9 マスター夫婦の心遣い (3)
昴さんが真っ赤になった私を見て、お腹を抱えて笑い出す。
「もしかして、雪奈、想像したん?」
「してませんからっ!」
「あははは、雪奈って、ホンマにかわええなぁ。真っ赤っ赤ぁや」
「言わないでくださいッ!」
火照りが治まらない。
あぁ、ホント恥ずかしいぃ。
昴さんが未だ笑いながら、私を宥めるように頭をポンポンと撫でた。
「そんなんじゃ、雪奈の彼氏は苦労しとるんやろなぁ」
「彼氏なんていませんッ!」
「あ、おらへんの?」
そーなんです。いないんです。
だからもぉあんまりからかわないでください、ホント、お願い。
「――なんや、彼氏おらんのんか」
「昴ー! 昴? なんだ、ここにいたのか」
昴さんが何か言いかけたのを遮って、マスターが客室のドアから顔を見せた。
「おぉ、大介兄チャン、どぉしたん?」
「あ、雪奈ちゃんも一緒か。ちょうどよかった。明日の夜、森田さんが恒例の鑑賞会やるけど来るかって誘ってくれてるんだ。昴、雪奈ちゃんと行って来たらどうだ?」
「ホンマに? 行く行く。また誘うてくれたんや、嬉しいわぁ。雪奈も行くやろ?」
鑑賞会?
「あの、何の話……」
「あ、森田さんっちゅうのは、近所に住んだはるオッチャンでな、星見るんが趣味なんやて。毎年、年末に、星空鑑賞会開いててん。メチャメチャ綺麗やで」
星空鑑賞会だなんて、なんか素敵。
行ってみたい……。
確かに、このあたりなら、星も綺麗に見えそうだもの。
冬の大三角、見えるかな。もしかしたら、冬のダイアモンドもはっきり見えるかも。プレアデス星団も見えるんだろうなぁ。
「じゃあ、二人共行くって、森田さんに言っておくよ」
私の表情から、イエスの返事を読み取ったらしく、マスターが言う。
「おおきに。大介兄チャンは? 一緒に行かへんの?」
「今年は辞めとく。浩美を置いていけないからね。家で一緒にのんびりしてるよ。ところで、二人とも、今日、これからどうするんだ?」
マスターの声に、昴さんが何かを思い出したように手を打った。
「あ、そうや、雪奈、今日、この後ヒマ?」
「え?」
「今日こそ一緒にゲレンデ行かへん? さっきな、ホンマは、雪奈を誘おう思て探しとったんや。昨日も一昨日も、天気があんまりよぉなかったけど、今日は快晴やさかい、きっと、めっちゃ気持ちええよ」
どうしよう。
確かに、今日はゲレンデに行ってみようとは思ってたけど。
昴さんと一緒って……。前に教えてくれるって言ってたけど、そんなことしたら、それこそ、昴さんが楽しめなくなっちゃうんじゃないかな。
昨日昴さんが一緒に滑ってたっていうOLさんたちくらいに、私も滑れるんだったら別だけど。
私は枕に手をつけた。
枕カバーも取り替えなきゃね。
「でも、私、滑れないし」
挑戦したいとは思うけど、そのせいで昴さんがつまらなくなっちゃうのは、嫌だ。
「初めてなんだろ? それなら滑れなくて当たり前さ。教えてもらえばいい」
マスターが後押ししてくれる。
「せやから、オレが教えたるんやんか」
昴さんが言った。
――本当に、優しいなぁ。
私なんかに構ってたら、自分が楽しめなくなるの、わかってるはずなのに。
「私も、滑れるようになるかな、ボード」
ぽつりと呟いた。
「なるって。なるなる。オレが保証したる」昴さんが自分の胸を叩く。「オレが手取り足取り教えたるさかい、安心しぃや」
その言い方に、私はさっきの話を連想してしまった。ちょっと安心できない……かも。
「お前の『手取り足取り』は安心できん」
私の代わりに、マスターが言ってくれた。ご丁寧に、手ツッコミ付きで。
「なんやねん、大介兄チャン。まるでオレに下心あるみたいな言い方せんといてんか。雪奈が誤解するやん」
「そんなことないだろー。雪奈ちゃん、こんなに可愛いんだ。お前だって健康な二十歳の男性だし? 男だったら、多少の下心は持ってるだろー」
「うっ、うっさいわ。放っといてんか。大介兄チャンかて、浩美さんのこと、ゲレンデでナンパしたってゆーとったやないけ!」
「そーだ。すっごく可愛かったんだ。文句あるか」
な、なんかすごい内容なんですけど……。
聞いてる私の方が、また赤くなっちゃいそう。
でも、内容はともかく、昴さんとマスターの掛け合いは、漫才を見てるみたいだ。
「ま、冗談は置いといて」マスターが私の方を向く。「雪奈ちゃん、ゲレンデに行くなら、浩美の道具一式、使ってよ。どうせ浩美は使えないし、レンタルの物を使うより絶対にその方がいいから」
「ホンマに? 浩美さんの借りてええんやったら、その方が絶対ええわ。雪奈、借りといたら?」
「えっ、いいですよ、そんな」
私は胸の前で両手を振った。
これ以上善くして貰っちゃうなんて、恐縮しちゃう。
バイト代ももらってるし、レンタル代くらいは自分で出さなきゃ。
それに、浩美さんに断りもなく、勝手に借りられないよ。
「大丈夫。浩美がそう言ってるんだ。雪奈ちゃんがゲレンデに行くなら、私の道具を使ってもらってくれって。雪奈ちゃんに使ってもらえなかったなんて言ったら、俺が浩美に怒られる」
う…なんか、断る術を失った気分。
「じ、じゃあ、お言葉に甘えて……」
私はぺこりと頭を下げた。
マスターが、それでヨシ、と頷いた。