10 マスター夫婦の心遣い (4)
「実はもう、浩美の道具一式、準備できてるんだよねー。雪奈ちゃんが行くって言ったら『ハイッ』って渡せるように、メンテナンスまでバッチリ。見たトコ、雪奈ちゃんの身体のサイズは浩美とそう変わりなさそうだし」
手で顎鬚をいじりながら、マスターは私の身体を上から下までざっと眺めた。
そのマスターを、昴さんが枕で叩く。
「あでっ!」
「そのヤらしい目ぇ、やめぇや、このエロオヤジ!」
「昴ッ! 何を人聞きの悪い……」
マスターが打たれたところを擦る。
な、なんか、ケンカ始まっちゃうの?
私はおろおろしつつも、どうにか二人に声をかけた。
「あの、私、気にしてませんから……」
「ほら、な? 雪奈ちゃんもああ言ってるだろ。そう見えるのは、お前の心がヤマシイからだ」
マスターは勝ち誇ったようににっこり笑ったが、昴さんは不服そうだ。
「とにかく、心配なのは靴だけかな。試してもらって、もし合わなかったら、そのときはレンタル用の靴から選んでもらうね。足が痛いと、せっかくのボードも楽しめないからな」
「すみません。本当に、何から何まで……」
それから手早く仕事を終わらせて、ペンション内のドライルームに向かった。
今、私は、浩美さんのものだというスノーボード用のブーツに足を通している。
とても運よくと言うか何というか、足までサイズがピッタリで、板も靴もそのまま使わせてもらうことになってしまった。
今履いているブーツはちょっと大きく感じるんだけど、それでいいらしい。
「雪奈、利き足どっちかわかる?」
昴さんが、スノーボード用の板が入ったケースを開けながら私に聞いてきた。
「利き足?」
足にも利き足ってあるの?
「知らんのんか。んーと、じゃあ、右足前にして、筋斗雲に乗るカッコしてみて?」
「へ?」
筋斗雲って、アレ?
「いーから、はよぉやる!」
「はっ、はい!」
右足を前に出して、体重をかけてみた。
……なんか、ぎこちない感じ。
「どぉ?」
「うーん……」
「ま、すぐにはわからんか。今の感覚、覚えときや? ほな、次、逆な」
今度は左足。
あ。こっちの方が、なんか自然だ。
「こっちの方がしっくりくる……かも」
「そか。雪奈は、レギュラーみたいやな。なぁ大介兄チャン、浩美さんって、レギュラーやったっけ、グーフィーやったっけ?」
ちょうどやって来たマスターに、昴さんが聞く。
マスターは、肩に何か大きめのバッグをかけていた。
「浩美はレギュラーだ」
「おぉ、ラッキー。浩美さんもレギュラーなんやったら、板、このまま使えるやん♪」
なんかよくわからないけど、いいことがあったみたい。
「雪奈ちゃん、ウェアはここに置いておくから。中にゴーグルとか帽子も入ってる。後は昴に聞いて?」
「はい、本当にありがとうございます」
「おおきに」
「それじゃ、気を付けて。楽しんでおいで」
そう言い残して、マスターは行ってしまった。きっと浩美さんのところに戻ったんだ。
昴さんは、自分の板とブーツを持ってペンションの外に向かって歩き出した。
私も浩美さんの板とブーツ持つ。
うわぁ、結構重いんだぁ……。
よたよたと歩いていると、昴さんがすぐに戻って来て、私から板を取り上げた。
「結構重いやろ? でも、履いたらあんまり重さは感じひんようになるし」
昴さんはいつも笑顔だ。
「あ、ありがとうございます……」
まただ。
いつも助けられちゃってるな、私。
板とブーツを、ペンションの外の、邪魔にならないところに置く。
いったん、ドライルームに戻った。
「じゃ、雪奈、オレたちも部屋戻ろか。ウェア着なかんし」
昴さんが、マスターから渡されたバッグを持ち、マスターの居住区の方へ歩き出す。
マスターが私のために空けてくれた部屋は、昴さんの部屋の隣。
ちゃんとした部屋なんだけど、天井だけは屋根裏部屋みたいに斜めになっている。
普段は使っていない部屋で、私が来るから慌てて掃除したってマスターが言ってた。
マスターは、キャスターの付いた姿見まで用意してくれていた。
その姿見とトランクを隅に立てて、布団を敷くと、それだけでいっぱいになっちゃうくらいの部屋だけど、あんまり部屋で過ごしていないからそれで十分。
もちろん、布団は毎朝上げている。
昴さんが、部屋の中にバッグを置いた。
「綺麗に使こてるなぁ。オレの部屋とえらい違いやわ」
昴さんが部屋の中をぐるりと見回した。
えっと……なんか、恥ずかしいんですけど。
私が俯いているのに気付いたのか、昴さんが謝った。
「おぉ、すまんすまん。じゃあ、これ着て来てんか」
昴さんがバッグを開けて、中からいろいろと引っ張り出す。
その一つ一つを示しながら、着方を教えてくれた。
「ウェアの中は、タートルのフリースとかがええんちゃうかな。動くと暑ぅなるさかい、あんまり着込まん方がええよ。下は、タイツ履いて後は、この中に入っとるスパッツと靴下履いて、その上からウェアな。
あ、それと、今のうちに、脚の筋、よぉ伸ばしときや? 傷めたらあかんし」
「ハ、ハイッ!」
「ほな、オレもウェアに着替えてくるさかい」
昴さんが部屋から出て行く。隣から、ドアの音がした。
えっと、フリースは、確か何枚か持ってきてたはず。
私はトランクから、ピンク色のタートルネック・プルオーバーを出した。タイツは、今履いてるのでいいや。
うわぁ、このスパッツ、クッションが付いてる?
膝とか、お尻とか……。なんか、二周りくらい太った感じだぁ。
靴下も、こんなに分厚いんだ。
だから、ブーツがちょっと緩くてもいいって言ってたのか。
ウェアのズボンを履き、ベルトを締める。ジャケットを羽織り、ジッパーを上げた。
姿見を引っ張って来て、覗き込む。
全然知らない私がそこにいた。
茶色いズボンと白いジャケット。ちょっとぶかぶかしてる?
ニット帽を被って、ゴーグルで抑えた。
鏡の前で、身体を右に左にひねりながら、着崩れしてるところがないようにウェアを整える。
うん、格好だけは、今のところ一人前……かも。