスノーボード (2)
――五分経過。
私、かなり必死です。
だって、全然滑らないんだものー!
転ばない代わりに滑りもしないって、ちょっと悲しい、かも。
昴さんが私の方に近づいてきて、頭に手を置いてぐりぐりと撫でた。
「雪奈、ちょっと力みすぎや。リラックス、リラックス」
リラックスって言ったってっ!
私、初めてなのにーっ!
「雪の上やとな、前傾に力入れるとブレーキがかかんねん。リラックスして、ちょうどええくらいに体重かけたら、前に進むさかい。さっきからずっと見とるけど、雪奈、全然こけへんし、焦らんでもすぐに上手ぁなるわ」
昴さんが、またスイーッと進む。
私もその後を追いかけて、地面を蹴った。
リラックス、リラックス。
――あ、滑った。
滑ったー!
昴さんが、そんな私を見てにっこりしてる。
なんかすごく嬉しい。
「雪奈、慣れてきたんやったら、地面蹴った後、右足も板の上に乗せられるか?」
昴さんが既に実演している。
私も。
お? ちょっとぐらぐらする。けど、なんか、それっぽくできてる? かな?
しばらくそのまま滑って、昴さんが止まった。
ん? いつの間にか、人の多いところに来てる?
「よっしゃ。合格。ほな、リフト乗ろな」
気が付くと、そこはチケット売り場の前。
えっと……これは、もしかしてもしかします?
まだ、板を付けて、一時間も経ってませんよ?
「あの、も、もぉ、ですか?」
「そ。もぉ。そんな顔せんでも、大丈夫やって。リフトから降りるときは、オレが支えとくさかい。ちょぉ、ここで待っときや? 動いたらあかんよ?」
昴さんがチケットを買いに行ってしまった。
うわぁああ。
心臓がばくばくしてます。
私、小心者なのにー。
私の心臓さん、この緊張に耐えられるかしら。
私っていっつもこう。
やる前に、緊張して、いろいろ無駄に悪いことばっかり考えて、一人で焦っちゃって、初めの一歩がなかなか踏み出せないの。
今日は、大丈夫だよね?
昴さんが一緒にいてくれるもの。きっと大丈夫。
大丈夫だよ、雪奈。
あ、昴さんが戻って来た。
「雪奈?」
「は、ハぃッ!」
うひゃー変な声出たー!?
昴さんが笑い出す。
ヒドイ。そんな、お腹まで抱えて笑うことないじゃない。
こっちは死にそうなくらい緊張してるんだから!
「あははは、はは、雪奈、緊張しすぎ! あはははは」
「だって」
「まぁ、初めてやもんな。緊張すなっちゅー方が無理やろなぁ」
そうです。そうなんです。昴さん、わかってます?
リフトですよ? 勝手に動く椅子ですよ?
上手く乗れるかどうか、座れるかどうかもわからないんですよ?
落っこちたらどーするんですか?
仮に上手く乗れたとしても、どうやって降りるんですか?
降りられなかったら、ずーっとグルグルグルグル回っちゃうんですよ?
昴さんがため息をつく。
「しゃーないなぁ。雪奈、オレが緊張の解けるオマジナイしたる」
昴さんはそう言って私の真ん前に立った。
おまじない? そんなのがあるの?
昴さんが腰をかがめて、私と目線を合わせた。
すごく優しい笑顔、だけど。
近いっ、近いからっ!
ホントに近すぎっ!
手を伸ばさなくっても、触れてしまえそうな距離。
私、完全に硬直。
昴さんの手が、私の顔に伸びてきた。その手はグローブをしていない。
昴さんの指が、私の額に触れた。柔らかく。
息を呑む。
そのままスッと横にスライドしていった指が、私の顔にかかっていた髪を、耳にかけた。
そして、指先は顔の輪郭に沿って流れて行き、顎の先で止まる。
その指に、少しだけ、力が入った。私の顎が、少しだけ、上がる。
昴さんの笑顔が、すごく色っぽく見えた。
昴さんの指が、名残惜しそうに、ゆっくりと離れる。
昴さんの身体も、ゆっくりと離れていく。
同時に、私の身体が一気に脱力した。
「ホラ、な? 緊張、解けたやろ?」
昴さんがニヤリと笑った。
もしかして、す、昴さんの言ってたおまじないって……。今の、ですか?
その場にへたり込みそうになった私を、昴さんが、おっとと持ち上げた。
「雪奈、大丈夫か?」
「な、なんとか……」
なんだか、どっと疲れが……。
し、死ぬかと思った……!
なんか、体力使い果たしちゃった感じ。
「雪奈って、ホンマに初心なんやなぁ」
昴さん。その言い方って、絶対に褒めてないですよね?
どうせ私には、彼氏いたことなんてないですよ。
それどころか、同年代の男の人とも、ほとんどまともに話したことすらないですよ。
昴さんが、初めてなんですもん。
だから私、昴さんの側にいると、どうしていいかわからなくってドキドキしっぱなしなんです。
「冗談のつもりやったんやけど、雪奈には刺激が強すぎたんやろか。ま、カワエエから許したる。さ、行こか。今やったらちょうど、リフト空いてるみたいやし」
何を許してもらったのかサッパリわからないまま、私はリフト乗り場の列に並ばされてしまった。