第3話 錬金術で村を救ったら、もっと目立っちゃいました
ガルドの工房で働き始めて一週間。
俺の日常は概ねこうだった。朝起きて、工房で剣や防具を作り、昼は自作の料理(EXランクなので当然絶品)を食べ、午後はポーションや道具を錬金する。夜はフィーネが紹介してくれた貸家でぐっすり眠る。
最高だった。
前世の地獄のような残業生活が嘘のように、穏やかで充実した日々。これぞ異世界スローライフ。
——のはずだったのだが。
「ルイさん、大変です!」
その日の朝、フィーネが血相を変えて工房に飛び込んできた。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「クロスベルの北にあるミレーヌ村で、原因不明の疫病が発生しました。すでに村人の半数以上が倒れていて、このままでは——」
フィーネの声が震えている。
「ギルドから治療師を派遣しましたが、通常の治癒魔法では効果がないと……。毒に近い何かに侵されているらしいのですが、解毒のポーションも効かないそうです」
「それは深刻だな……」
「はい。それで、その……ルイさんにお願いがあるんです」
フィーネは真っ直ぐに俺を見つめた。
「ルイさんの錬金術スキルなら、何か方法があるんじゃないかと。……勝手なお願いだとは分かっています。でも、このままでは村が——」
「行きます」
即答した。
フィーネが目を丸くする。
「え……いいんですか? 危険かもしれないのに」
「困っている人がいるなら助ける。それくらいは、前世から変わらない信念ですから」
のんびり暮らしたいのは本心だが、人が死にそうなのを見て見ぬふりはできない。サラリーマン時代、同僚が倒れた時も真っ先に救急車を呼んだのは俺だった。
「ルイさん……ありがとうございます!」
「感謝は助けてからで。まずは現場を見ないと」
馬車で二時間ほど揺られ、ミレーヌ村に到着した。
小さな村だった。三十世帯ほどの家々が点在し、周囲は豊かな森に囲まれている。しかし今、村には重苦しい空気が漂っていた。
臨時の治療所となっている集会所に入ると、十数人の村人がベッドに横たわっていた。顔色は土気色で、全身に紫色の斑点が浮かんでいる。
「これは……」
『万物鑑定』を発動。
——
【状態異常:魔毒瘴気】
種別:環境汚染型の魔素毒
原因:地下の魔素溜まりが地表に漏出
重症度:ステージ3(放置すれば生命に関わる)
有効な治療:高純度の浄化エリクシル
——
原因が分かった。地下に溜まった魔素が毒化して地表に漏れ出しているのだ。通常の解毒ポーションでは対処できないわけだ。
「浄化エリクシルか……」
錬金術のスキルが起動し、レシピが頭に浮かぶ。必要な素材は——聖銀草、月光水、精霊石の粉末、そしてユニコーンの涙。
ユニコーンの涙。入手難度SSランクの超希少素材だ。普通なら手に入れるだけで数ヶ月かかる。
しかし。
「……代替素材、あるな」
EXランクの錬金術スキルは、既存のレシピを超えた調合法を教えてくれる。ユニコーンの涙の代わりに、朝露で濡れた聖銀草を月光に当てて精製すれば、同等以上の効果が得られる。
「フィーネさん、この近くに聖銀草は生えていますか?」
「は、はい。村の裏の森に群生地があると聞いています」
「ありがとう。あと一時間で薬を作ります」
「一時間!? 浄化エリクシルを一時間で!?」
驚くフィーネを残して、森に走った。
聖銀草はすぐに見つかった。朝露に濡れた銀色の葉が、木漏れ日を受けて輝いている。精霊石も、森の奥の小川で採取できた。月光水の代わりは——清流の水に魔力を込めれば作れる。
素材を集め、村に戻る。
集会所の隅に臨時の錬金台を設置し、作業を開始した。
聖銀草を石臼で丁寧にすり潰す。精霊石を粉末にして加える。清流の水に魔力を注ぎ込み、月光水の代替品を生成。
すべての素材をフラスコに入れ、魔力の炎でゆっくりと加熱する。
温度管理、攪拌の速度、魔力の注入量——すべてがスキルによって完璧にコントロールされる。
四十分後。
フラスコの中に、虹色に輝く液体が完成していた。
『万物鑑定』。
——
【浄化エリクシル・極光】
ランク:神話級
効果:あらゆる毒素・瘴気を完全浄化。服用者に24時間の毒耐性を付与
備考:有史以来最高純度の浄化薬
——
神話級。
レジェンダリーの上だ。
「できました。これを患者さんに飲ませてください」
一人に数滴で十分だった。虹色の液体が村人の唇に触れた瞬間、紫色の斑点がみるみる消えていく。土気色だった顔色が、健康的な血色に戻っていく。
「嘘……治ってる……本当に治ってる!」
治療師が声を上げた。
「お母さん! お母さんの目が開いた!」
少女が泣きながら母親に抱きついた。
「……もう苦しくない。あんた、一体何を……」
次々と目を覚ます村人たち。涙、笑顔、感謝の声が集会所に溢れる。
「ルイさん……すごい……」
フィーネが涙を浮かべていた。
「これだけじゃ根本的な解決にはなりません。地下の魔素溜まりを何とかしないと」
「それも、ルイさんなら……?」
「まあ、やってみます」
村の中心に魔素浄化の結界石を設置した。建築スキルと付与魔法の合わせ技だ。地下から漏出する魔毒瘴気を自動的に浄化し、無害な魔素に変換する装置。理論上、百年は持つ。
「百年……」
村長が呆然と呟いた。
「あんた、本当に何者なんだ……?」
「ただの、ものづくり好きですよ」
帰りの馬車の中、フィーネが隣に座った。
「ルイさん」
「はい」
「あなたは、すごい人ですね」
「スキルがすごいだけですよ」
「違います」
フィーネが首を振った。
「スキルがどれだけ優れていても、使う人に優しさがなければ、人は救えません。ルイさんが村に行くと即答してくれた時、わたし——」
そこで言葉を切り、フィーネは窓の外を向いた。夕日に照らされた横顔が、ほんのり赤く染まっている。
「——とても、嬉しかったです」
「……ありがとうございます」
夕焼けの中を走る馬車の中で、心地よい沈黙が流れた。
のんびりスローライフからは少し外れたが、これはこれで悪くない。
そう思っていた矢先——。
クロスベルに戻ると、ギルドの前に人だかりができていた。
「おい、聞いたか? ミレーヌ村の疫病を一時間で治した奴がいるらしい」
「しかも神話級のポーションを作ったんだと。そんなの帝国のどの工房でも作れねえぞ」
「冒険者ランクFの新人らしい。ルイっていう……」
——あ、これ絶対、目立ってるやつだ。
アルテミア様、やっぱりのんびり暮らすのは無理みたいです。




